ルミナスは、自分を奮い立たせる
「その子を離しなさい。」
ルミナスは草陰から出て、男たちに向け命令した。
その声には怒気が含まれている。
男たちは声のした方へ振り向き、ルミナスの威圧的な態度にたじろぐ。
「なんだ…この女…。お前なんでここに…」
「おい!言葉に気をつけろ!貴族みたいだぞ!」
ルミナスの着ているドレスは森を彷徨った時に少し汚れてはいたが高価なものだと分かる。髪も少し汗で艶は失っているが、それでも平民の髪に比べると艶やかに光ってみえるし、特に白い肌は普段日に当たっていない証拠だ。
貴族に対して無礼な態度は許されない。
誰もが知っていることだ。この男たちは貴族に対して無礼を働いた者が、どのような処罰を受けるかを知っていた為、言葉と態度に気をつけようとしたが…
…じゃらじゃらと、鎖の音を立ててルミナスがこちらに近づいてきて、男たちはルミナスが枷を付けている事に気づき、ガラリと態度を変えた。
「なんだよ、よく見りゃ手足に枷付いてんじゃねぇか。どこかの罪人か、奴隷かぁ?」
他に誰かいるか辺りを見てこい、と四人のうちの一人が三人に指示を出し、三人は見回りに行った。
一人その場に残ったリーダーらしき男は、女の子を捕まえたままルミナスに話かける。
「…貴族様は鎖を付けるのが趣味なんですかねぇ?」
男はニヤニヤと下衆な笑みを浮かべている。
「わたくしに対して無礼な態度は許しません。さぁ、その子を離しなさい!」
再度ルミナスは、先ほどよりも強い口調で男へと命じた。
男のルミナスに対する態度が変わっても、ルミナスは貴族然とした態度を変えない。
ルミナスは侯爵令嬢という身分の高い位に18年間生きてきた。貴族としての言葉遣いや振る舞いだって出来る。
…気を抜くと前世の薫の口調に戻ってしまいそうだが。
…しかし勢いで飛び出して来たが、ルミナスは女の子をどう助けるか考えていない。
完全に無計画だ。
男はルミナスを上から下まで吟味するように見ている。と、ふと目線が胸もとで止まっていることにルミナスは気付いた。その視線にルミナスは後ずさりそうになるが、女の子の様子を見て思いとどまる。
女の子は先ほど男に叩かれた頰が真っ赤になっていて、小刻みに震えながら泣いている。
ルミナスは自分が男爵に囚われていた時の事を思い出し、女の子と自分の姿が重なってみえた。
―…あの子を助けたい。
私はルミナス・シルベリア!
下郎如きに屈しない!
そう思いながら、自分を奮い立たせる。
ルミナスはゆっくりと男の前まで近づいていき、首に付けていたネックレスをはずし男に差し出す。
「これをあげるわ。」
今なら他の男たちがいないのだから、あなた一人の物よ。そう囁くと、男は思わず目を見開いた。
ルミナスのネックレスは高価な物だ。
それを男も一目見て、分かったのだろう。
ルミナスが持つネックレスに手を伸ばそうとし…
男の手が女の子から一瞬離れた。
ドン!!
ルミナスはその一瞬を狙い、男に勢いよく体当たりをする。
「――なッ!?」
男は驚き後ろに倒れ、ルミナスはその隙に助けようと女の子に手を伸ばす。
「てめぇ!ふざけんな!」
男は倒れた体をくるりと反転し、そのままルミナスの足の鎖を掴んだ。ルミナスは掴まれた勢いで、前のめりになり倒れこむ。
ルミナスは女の子を男から離すことはできた……
自分と引き換えに。
「逃げて!!」
ルミナスは顔を上げ、女の子に向かって叫ぶ。
「どっちも逃さねーよ!おいっ!お前らぁー!戻ってこい!!」
男が立ち上がり、ルミナスの背を踏みつけながら周囲を見渡して叫ぶ。
ルミナスは背に痛みが走り「うっッ…!」とうめき声をあげた。
「――っ…早くっ!あなただけでも逃げて!!」
ルミナスは再び女の子に向かって叫ぶが、女の子はその場から動かない。
そして女の子はルミナスや男ではなく、男の後ろに視線を向けていた。
男もそれに気づいたのだろう。
男が後ろを振り向こうとした瞬間――
「お兄さまぁ―――!」
ダァンッ!!
そう女の子が叫んだと同時に、男は横に吹き飛ばされていた。