ルミナスは、問いただす
「……何を聞きたいのかな? 君はあのお方の妻になる人だ。なんでも答えようじゃないか。」
ジルニア王子は鎖で拘束されたまま、穏やかな笑みを浮かべた。ベリルのような作り笑いではなく、心からの笑みを浮かべているように見えるけど……
この人は、自分の状況を分かっているのだろうか?オルウェン王を捕らえたと伝えたのに…人の話に耳を貸さないのは、マーカス王子だけで十分だ。
「…貴方はオルウェン王の魔法を目にして、恐れを抱き従っていたのですか?」
「恐れなどッ!とんでもない! …私は、あのお方を心酔しているんだ。ルミナス嬢が特別な存在だと聞いてはいたけど、君の魔法は素晴らしいね。」
顔を紅潮させて話すジルニア王子に、私は頰が引きつる。ライアン王子の「兄貴が、こんなクズ野郎だったなんて…」と呆れ混じりの声が聞こえた。
……こんなのが国王になってたら、この国は滅びていたんじゃないかな。
そう思いながら、ジルニア王子に再び問いただす。
「…貴方はどうやらオルウェン王に従順な、奴隷と化したようですね。オルウェン王から、どんな指示を受けていたのですか?」
「国内の情報を伝え、ルミナス嬢を引き渡し、王族ならびに不穏分子の排除と指輪を手に入れること。国内の事は私に一任してくださって、順調に事が進んだと思っていたのに……父上達の姿を見て驚いたよ。私は、失敗してしまった…。」
ジルニア王子は沈んだ声で話、ため息を吐きながら項垂れていた。陛下の「ジルニア…貴様…ッ」と静かな怒りの声が聞こえてくる。
「貴方が男爵に命令して、わたくしを捕らえたのですか?」
「私は表立って動けないから、指示はベリルに任せたけどね。あのお方が、ルミナス嬢の精神が壊れていた方が良いと仰っていたから、男爵は利用するのに適任だと思ったんだよ。」
隣に立つイアンが「今すぐコイツを殺す」と冷たい声で言って、私がイアンを横目で見ると剣の柄を掴む姿が見えた。「もう少し…聞きたいことがあります。」私はそれだけ告げると、再びジルニア王子を見据えた。
「クレア嬢も、貴方の命令で動いていたのですか?」
「クレア嬢か…あの子は大いに利用させてもらったよ。おかげでマーカスと君を引き離せたし、十分役に立った。女に惑わされる愚弟の姿は、滑稽だったよ。クレア嬢はもう用済みだから放置したけど…もう死んでるんじゃないかな…。」
人を嘲笑うような笑みを浮かべるジルニア王子に、私は不快な気持ちになる。
私の後方からガチャン…と何かが落ちる音が鳴る。後ろを振り向けば、ラージスが手に持っていた二本の剣を、床に落としたようだ。
ジルニア王子の方に視線を戻すと、肩を震わせながらフフフフ…と笑い出し、私は気味が悪くて後ずさりしそうになる。
「さぁ! ルミナス嬢…魔法で私を殺してくれ! その力で死ねるのなら本望だ…あのお方のお役に立てないなら、私は…」
「殺しません。わたくしは、オルウェン王のように人を傷つけるために魔法を使う気はありませんから。」
本当は被害が怖くて出来ないんだけど…とは言わずに心の中に留めておく。するとジルニア王子は目を瞬かせて私を見つめていた。私の質問に随分と素直に答えると思っていたけど、ジルニア王子は自分の死を覚悟していたのかもしれない。
すると…
扉が開かれて、兵が数人中に入ってきた。扉の開く音を聞いて後ろを振り向いた私は、まさか私達を…と思って身構えていると、兵達はラージスやライアン王子と会話をして相槌を打っている。
会話に耳を傾けると、どうやら先ほどラージスが扉の外にいた衛兵と話をした時に、陛下の寝室にいる衛兵を捕らえておくようにと、兵を数名こちらに寄越すように指示を出していたらしい。兵達は私の魔法を見て固まっていたけど「あ〜気にしなくて良いぞ」とライアン王子が笑って話、うやむやにしていた。
兵達は手に枷を持っていたため私は鎖を消し、兵達に後を任せた。抵抗するかと思ったけど、騎士達は恐れを抱いた目で私を見ていて、素直に兵に従っている。
ジルニア王子も抵抗することはなく、兵達の手により床に膝を付けさせられて、両手に枷を嵌められた。
「貴方にもう一度言いましょう…オルウェン王は捕らえました。指輪を外したので、二度と魔法を使うこともありません。ベリルも既に亡くなっています。貴方が従う主はもう、どこにもいません。」
「そんな…そんな馬鹿な…。あり得ない…偉大な力を持つ、あのお方が……。」
ジルニア王子の前に立ち、見下ろしながら私は淡々と告げた。ようやく理解したのか、ジルニア王子は青ざめ、体を震わせている。
「……ジルニア王子、クレア…クレア嬢はどこにいるんですか?」
