それぞれの戦い
ベリルが魔法を使い、火柱を上げた頃……
北側ではオスクリタ王国の兵達と、騎士団の者達が移動を開始していた。
「なぁなぁ、団長の方に行かなくていいのか?」
「あ?大丈夫だろっ。団長、お偉いさんが集まるんだって楽しげにしてたじゃねーか。それにマホーってのがあるだろ。」
馬に乗っている二人の会話に、周りでそれを聞いた他の団員も「マホーは怖えよ。」「とんでもねぇよな。」と相槌をして会話に加わっている。
オルウェンが即位する以前、盗賊団の殆どが王都の貧困街出身者で、剣の腕があったギルが頭になり、拠点を貧困街において王都内や、各領地の道なりを行き交う馬車を襲って日々過ごしていた。しかし当時騎士団長だったゼルバにギルは深手を負わされ、盗賊団の半数と共に王都から逃げて奥地に隠れた。
怪我が治ったギルは騎士団に見つからないように、村々を襲い隠れながら暮らしていたが、ギルは不満気な表情で団員達に「つまんねェなー」とよく愚痴を零していた。そして、オルウェンと出会ったのである。
「団長までマホーを使うとはなぁ。」
「やっぱあの人は、すげぇよ。」
団員達の談笑が続く。
「さっさと獣狩りを終わらせよぉぜ。」
「女は好きにしていーのか?」
下品な笑い声が上がる。団員達にとって、獣人を脅威に感じてはいなかった。魔法の力や村人を捕らえた時の事が頭にあるからだ。
団員達は、死に物狂いで走る兵達の後ろで、馬を走らせる。北から西を周り……
南の門がある方に向かって。
一方街の中では、隊の者達が各方面に分散されて塔の周辺に配置されていた。
西側に人影は無かったが、三方面に兵の姿があるため警戒は怠らないようにしていた。
「オレ達の前を通り過ぎるぞ!なんでだシンヤ!」
「……もしかしたら門の方に向かうのかもね。」
西側では壁の頂上でトウヤとシンヤが、腰に短剣を下げ矢筒を背中に背負い、鎧は身に付けず弓を手に持ちこの争いに参加していた。「あっちの壁にいた隊の人は何してんだよ!」とトウヤが声を荒げる。
北側にいた者達はその場から動けない。東からも続々とオスクリタ兵が来るのが分かったからだ。そして隊の者達は壁の外に安易に出ないように、事前にサリシアからの指示を受けていた。サリシアが北に魔法を使う者がいるとルミナスから聞いて警戒した為だったが……
「ここでオレ達がやっつけようぜ!」
「待ってトウヤ!」
隊の者達が動かない事に痺れを切らしたトウヤは、頂上から飛び降りて壁の外へと出る。トウヤも後に続いて降りて、それを見て二人だけでは無謀だと判断した隊の者達、数十名も外へと出た。
「……なんだか、兵みんな疲労困憊しているね。ボク達二人で十分だったかも。」
シンヤの言葉にトウヤは膨れっ面で返事をしない。トウヤが一番に外に出てオスクリタ兵に突撃しようとしたが、隊の人に下がっていろ!と言われて、壁の近くにシンヤと二人並んで立ち、隊の者達の戦いを見ていたが……
オスクリタ兵は次々と倒され、地に伏していく。
兵達は壁から続々と降りてきた獣人を見て、最初足がすくんで動けなかったが「獣を一匹でも仕留めたら家族は助けてやるぞ」と団員達に脅され、それぞれが剣や槍を構え、隊の者達に向かっていった。しかしオスクリタ兵は皆、足取りが重く息も荒い。普段は農具を扱い魚を取って生活していた彼らに剣技など備わっていない。
トウヤの目には、大人と幼い子供が戦っているように見えた。
「あの後ろが気になるね。」
「……ああ、あの馬に乗った奴等か?なんかニヤニヤして気持ち悪りぃな。」
どうせ大した事ねーだろ、とトウヤが言ってため息を吐くが、シンヤは警戒する眼差しを向けていた。トウヤとシンヤも弓矢を使い援護はしていたが、オスクリタ兵の後方にいる団員達が、自分達の兵に当たるのも構わず一斉に弓矢を放った。隊の者達は動揺して半数がかすり傷を負ったが、その程度戦いに支障はないとトウヤとシンヤは思っていたが……
「……え? なんだよ! 皆どうしたんだ!?」
トウヤの動揺する声が上がる。隊の者達の手により殆どのオスクリタ兵は倒された。しかし隊の者達の動きが鈍くなり、片膝を地面につき、苦しげに呻き声をあげる者が続出する。
「そろそろいいだろ。お前達はどいてろ。」
「こいつらも全員捕まえといた方が、良いんだったか?」
もういらねぇだろ。耳と尻尾でも剥ぎ取るかぁ〜と団員達が話して笑い声が上がる。馬を前へと進ませ、僅かに残ったオスクリタ兵が慌てた様子で後ろに下がった。動ける隊の者が「壁際に連れて行け!」と指示を出し、壁の頂上にいた街の住民も降りてきて、トウヤとシンヤも駆け寄り動けなくなった隊の者達を運んでいると……
「気をつけろ! 毒が塗ってあるんだ!」
突然壁の方から声が上がる。トウヤとシンヤが振り向くと壁から降りてくる人の姿があった。
「ラージス! 馬に乗ってる奴ら、武器全てに毒を塗ってるかもしれない!」
