ルミナスは、冷や汗をかく
私は後ろを振り向いて、声の主であるフラム様の様子を恐る恐る伺う。フラム様の赤い魔力が、燃えたぎる炎のように揺らいで見えた気がした。
フラム様はオルウェン王を見据えているようだ。何が起きるか分からない状況に、私は冷や汗をかく。いつのまにか椅子やテーブルは無くなっていて、フラム様の両隣にアクア様とリゼ様も立ち、こちらを見ていた。
「フラム爺、ルミナスや皆が驚いてるよ。」
「むぅ…儂としたことが…。」
すまんのぅ…と唸る声でフラム様が話した。
アクア様が声をかけた事で、威圧感がフッ…と消え去る。
「全く…人のこと言えないじゃないの。ごめんねさいね。フラムは光の者に、酷いことする奴が許せないのよ。」
リゼ様が頰に手を当てながらフラム様をジト目で見ると、フラム様はプイッと顔を横に逸らした。
「とりあえず、そっちに行こうか。」
アクア様が手をかざすと、川の側の土が盛り上がり一気にこちら側まできて土の橋が架かる。
「ルミナス…アクア様と一緒にいる方々は、魔人様なのか?」
「はい…そうです。」
サリシア王女が私の側で囁く声で尋ねてきて、私も声を潜めて答えた。周りを見回すと、イアンは私の側にいたからアクア様以外の二人も魔人だと予測は出来ていたようで、戸惑っている様子は無かった。
……お父様や他の皆には、アクア様達のことを説明するのは難しいな。
サリシア王女とイアン以外は、指輪や魔人の事をどこまで知っているか私は分からない。
魔法は…みんな散々目にしてるけど。
私は口を噤んで、成り行きに任せることにした。
フラム様がゆっくりとした足取りで橋を渡り、その後ろにアクア様とリゼ様が続いていたけど……
「ねぇ、そいつも連れてっていいかしら?」と途中で何かを思い出したようにリゼ様が足を止め、ギル騎士団長に視線を向けた。「…良いじゃろう。」とフラム様が答え、アクア様が「レオドルー。」と陛下に声をかけた。
陛下が慌てた様子で「あの方々の指示に従うのだ。」と隊の人達に話し、ギル騎士団長が隊の人に縄を掴まれたまま立たされる。ギル騎士団長の口には、布が巻かれていた。
アクア様達の後に陛下が続き、その後ろに隊の人が二名ギル騎士団長を挟むようにして、連れてくる。
トウヤとシンヤは町に戻るようで壁を登っていき、ラージスとマシュウはアクア様の作り出した橋を恐る恐る渡ってきた。全員が渡ると橋は元の土に還り、何も無い状態になる。
こちら側に来た時、陛下や…ラージスとマシュウも私を目にして驚いた表情をしていたけど…
私の顔に何か付いてる??
こう何度も続けば、自分がそんなに変わっているのかとモヤモヤとした気持ちになるけど、オルウェン王の側にアクア様が行くのが視界に入り、そちらに意識を向けた。
「レオドル、さっきも話したけど僕達にコイツのことは任せてね。……コイツ気絶してるみたいだね。起きるまで待とうか?」
それとも起こす?とアクア様がフラム様を見て尋ねるが「……急ぐこともあるまい。」と自身の髭を撫でながら、落ち着いた口調で話した。
サリシア王女とイアンが、フラム様達に対して跪こうとしたけど、アクア様が身振りで制し止めさせていた。アクア様が地面に手をついてオルウェン王の側に一人掛けの土の椅子を三つ横並びに作り出す。
「ついでに直しといたよ。」と言って、サリシア王女が割った地面も元に戻っていた。
……あの穴はなんだろう?
