ルミナスの既視感と、空腹感
男が私の背中に押し付けていた足の感触が無くなり、振り返ればそこに立っていたのは獣人の少年だった。さっきの男は私たちから離れた場所に倒れている。
一瞬のことだったし、私はうつ伏せになっていたから見てはいないけど…。
勢いよく蹴られたか殴られたのか…とにかく男は気を失っているようだ。
獣人の少年は、女の子のもとへすばやく駆け寄り、縛られていた縄を腰に下げていた短剣で切って解いてあげている。
――私はその光景を、うつ伏せだった体を起こし、座り込んだまま呆然と眺めていた。
助かったんだ…。
助けられたんだ……。
良かった…。
ルミナスはホッ…と安堵のため息をつく。
…あれ…?でもなんか…どこかで会ったような…。
ふとルミナスは少年の顔に既視感を感じる。
この世界に獣人がいたのは知っていたが、ルミナスに接点はなく知り合いはいない。
「無事で良かった…!…助けるのが遅くなってごめんなライラ…。」
「ううん、ありがとう!お兄さま!」
ライラの無事な姿を喜びながらも、ライラの頰が赤くなっていることに気づき、申し訳なさそうに謝る。
ライラは涙を引っ込めて、今度は満面の笑みでお礼を言い、勢いよく抱きついた。
「あっ!」そういえば…とルミナスは思い出し、思わず声をあげる。
二人は何事か、とルミナスに顔を向けた。
「他にも男が三人いるはず!早くここから離れないと…」
「大丈夫。」
ルミナスの言葉を少年が遮る。
「ここに来る前にそいつらは懲らしめておいたから。」
「そうですか…あの…助けてもらって、ありがとうございます!」
ガバッと、座ったまま頭を下げるルミナス。
「……別に…。ライラを助けたかっただけだから。」
少年はプイッとそっぽを向く。
ルミナスに対して素っ気ない。
なんだろう…この塩対応は。
そう思うが大事な妹と、枷を付けた不審人物な私では態度が変わるのは当たり前か、とルミナスは一人で納得する。
「もー!お兄さまってば…!おねえちゃん!わたしの名前はライラ!ライラ・フェイ・グラウスです!おねえちゃんも、助けてくれてありがとうね!おねぇちゃんの名前は?」
とライラは笑顔で自己紹介をし、続けてルミナスに聞いてくる。
「………ルミナス…、です。」
「ルミナスさん!本当にありがとう!」
「ふ〜ん…。ルミナスさんかぁー。」
この人達を信用していないわけではないが、フルネームを言う事に少し躊躇してしまい、ルミナスは名前を告げるだけにする。どこまで自分の事を話すべきなのか判断に迷ったためだ。
「ほら!お兄さまもー。」
とライラに促され、少年もルミナスに向き直る。
「俺の名前はイアン・フェイ・グラウス。」
その名前を聞いた瞬間、イアンの情報がルミナスの頭に浮かんだ。
そうか…既視感を感じたわけだ。
確かにわたしはこの人を知っている。
ゲームをプレイしていた中で。
ルミナスの記憶にはグラウス王国は獣人が暮らす国で王子が一人と、王女が二人いるとだけ知っていて、名前や顔は知らなかった。
イアン・フェイ・グラウス。
獣人の国、グラウス王国の第一王子。
…という事はライラと名乗った女の子は第二王女だ。
第一王女は、イアン王子の姉だから。
ゲームの設定ではイアン王子は15歳となっていたが、こうして見ると自分と同じくらいの年齢に見える。
ルミナスはジッ…とイアンを見つめる。
イアンは猫の獣人でショートヘアの黒い髪に、パッチリと大きく目尻がつり上がった金の瞳だ。
服装は狩人のような格好をしていて、パッと見は感じでは王子と分からないが…。
「おーい。」
イアンの声にハッとし、ルミナスは自分の思考を止める。
「俺たちはこれから国に帰るんだけど…あなたはどうする?一緒に行く?」
「一緒に行きます!」
ルミナスは即答した。
ここで一人取り残されたくはない。
「お兄さま、あの人はどうするの?」
倒れている男をライラ王女が指差す。
「あいつなら、他の男たちと一緒に回収させるから…それより早く国に帰ろうライラ。みんな心配しているよ。」
「うん!」
二人が歩み出そうとし、ルミナスも付いていこうと立ち上がろうとしたが――…
「――ッ!?」
ズキン…と足首と背中に痛みがはしる。
特に足首が痛い。ルミナスは足首から血が出ていた。もともと枷がついた状態で森の中をずっと歩いてきて、さきほどライラ王女を助けようとした時に無理をしたから、ひどくなったみたいだ。
さっきまでは必死だったから気にならなかったけれども…気付いてしまうと余計に痛く感じる。
「………すみません。」
痛くて立てません…、と恥ずかしそうにシュンとするルミナス。
「お兄さま、ルミナスさんをおぶってあげて」
「…は?!ライラ何言うんだよ!」
明らかに動揺をみせるイアン。
「だって、おねえちゃん歩きにくそうだし、怪我してるよ。」
イアンも手足の枷や傷を見て分かったのだろう「…しょうがないな。」と言い、ルミナスの前に背を向けてしゃがんだ。
「ほら、捕まって。」
「す、すみませ…」
そして捕まろうと手を肩に付けた時、グウゥゥウ――…と、ルミナスのお腹が盛大に鳴った。
「ぶっ…。」
イアンは噴き出し、笑うのを堪えてる。
「わ…笑わないで下さい!」
ルミナスは真っ赤になりながらイアンに言う。
そういえば自分は空腹だった。
助かった事に安堵し、気が抜けたのだろう。
空腹感が戻ってきたようだ。
お腹は正直である。
「…っふ、ごめんごめん。国に行ったら、たくさん美味しいもの食べさしてあげるから。」
イアンは自分の口元に手を当てながら笑顔で話す。
…不覚にもその笑みにドキッとしてしまった。
さすが攻略対象者だ。今の笑み、ゲームのスチルであれば保存確定です…。
「よし、じゃあ行こう!」
イアンが声をかけてルミナスを背中におぶり、一同はグラウス王国へ向かう。