「分かった。マシュウはそこにいろ。気づいた事があったら伝えてくれ。」
壁の頂上で声を上げたのはマシュウ、そして降りてきたのはラージスである。二人は茶色のマントを羽織り、フードを被って頭を隠していた。レオドル王はガルバスが名乗りを上げたのを聞いた時、サリシアは反対すると思い告げていなかったが、隊の者にライアンを連れてくるよう指示していた。マントは城を出る時必ず着るように隊の者に言われて渡されたもので、ライアンは「どうせ俺は団長に顔見せなきゃいけねーし」と言って断っていたが……
ラージスはマントを翻し、被っていたフードを下ろす。東側にライアンと共に行き「ラージス、北側に行って危なそうだったら加勢してやれよ」とライアンに言われて、北でオスクリタ兵が移動しているのを知り、二人はこちら側に来たのだった。
トウヤがラージスの顔を見て「あ! お前…修練場にいた奴だな!」と声を上げる。
「ああ、加勢しに来た。」とラージスがトウヤに向かって話しかけた。
「ケッ…一人増えたからって変わらねぇよ!」
「村人のようには上手くいかねぇな。ったく騎士団の名が廃るぜ〜」
団員達の会話を聞いたラージスが『騎士』の言葉にピクリと反応する。
「……オスクリタ王国の騎士団の者達か。お相手願おう!」
ラージスが腰に下げた剣を抜き、前へと構えた。それを見て団員達がギャハハと笑い声を上げ「お相手願おうだってよ!」「誰が殺る?」と話してラージスに対し見下す視線を向ける。
手に槍を持つ者、棍棒を持つ者、斧を持つ者三名が馬に乗ったまま、ラージスに向かっていった。
ラージスは馬が目前に迫り槍を突き出されたが、それを躱すと槍の穂先が付いていない部分を手で掴み、自身の方へと引き寄せ、馬に乗っている者を地面に引きずり下ろす。そして残りの団員も次々と剣で斬り伏せていった。
その戦いぶりを見ていたトウヤとシンヤも、団員達に向かっていく。弓矢でシンヤが援護をしつつ、トウヤが前に出て、二人の息が合った戦いに団員達は翻弄された。
「ラージス! 弓矢を扱う奴を無効化するんだ!」
壁の頂上で他の人から情報を得たマシュウが、ラージスに指示を出し、すかさず弓を手に持つ者に向かっていく。団員が舌打ちしながら弓矢を放ったが、ラージスはそれを剣で打ち落とし、足を斬りつけ馬に乗っていた団員は地面に倒れた。
ラージスはガルバスやライアンには到底敵わないが、元盗賊などに遅れはとらない。
「包囲する気だ! 散開して!」
「―――ックソ!なんなんだよコイツ等!!」
「ヤベェよ!逃げようぜ!」
「どこに逃げんだよ!」
包囲しようとしていた団員達は、逆に包囲されてしまい、焦る声が上がる。
マシュウが壁の頂上から戦況を見て指示を出し、毒を受けなかった隊の者、トウヤとシンヤ、ラージスが次々と団員達を倒していった。
オスクリタ王国の騎士団は壊滅し、残ったオスクリタ兵は武器を捨て降伏した。
ラージスとマシュウの行動は、サンカレアス王国にいる人々からみたら、グラウス王国に加担し国を裏切る行為だと思われるだろう。しかし二人はルミナスと会話し、グラウス王国に非が全くない事は知っている。陛下や父親達の真意は不明だが、獣人だからと差別する目で見ず、この国の民が傷つくのを良しとは思わなかった。
一方、城の方では……
「ダメダメ! みんな門に行っちゃダメだってー!」
マナが城内や広場から門に向かおうとしている村人達を、隊の者と共に必死に止めていた。
南側の門を一番警戒して守りを固めていたが、その分住民達も多く、町に避難していた村人も加わっている。獣人は女も十分戦力になり、町から出るなとサリシア王女に言われた女達が集まり、武器を手に持つ。そして隊の者達で止めきれなかった幌馬車が門まで来て、何故中に入れないのかと騒ぎになっていた。
「みんな! 落ち着いて!!」
「どいてよ! 夫があそこにいるかもしれない!」
マナが声をかけるが、村人達は冷静さを失っており、耳をかさない。
「もー! 門に行っちゃダメだって!隊の人達を信じて待っててよ!昨日広場に来た人が……ルミナスさんが今壁の外に出て頑張ってるんだから!!」
マナは隊の者から、ルミナスが壁の外に出ている事を聞いて知っていた。詳しい事情を知らないマナだが、ルミナスがまた広場の時のように自ら危険に突っ込む姿が想像できた。
「広場に来た…」
「あの女性の…」
村人達は門に向かっていた足を止める。その中にいた一人の子供がマナの元に駆け寄り「あの人にまた会えるかな?僕、謝りたいんだ!」と涙ぐみながら話しした。
広場で石を投げられ、傷を負っても微笑み、子供の治療をしようとしたルミナスを目にした村人達は、衝撃を受けた。敵意には敵意を返すものだと考えていたし、人間が自分達にとる行動と思えなかったためだ。
村人の一部は既に門に向かったが、隊の者やマナ、……その場にいないルミナスの獣人を想う心によって、その場にいた村人達は落ち着きを取り戻した。