椅子の近くに深さは分からないけど、穴が開いている。さっきまで無かったから、アクア様の魔法だろうけど……私が疑念を抱いてると、アクア様が「ソレ、この中に入れといて」とギル騎士団長に向かって指をさして、隊の人達は指示に従い抵抗しようとするギル騎士団長を、問答無用で穴へと放り込んだ。穴の深さは見てないため分からないけど、縄で縛られてるし自力で上がるのは無理そうだ。
「君達は町に戻っていいよ」とアクア様の言葉を聞いて、隊の人達は陛下をチラリと伺い、陛下が頷いたのを見て川を飛び越え町に戻っていった。
アクア様達三人が、それぞれ椅子に腰を下ろす。
「レオドルは、ルミナス達と話があるんでしょ?僕達の事は気にしなくて良いよ〜。」
―――気にします!と私は思ったけど、口には出さない。
アクア様がユラユラと足を軽く上下に揺らしながら話、リゼ様が「ルミナスちゃん、用事が済んだらゆっくりお話ししましょうね」と優しい口調で私に話しかけた。私は「はい」と返事をして微笑む。
フラム様は杖の先を地面につき、背筋を伸ばして無言だったけど、僅かに私に視線を向けているような気がした。
ナハト王子は今の状況に困惑しているようだけど、サリシア王女が先ほどナハト王子と会話した内容を陛下に伝えると「サリシアの言う通り、兵をすぐに国に帰らせろ」と厳しい眼差しで陛下に告げられ、ナハト王子はゼルバと共にオスクリタ兵の元へと向かった。
それからお父様も陛下に名乗り、お互いに挨拶を交わしていた。
今私は川を背にして立っていて、隣にはお父様が立ち、反対側にサリシア王女とライアン王子がいる。私と向かい合ってイアンとガルバス騎士団長が立ち並び、サリシア王女の側には陛下と、マシュウとラージスがいた。その後方に地面にうつ伏せでオルウェン王が倒れていて、側にアクア様達が椅子に座っている。
「皆に各方面で起こった事と、今の町の様子を教えておこう。門の外で村人が数人、無理矢理に町の中に入ろうとしたが、暴れる者は全て身動きできないように拘束して幌馬車に乗っていた者達は門は開けずに、壁を行き来して一人ずつ町の中に運んだ。」
枷をつけられ、酷い怪我を負っていたが…そう話して陛下は眉間の皺を寄せていた。
「アクア様にこちらに来るように言われ、向かっている途中に空の異変を見たのだが…」
陛下がチラリと私に視線を向けた。私は無言のまま頷き、陛下がそれを見て薄く笑みを浮かべる。
ラナちゃんを魔法で癒した件があるから、あの光が私の魔法だと推測していたのだろう。
「私がこちらに来た時に、隊の者から報告を受けた。暴れていた者も大人しくなり、村人が皆傷が癒えたと…。あの光は私も受けたが、疲労が回復したように感じられた。」
陛下の言葉に周りの人達も、相槌をしていた。
オルウェン王に操られた人は、魔法が解除されたようだ。村人が無事な事を聞き、私は安堵する。
……あの時は怪我が癒えるように想っていたけど、私の想像以上の効果があったんだ。結果的には良かったけど…本当に気をつけないと…。
私は身を引き締め、再び陛下の話に耳を傾ける。
「北側にいたオスクリタ兵は、門のある南側に移動をしていたようだが、西側に来た時に交戦している。オスクリタ兵の大半は死亡し、生きている者は傷が癒えているが全て拘束したそうだ。二人も尽力したと隊の者から報告を受けている。」
陛下がラージスとマシュウに、顔を向けた。皆の視線が集中しラージスとマシュウは背筋をピンと伸ばして、口を結んで陛下に対して頭を下げていた。
ライアン王子がニッと笑みを浮かべ、二人の背中をバシン!バシン!と叩いて……
ラージスは平気だったけど、マシュウは顔から地面に倒れていた。痛そう…。
ガルバス騎士団長の方を見ると、外した兜を手に持っていて、ラージスと無言で視線を交わしていた。
「国王陛下。門の方にいる兵達ですが、彼らは私の指示が無い限り、森を抜けてくる事はございません。」
「……サンカレアス兵も動きがあったと、報告を受けている。」
ガルバス騎士団長が陛下に顔を向けて話し始めたけど、陛下の言葉を聞いてガルバス騎士団長が「まさか、あの二人が…」と兜を持つ手に力を入れて、ビキリと嫌な音が鳴っていた。
「見張り番の者がサンカレアス王国の方から馬に乗った者達が数名ほど駆けてくるのを見たらしい。森の手前まで来ると、なにやら剣を打ち合い内部で揉めていたようだ。報告では、門に向かって一人の青年が名乗りを上げて、こちら側に向かってこようと……」
陛下が話している途中で、橋がある方向に顔を向けた。周りの視線もそちらに向いていて、私も……
……え?あれって…
ルミナス達の元に向かって、馬に乗り駆けてくる者がいた。それはルミナスの……よく知る人物であった。




