それぞれの戦い 2
第69話ルミナスが霧の中で魔人達と会話している間と、そのあとのイアン王子視点と、サリシア王女の視点になります。
俺は力がみなぎっていた。
ルミナスさんの言葉が、頼りにしてもらえたことが俺にとって、どれほど嬉しかったか……
『 守って 』
もちろんだ。
守る。
何があっても必ず。
俺はルミナスさんを、背に庇うようにして前に立つ。ルミナスさんが何をしようとしているかは知らない。けど、部屋でルミナスさんと話しした時に、ルミナスさんは『何をしても止めないで』と言っていた。あの時から、ルミナスさんの中で何かを決意していたのかもしれない。
俺は川を挟んだ向こう側を見据える。
オルウェン王、お前にルミナスさんは渡さない。
俺がそう思っていると、オルウェン王が指示を出し、魔法を使ってきた。
―――視界が……!
俺は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。川を渡ってくるには音が鳴る。飛び越えるにしても、武器を使うにしても……
俺は瞳を閉じて、全神経を耳に集中させた。腰に下げた剣の柄を掴み、鞘からは抜かずグッと自身の身を中腰にする。ライアン王子は俺にハクヤ副隊長を倒して見せた時の剣技を教えてくれた。会って間もない俺に、そんな簡単に教えていいのかと躊躇したが……
『 惚れた女を守るために、力がいるんだろ? 』
真剣な表情で尋ねられて、俺は頷いて答えた。するとライアン王子はニッと笑みを浮かべ『この剣技は俺の自己流だけどなぁ。まぁ、少しでも役に立てばいいさ』と俺に指導をしてくれたのだ。
俺は前方からくる音に意識を向ける。
僅かに、鎧の上下に揺れる音が聞こえた。
あの中で鎧をつけていた男……ギル騎士団長だ。
どうやって川を渡って来たか分からないが、相手は明らかに俺か、俺の後ろのルミナスさんを狙ってきている。ルミナスさんは誰かと会話しているようで、視界が見えなくても、その声と位置が大体分かる。
……鎧を付けていない腕を切り落とす。
右腕は鎧をつけていなく、左腕はつけていた。
ギル騎士団長は腰の左に鞘をさしていたのを覚えていた俺は、剣を抜くその瞬間を狙おうと考える。
鞘から剣を抜く時、かすかだが音が鳴る。
俺の耳にその音が入り、俺は瞬時に鞘から剣を抜き、ギル騎士団長の腕があろう箇所目掛けて剣を振った。
血の匂いと、ギル騎士団長の呻き声が聞こえてくる。
―――浅いか!?
斬った手ごたえはあったが、切り落とすまでには至らなかった。ギル騎士団長が剣の切っ先であろう箇所を俺に向けて突きを繰り出す。
―――コイツ!
俺は思わず舌打ちしそうになる。その剣の軌道はめちゃくちゃで、俺とは見当違いの方にも振っているようだった。ギル騎士団長も姿を捉えられてはいないようだと考えるが、俺はこの場から動くわけにはいかない。鎧の音と剣の斬撃音で、俺は剣の軌道を予測し、防いでいく。
俺の後ろにいるルミナスの声目掛けて突きを幾度も放たれ、防ぎ切れずに足や腕に食らってしまった。
俺も剣を振るうが、ギル騎士団長は先ほどの事を警戒してか、自分が剣を振るった後は素早く俺から距離をとっているようだった。
……なんだ、この風! 魔法か!?
急に風が吹き荒れ、閉じていた瞳を開けると視界が晴れていた。
……変だな。この程度で疲れたのか?
体の違和感を感じながらも、ルミナスさんが俺の名を呼び、その声に安堵する。本当は振り向いて無事な姿を見たいが、ギル騎士団長から目を離すわけにはいない。後方で霧の中でルミナスさんが、会話をしていた相手であろう声が三人聞こえてきた。
ギル騎士団長に意識を集中していたため、霧の中でどのような会話をしていたか知らないが、一人はアクア様だった。
……毒? そうか、これは……
オルウェン王の言葉を聞いて大した怪我もしていないのに体が重く、音が聞き取りずらいことに納得する。
ルミナスさんの声が…なんて言ったんだ?
俺の名を、呼んでくれたのだろうか?
だいじょうぶ
おれは……たおれない。
るみなす………
………
イアンはルミナスを想い、守るために前を見据え続ける。
―――――――――――――
魔法がこれほど多様なことが出来るとは……
自分の、なんと思慮の浅いことか。
霧をつくりだす。人を操る。影を操る。
ライアン王子が駆けつけ、内心頼りになると思ってしまったことに、私は戸惑いを感じた。
あれ程、人間を嫌っていたのにな……
私は変わってしまったのだろうか。
ルミナス達の周囲に霧と、オルウェン王の魔法で川に黒い橋が架かり、ギル騎士団長が渡ろうとしているのを目にした私は、それを止めようとしたが……
行く手を塞ぐようにして火の壁が現れる。
―――ッ熱い!これでは……
私の背より高さがある火の壁は、私とライアン王子、ガルバス騎士団長とオルウェン王達の間に現れた。黒い橋はオルウェン王達の側に架けられたもので、私は歯をギリッと噛み締め、どうするかと考え周りを見回していると……
「この辺りだったな。」
「いいぜ、団長。」
火の壁の側に立ち、剣を構えたガルバス騎士団長と、そのすぐ側でライアン王子が地面に投げ捨てていた、槍を手に持ち投げる態勢を取っていた。
……何をする気だ?
