イアンは、目を奪われる
72話〜77話のイアン視点の話になります
温かい……。
ぼやけていた視界がハッキリと見える。
聞き取りずらかった音が、聞こえてくる。
誰かに抱き締められて…
俺は自分の目を疑った。ルミナスさんの髪全体が光って見えたのだ。
………。
ルミナスさんの瞳の美しさに…目を奪われる。髪と同じように光る瞳は、なんて表現すれば良いか分からない。
今の状況に混乱しながらも、ルミナスさん目掛けてくるギル騎士団長を避けるべく、慌てて回避した。
……ルミナスさんを『欲しい』?
ギル騎士団長は俺と相対していた時と、ルミナスさんを見る目が変わっている気がした。俺はギル騎士団長と剣を交えて……そうだ。毒を受けて…。
もしかして俺は倒れたのか?
自分の記憶を辿ってみるが、曖昧で分からない。
でも予想はできた。ルミナスさんが湖の時のように、俺を魔法で治してくれたんだ。
そして俺の前でギル騎士団長に魔法を使ったのを目にして、守ると決めたのに逆に守られたんだと思い至る。
川に光の橋が架かって俺の前をルミナスさんが迷いなく先へ進んでいく。俺が後ろを振り向くと、アクア様…その側に二人の見知らぬ人達が、ルミナスさんを見つめながら、その場に立ち尽くしているようだった。
……あの二人も魔人様…だよな。
霧の中でルミナスさんと会話をしていたし、アクア様と一緒にいることから、俺はそう推測した。
川を渡ると、皆がルミナスさんを見て、俺と同じような反応を示した。俺だけが光って見えるのかと思ったが、そうではないようだ。
……俺も、こうやって治してもらったのか…。
光に包まれている三人の姿を見ながら、ふと疑問に思った。ルミナスさんは何故、俺を抱き締めていたんだ?まさか俺が倒れないように、支えてくれたのか。そう思った俺は自分が情けなく感じた。
「 闇よ、 射て 」
オルウェン王の魔法が俺達に向かってくる。
防ぐ事は不可能だと考えた俺は、ルミナスさんを回避させようとしたが…その前にルミナスさんが何かしたようで、オルウェン王の魔法が消えた。
『人なのか』
オルウェン王の言葉が、俺の頭の中で木霊する。
……ルミナスさんは…アクア様達と同じ魔人になったのか?
髪と瞳の光。アクア様は光が無かったけど、ルミナスさんに何かしらの変化があったのは間違いない。でもルミナスさんは自分を魔人だとは言わなかった。
オルウェン王を見据えているその姿は凛としていて、日の光を浴びてキラキラと髪と瞳の輝きが、増したように見えた。
ルミナスさんが魔力の反応を教えてくれた事で、姉上達がオルウェン王達と戦う事になり、俺はルミナスさんを守る為に背に庇おうとしたが……
それを止められた。
俺に……もう守らせてはくれないのだろうか。
そう思って気落ちしてしまったが、かすかに歓声のような声と馬の足音が耳に入り、音が聞こえた方向に視線を向ける。
……オスクリタ兵は何をしているんだ?
オルウェン王が何か企んでいるのかと思ったが、耳に入る声と、オルウェン王の様子から違うようだと考えた。俺は近づいてくる、馬に乗る人物に観察するような視線を向ける。
姉上に言われても、俺は殺気に気づけなかった。
姉上は気配を消すのも、察知するのも得意だ。かすかに感じたなら、向こうにいる者はきっと手練れなんだろう。俺はルミナスさんの隣に立ち、何が起こっても対処できるよう身構えていた。
………光? これも、ルミナスさんの魔法…。
オルウェン王とベリルの魔法をルミナスさんが防ぎ、姉上達がベリルに攻撃を繰り出していた。
……また黒い霧が…くそッ!今度はルミナスさんを背に庇っていない。あの時のように集中して……
そう思っていたが、光によって霧はすぐに晴れた。ルミナスさんの魔法は凄まじいと思いながら、俺はオルウェン王の気配も、姿も、人が動く音も、なにも感じず戸惑う。
―――ッオルウェン王!?