ラージスがジルニア王子の側に跪いて、俯いているジルニア王子の顔を覗き込むようにしながら尋ねた。けど、ジルニア王子はラージスの言葉が耳に入っていないようで、ブツブツと独り言を呟いている。
「宰相からの報告を受けた際、クレア嬢は領地に帰ったと聞いていたが…。男爵の屋敷の地下牢にも人はいなかったようだし、ルミナス様を捜索した時に王都内は隈なく調べている筈だ。ジルニアの口ぶりでは、どこかに囚われの身となっているように聞こえたが、利用されたなら亡くなった可能性が高かろう。」
陛下が私の側に歩み寄り、顎に手を当てながら話した。ラージスは立ち上がり陛下に顔を向けていたけど、陛下の言葉を聞いて暗い顔をしている。
「親父、今は使われてないが…以前は塔に罪人を入れていただろう。もしかしたら塔にいるんじゃねぇか?」
兵達に指示を出していたライアン王子も、こちらに来て会話に加わった。「ふむ…そういえば、あそこは調べておらぬな…」陛下が頷いて答えると「国王陛下、ライアン王子! もしやジルニア王子の手下が潜んでいるかもしれません! 私は塔の中を調べて参ります!」と言ってラージスは、一目散に部屋を出て行った。
どことなく、その後ろ姿がガルバス騎士団長と似ているな…と私は思った。親子だしね。
……クレア嬢の元に瞬間移動は出来るけど…。
クレア嬢とマーカス王子は卒業パーティーでルミナスの心をスダボロにした。前世の記憶が戻ってなかったら、狂っていたかもしれない。助けようとは…思えなかった。
「囚われの身……。そういえば、これ…ベリルが持っていたんだ。」
「……鍵?」
私の隣に立つイアンが、腰に下げていた袋から鍵を取り出した。棒状の鍵は持ち手部分は輪っかの形をしていて、先端部分は複雑な形状をしていた。
「地下牢の鍵とか…どこかの部屋?それとも枷?」
鍵を見ただけでは、何の鍵か私には分からなかったけど、陛下が「これは…」と呟いていた。陛下には見覚えがあったようだ。
「この鍵は、塔の最上階に使われるものだ。城内にある鍵でこの形状の物は一つしかないため、間違いないであろう。」
今は地下牢の鍵と共に保管されていたのだがな…と言って陛下はジルニア王子をジロリと睨み、イアンは手に持っていた鍵を袋の中に戻した。
「ラージスに届けてくる。ライアン王子、塔はこの近くですか?」
「ああ、城の外に出ればすぐ分かるぜ。そこの窓からも塔が見えるぞ。」
ライアン王子が窓に向かって指を指して答え、イアンが頷き「そこから出た方が早いか…」と呟いて窓に向かって歩み出した。
「ルミナスさん、すぐに戻るから…待ってて。絶対に一人で行動しないで。…ライアン王子、その…」
「おう、任せろっ。」
ライアン王子はニッ笑みを浮かべ、自身の胸をドンッ…と叩いていた。
イアンが窓を開けて身を乗り出したのを見て、私は咄嗟にイアンに駆け寄り、マントを掴む。
「あ…イアン、窓から出るのは危ないです。」
「この位の高さ平気…。」
振り向いたイアンはフードを被っていて、表情がよく見えない。私の頭に向かってイアンが手を伸ばすのが視界に入って、ドキッと胸が高鳴ったけど……
その手は途中で止まり「ルミナスさんは、少し休んでなよ。」と言って薄く笑みを浮かべたのが見えた。
私が「…はい。」と返事してマントを離すと、イアンは窓から外に出て行った。
……壁を登り降りしていたイアンが平気なのは、分かっていたけど、咄嗟に体が動いてた。
私はイアンが出て行った窓を見つめながら、フゥ…と息を吐く。とりあえず、クレア嬢の事はラージスに任せよう。イアンの言う通り、正直ずっと緊張の連続で……疲れた。魔法を行使する際に失敗しないよう、集中してるのもあるかもしれない。
切実にチョコレートが食べたい。糖分が欲しい。
足が速いイアンならラージスにすぐに追い付き、戻って来るだろう。オルウェン王の意識が戻る前に、早く元の場所に帰らないといけない気持ちもあるけど、イアンが戻るまで腰を落ち着かせてもらおう。
帰ったら、また何かあるだろうし…。
陛下とジルニア王子の件が片付き、私は肩の力を抜く。
兵達に連れられ執務室を出るジルニア王子が「先ほど出て行った男は…ルミナス嬢の想い人かな? 」と私に向かって話掛けていたが、私は無視をした。
もうジルニア王子の言葉に耳を傾ける気も、会話する気もなかったからだ。
陛下に「その口を塞げ。地下牢に入れ、決して目を離さぬようにな。」とギロリと睨み、兵達が慌てた様子で口に布を当てて塞いでいた。
布で塞がれたジルニアの口元が、ほくそ笑むのを……誰も見た者はいない。




