ルミナスは、守る
―――え!?
私はオスクリタ兵の方から出てきた人物を見て、驚く。二人ともマントを羽織っているけど、猛然と駆け出しオルウェン王に向かって行く途中で、被っていたフードが外れ顔が露わになった。一人は知らない人だったけれど、もう一人は……お父様だった。
「 闇よ、貫け!」
「 火よ…貫けっ!」
オルウェン王の影から伸びた無数の槍状のものが、ナハト王子、そして目前に迫っていたお父様ともう一人の人物に向けられた。
ベリルの手から放たれた火は、サリシア王女達三人を狙っている。
――――だめッ! 防いで!!
私の魔法により、一人一人が全身を光の鎧に包まれ、オルウェン王とベリルの攻撃を弾いた。
お父様ともう一人から剣が振り下ろされる瞬間、オルウェン王は言葉を発さずに魔法を行使したのか、自身を囲むように闇の壁が現れ、お父様ともう一人の剣を防ぐ。
「―――ッぐあああぁ!」
ベリルの叫び声が上がる。
ベリルはガルバス騎士団長の剣を避けた……その瞬間、サリシア王女の放たれた連突きが、右肩や腰…数カ所に刺さり、ライアン王子の剣により左手を斬られた。
赤色の魔力が……地に落ちる。
ベリルにはオルウェン王のように、咄嗟の判断で魔法を行使することが出来なかったようだ。
「さっさと私に指輪を寄越せベリル!」
「は……ぃ…」
黒い壁の中にいるオルウェン王が、苛立ちの含んだ声を上げ、それを聞いたベリルが地面に膝をついたまま、か細い声で返事をする。
サリシア王女がすかさず、地に落ちた指輪を拾おうとしたが……突如黒い霧が発生して辺りが暗闇に包まれた。
私は霧が晴れるのをイメージしながら魔法を行使すると、一筋の光が差し込み、霧全体が光で溢れて黒い霧が消える。急な視界の変化に、私は目を開けたままではいられずに、瞬きを繰り返した。
視界が晴れて、最初に地に伏したベリルの姿が目に入る。仰向けになり地面に横たわっていて、その側にはサリシア王女、ライアン王子、ガルバス騎士団長の三人が立っていた。
先ほどの黒い霧は、ベリルの魔法によるものだったようだ。ベリルから魔力の色は、もう見えなかった。
―――オルウェン王はどこ?
黒い壁は無くなっているけど、オルウェン王の姿がどこにもいない。ナハト王子達も、困惑しているようで辺りを見回している。
私は瞳を閉じて魔力感知をすると……
自分の背後からオルウェン王の指輪の魔力と、ベリルが付けていた指輪の魔力の反応を捉えた。
「不愉快だ……」
低く怒りに満ちた声が聞こえ、体が強張る。
首筋に冷たい物が、かすかに触れるのを感じた。
見てはいないけど、剣の切っ先を向けられているのだと思う。私はオルウェン王は剣を持っていないと思っていたけど、マントで見えなかっただけで、手ぶらではなかったようだ。
「ルミナスさんから離れろッ!」
私の側にいたイアンが、オルウェン王に剣を向ける。耳の良いイアンでも、オルウェン王が私の背後に来たことに気づかなかったようだ。
……もしかして、影を移動して来た?
オルウェン王は、私の影の上に立っているようだった。霧の中この一瞬で、誰にも気づかれずにこちらに来るなんて……私の瞬間移動なら可能だけど、オルウェン王が影を操る魔法を目にしていたから、影を使ってきたのだと私は推測した。
お父様が「――ッル…ナス!」と私の名を掠れた声で叫びながら、こちらに向かって走ってくる。
サリシア王女達もこちらに来るのが視界に入った。
……お父様……!
私はその姿を近くで見て、唖然とする。
両足のふくらはぎに、怪我を負ったのかズボンには穴が開き、赤黒くなっている。その穴から包帯が巻かれているのが見えるけど、傷が悪化したのか包帯の色が変わっているようだ。顔色が悪く目の下のクマが酷い。ルミナスの記憶の中では怖い、苦手…とあったけど、今私の元に必死に向かってくる姿は、想像していたお父様とは全然違う。
私の背後でオルウェン王が、歯をギリッと噛み締める音が聞こえた。イアンや周りの皆がオルウェン王を見据えて、私が剣を向けられているため動けないようだった。
……傷は自己治癒するから、私に人質の価値なんて無いけど…。
そう思っていた私に、オルウェン王が「ルミナス、お前は私を攻撃しようとしないな。光の者は攻撃の魔法が使えないのか?」と話しかけてきた。
その言葉に、思わずドキリと胸が鳴る。
攻撃魔法……できる、と思う。
想像すれば魔法を行使できるんだ。
けれど……
イアンとギル騎士団長の間に光の壁を作り出した時、想像以上の物が出来てしまった。あの時もしも攻撃魔法を放っていたら、イアンや皆を巻き添えにしていたかもしれない。癒すことは出来ても、死んだ人を蘇らせる魔法なんて、出来ると私は思えなかった。いくら冷静になろうとも、攻撃魔法は躊躇してしまう。
「……わたくしには、攻撃魔法は不要です。」
「なに…ッぐ!?」
私の魔法によって、オルウェン王の全身が拘束される。光の鎖をイメージしたけど、上手くいったようだ。鎖で拘束されたことでオルウェン王が剣を私に向けていた腕も下がり、イアンが私の腰に手を回してオルウェン王と引き離す。
「今の内に指輪を」
「―――ッ降り注げェええ!!」
私の言葉を遮り、オルウェン王が空を見上げて雄叫びに似た声を上げた。すぐ側まで来ていたサリシア王女が舌打ちしながら、オルウェン王の腹に拳を入れた。オルウェン王は手に持っていた剣を離し、腹を抑えながら膝から崩れおちて呻き声を上げている。
ライアン王子がオルウェン王を抑え込み、指から二つの指輪を外したが……
既に魔法は行使された後だった。
日が出ているのに急に暗くなり、私や皆が空を見上げた。
それは……黒と赤が混ざり合ったような色合いをしていて、町や人々…敵味方関係なく、空から無数に降り注ごうとしている。
「 私が…皆を守る!! 」
両手を空にかざし、私は集中する。
グラウス王国全体を覆う程ある、光のバリアーが現れる。私はそれをドーム状に想像し、降り注ぐ攻撃を防ぎ続けた。バリアーは厚くしたため、向こう側が見えず音も聞こえない。攻撃を弾いたらバリアーの外に被害が及ぶかもしれないと思って、私は攻撃を消滅させるつもりでいた。
空に向けて上げていた私の手から腕を伝って、ビリッ…と痛みが走る。オルウェン王の放たれた魔法は、とてつもなく一つ一つが、重かった。
腕を上げる必要は無いかもしれないけど、この方が集中できる。私は空に向かって腕を上げ続け、攻撃が止むまで耐える。周りの様子を見る暇が無かったけど、側にいたイアンが私の後ろに来ていたようで、背後から私の腕を支えてくれた。
……ありがとう。
私は心の中でイアンにお礼を言った。
次第にバリアーに当たるものが無くなったのが、感覚で分かる。「イアン、もう大丈夫です」私はイアンに声をかけ、手を離してもらった。
バリアーにヒビが入り、音もなく砕け散る。
細かく砕けた光の粒が空から降り注ぎ、私は怪我をしている人々の傷が癒えるよう強く想っていた。
……あっ……
やばい…そう思った時には、もう遅かった。