突如ルミナスさんの影から出てきた姿を見て、すぐに俺は剣を抜きオルウェン王に向けたが…オルウェン王が手に持っていた剣の切っ先を、ルミナスさんの首に当てた事で身動きできなくなる。
ルミナスさんを、どうやって助けるか考えを巡らせたが……
ルミナスさんは、そんな状況でも一人で解決した。
「降り注げェええ!!」
オルウェン王の魔法が空から降ってくる。
俺は空を見上げて……足がすくんだ。
……こんなの防ぎようない。回避も不可能だ。
「 皆を守る!! 」
ルミナスさんの言葉を聞き、ハッと我にかえる。
空が明るくなり、俺の視界が光で埋め尽くされた。
この光はルミナスさんの魔法だと、姉上達も既に気づいてるんだ。両腕を空に向かって伸ばし、口を固く結んで必死に俺達を守ろうとする姿に…辺りを見回すと、俺だけじゃなく周りも見入っていた。腕や肩が震えてるのが目に入って、俺はルミナスさんの背後に行く。
腕を支えるべきかと思ったが……
ルミナスさんに触れるのを、躊躇した。
ルミナスさんは、様々な魔法が使える。
もう、俺に守られる必要など無い。
けど
ルミナスさんが何者になろうと、俺の気持ちは変わらないから。
ゆっくりと…細い腕に手を伸ばす。
少しでも、ルミナスさんの力になりたかった。
……光が……。
それは呆然と立ち尽くす俺や周り……国中に降り注いでるようだった。光は俺の所にもきて、今は傷が無いけど…心が温かくなったように感じた。
後方からギル騎士団長の声が聞こえてきて、俺は後ろを振り向く。隊の人達に取り抑えられながらも「すっげェ! 欲しい…!俺も欲しいッ!」とこちらを見て興奮した様子で喚いている。
今すぐ、その口を切り刻んでやりたい。
そう思ったが、トウヤとシンヤ…他の二人も来て、ギル騎士団長が縄で縛られている姿を見ながら、気持ちを落ち着かせた。
魔法を使うと…疲労は感じないのだろうか?
俺はルミナスさんが何度も魔法を使うことに、心配になって声をかけようとしたが……ルミナスさんが先ほどオルウェン王に剣を向けていた人と話し始める。
随分と親しげな様子に疑問に思ったが、ルミナスさんが「お父様」と呼んだことで、会話の邪魔にならないように、その場を静かに離れた。
「……ベリルは、死んでいるのですか?」
「確認したが、間違いなく死んでいる。」
俺はガルバス騎士団長の側に行き、倒れているベリルの様子を見る。地面が赤々と染まっていた。これで生きていたら人ではないが……魔法は何があっても不思議じゃない。警戒は必要だろう。
「?…それは?」
「ああ、これはベリルが持っていた物で、中には遠く離れた場所と会話が出来る、水晶が入っている。ルミナス嬢は大丈夫だと話していたが……」
念のためにな…そう話すガルバス騎士団長は、険しい表情で、胸の位置に上げた袋を見つめていた。
……ルミナスさんの話によると水晶は、指輪から魔力を移せる物だ。それを使えば誰でも魔法が使えるようになる。
「それは、俺が預かります。」
「……だが…」
ガルバス騎士団長が躊躇している様子だった。
「俺はこの国の第一王子、イアン・フェイ・グラウス。それは危険な物の為、俺から父上に渡します」
ガルバス騎士団長は目を丸くし「そうでしたか…頼みます」俺に袋を手渡した。
受け取る際にチャリンと袋の中から、水晶以外の音が聞こえた為、袋の中を開けて見る。
中には水晶と、鍵が入っていた。なんの鍵が分からないが、一先ず入れたままにして俺は腰に下げる。
ベリルの右手首にも魔力の反応があったと言っていたルミナスさんの話を思い出し、ベリルの手首に付いてたブレスレットを外して俺は袋に入れておいた。
ガルバス騎士団長と共に、ルミナスさんの元に戻る。
……オルウェン王の弟…ナハト王子…。
オスクリタ王国の内情は知らないが、オルウェン王の愚行を事前に防げなかったのかと、ナハト王子に厳しい視線を向ける。いや、あれだけ魔法を使うオルウェン王を止める術が無かったのか……
俺がそう思っていると…
川の向こう側に立つ、杖を持つ人から発せられる気に体に悪寒が走る。空気が張り詰めるのを感じた。姉上が放つ殺気とは違う気がする。俺は周りの様子を見る余裕もなく、その人から視線が外せなかった。
威圧感が消えた事で、俺は深く息を吐く。
父上が町の状況を話し始め、皆が無事な事を聞き安堵した。ルミナスさんの、お陰だ…。
オスクリタ王国の方は、ナハト王子と父上が今回の件を今後話す事になるだろう。
ルミナスさんの兄上が合流し、サンカレアス王国内の状況を俺は黙って聞いていた。
ルミナスさんが指輪を袋に入れる姿を見ていると、なぜか顔を逸らされ……
………少し、落ち込む。
「宝石…か」
「ん?何か言ったか、イアン」
「え? あ、なんでもありません!」
俺の呟きを姉上に聞かれて、慌てて否定する。
ルミナスさんの兄上の言葉を思い出し、無意識に口にしていたようだ。確かにルミナスさんの髪も瞳も宝石みたいだ。いや、それ以上に……
……サンカレアス王国か…。ルミナスさんは、きっと行くつもりだ。自ら危険に向かう人だから。
他国の事情に首を突っ込むべきでないと、父上や姉上に反対されるかもしれない。
それでも……
俺はルミナスさんと共にいたい。