私がその場に立ち尽くしていると、ガルバス騎士団長が雄叫びを上げ、火に向かって剣を振るう。
空気を切り裂く音が私の耳に入り、火が揺らいで壁に隙間ができオルウェン王の姿が見えた。ライアン王子が槍を投げ、隙間を通り真っ直ぐに放たれる。
そして槍と同じくしてガルバス騎士団長が、向かっていく。隙間が消えて向こう側が見えなくなったが……
「主!!―――ッぐゥウァ!」
ベリルがオルウェン王を庇って槍とガルバスの剣を受けたようだ。魔法が解けたようでフッ…と火の壁が消えオルウェン王達の姿がハッキリと捉えられる。
ベリルの裂けたマントが地面に落ち、中に着ていた服も裂かれて、チェーンメイルが見えていた。
剣でガルバス騎士団長の剣を塞ごうとするのは、無理だったようだな。
ガルバス騎士団長の剣を振るう音は、凄まじかった。あの重い一撃をその身に受けたなら、肉に達せず血は流れずとも、体の受けた衝撃に痛みは酷いだろう。
ガルバス騎士団長が迫ってきたため、ベリルとオルウェン王が後退しようとしたが、後ろに馬車があったために逃げ場がなくなる。
オルウェン王が舌打ちし、ガルバス騎士団長に向けて「闇よ! 穿て!」と手をかざした。
ガルバス騎士団長は鎧を身につけているが、軽快な動きで影からの攻撃を躱して、オルウェン王達から距離をとる。その隙にベリルとオルウェン王も移動した。私とライアン王子もガルバス騎士団長の側に行き、川を背にしてオルウェン王とベリルに向かい合う。
「一度目にしたものを、喰らいはせん。」
「流石だなぁ、団長。俺が受けた甲斐があるってもんだ。影が動くのも、火を操るのも信じられねぇが……まぁ、なんとかなるだろ。どうやら、言葉と攻撃は対になってるみてぇだな。……って、団長! マント!火がついてる!」
ライアン王子の慌てた声を聞いて、ガルバス騎士団長がマントを外し地面に投げた。
私はライアン王子の観察力の鋭さに感心していた。言葉と魔法が対になってるなら、その言葉を聞けばどんな攻撃がくるか予測がつく。
そう考えた私は両手に剣を持ち、前に構えた。
「おぉ〜サリシア王女もやる気満々だな。」
隣で調子の良い声が聞こえてくる。
全くふざけた奴だ。
ルミナス達は大丈夫だろうかと、心配に思っていると……
「なんだぁ!? 今度は風か!」
急に風が吹き荒れる。
後方で話し声が聞こえて安堵した。
……また魔法で何をしてくるか分からん。ルミナスのことはイアンに任せたのだ。大丈夫だろう。こちらを片付けなければな。
私は柄を掴む手にグッと力を入れた。
しかしオルウェン王とギル騎士団長の会話でイアンが毒を受けたと知り、私は頭に血が上ったままオルウェン王に剣を向け……
「闇よ、拘束せよ!」
次々に私の影からロープのようなものが現れ、剣を持っていた腕と胴体を拘束され身動きできなくなってしまう。
「火よ…!降り注げ!」
ベリルが上に手をかざし、見上げると無数の火が落ちてくるのが見えた。
―――くそ、動けん!耐えるしかないか……
私は身構えていたが、ライアン王子が私の視界に入る。
「団長! そっちは頼むわ!」
ライアン王子の言葉を聞いたガルバス騎士団長が、頷いて答えオルウェン王とベリルに向かっていく。
「何してる! お前もいけ!」
「サリシア王女の顔に火傷の痕が残ったら、いけねぇだろ。」
私に当たらないよう剣で火を払い、払いきれないものは自分の体を使って守ろうとしている。
「私は守られる必要などない!お前にそこまでしてもらう必要も」
「惚れた女を守れなくて、どーすんだよ。」
私の言葉を遮ったライアン王子の言葉に、呆気に取られる。
こんな時にこの男は、ふざけたことを……
だが、この男の調子の良い口調も、笑みも
どこかで憎めずにいる自分がいた。
サリシアは薄く笑みを浮かべ、拘束されていない足を上げて、地面に向かって勢いよく振り下ろした。
次話からルミナス視点になります。




