ルミナスは、枷を外す
後ろを振り向くと、淡く光る三つの光の扉が、横並びに現れていた。
黒い霧はまだ消えていなくて、私の視界には光の扉しか見えないけど、私の後方で誰かの雄叫びや、何か痛みに耐えるような声……呻き声も聞こえてくる。
皆がどうなったか気掛かりだったけど、右の扉から人が出てくるのに気づき、私は視線を向けた。
「………アクア……様。」
「ルミナス、呼ばれて来たよ。」
アクア様が私にニッコリと微笑む。
そしてアクア様が出てきたことで、光の扉が消えた。
「あら?アクアと光の者は、顔見知りだったのね。」
「ルミナス、この人はリゼだよ。」
「お初にお目にかかります、リゼ様。わたくしは、ルミナス・リト・ファブールと申します。」
ふふ、ルミナスちゃんね…そう言って口元に手を当て、私を見ながら薄く笑みを浮かべた女性は、真ん中の扉から出てきた人だ。そして再び扉が消える。
リゼ様は緑色の前髪を横に流し、腰の辺りまである長い髪は毛先がくるんと巻かれている。垂れ目の大きな瞳とふっくらとした赤い唇。その唇の下にはホクロが一つある。アクア様と同じ白色のローブ姿だけど、膝の上辺りまでスリットが入っていて、艶やかな声をしたリゼ様を、私は色気のある大人の女性という印象を受けた。
……後ろで、剣の打ち合う音がする。
私は不安に駆られるが、イアンの頼もしい後ろ姿と『任せて』と言った事を思い出し、左の扉から最後の一人が出てきた為、そちらに視線を向ける。
「久々に、外に出るのぉ…」
「ルミナス、この人はフラム爺だよ。」
ゆっくりとした足取りで出てきた人に対して、アクア様は再び紹介してくれたが「小僧! 爺は余計じゃ!」と言ってフラム様が細目をカッと見開いて怒鳴り声を上げた。リゼ様の微笑する姿と、アクア様の楽しげな笑い声がする。
「お初にお目にかかります、フラム様。わたくしは、ルミナス・リト・ファブールと申します。」
爺と付けるべきか迷ったけど、初対面でそれはどうなんだろうと思い、きっちりとリゼ様にした時の様にカーテシーをして挨拶する。
フラム様は鮮やかな赤色の髪が、なでつけた前髪と全体の髪をまとめて、後ろで一つに縛っている。先ほどアクア様に怒った時に、赤い瞳が僅かに見えた。髪と同じ色の口髭と顎髭があり、顎髭が鎖骨辺りまで伸びている。フラム様も白いローブを着ていて、アクア様とリゼ様は丈の長さが足首までだけど、フラム様は丈が長く地面についている。地面から腰の辺りまで長さのある杖を手に持ち、杖をついて歩いてはいなく背筋はピンと伸び、私は仙人のような人だと思った。
フラム様が扉から出てきたことで、光の扉が全て無くなり、霧によって完全に見えなくなってしまった。姿が見えなくなるまでは、魔力を視覚で捉えれるようになった私は、アクア様達の魔力が見えていた。
一人一人が霧を覆い尽くすほどありそうな、私の視界いっぱいに広がる大きさの魔力に、私は目を瞬いた。アクア様が最初に扉から出てきた時は、驚いて声が中々出なかった程だ。
それぞれが纏う魔力の色はアクア様が水色、リゼ様が緑色、フラム様は赤色だった。光を帯びた三色はとても美しく圧倒された。フラム様に挨拶する前、私の魔力はどんな感じに見えるのだろうと気になり、自分の体を見たけど、何も見えなかった。
自分自身の魔力は見えないのかもしれない。
「なんじゃ、この霧は?邪魔じゃのう。」
「そうね。これではルミナスちゃんの姿が、ちゃんと見えないじゃないの。」
私の耳にフラム様の唸るような声と、リゼ様のため息混じりの声がした。
「ねぇ、ちょっと火をくれない?この霧リヒトの魔力を使ってるみたいで、私だけじゃ無理だわ。」
「そうじゃな。」
その瞬間、フラム様が魔法を使い片手サイズの火の玉を出し、急に視界が明るくなった。私が何をするのかと思いながら目を丸くして見ていると、フラム様が火の玉を私達の上空にあげ、リゼ様が上に手をかざし、熱風が吹き荒れる。
風の勢いと熱さで、思わず目を瞑ってしまったけど……
目を開けると霧は晴れていて「さすがだね〜」とアクア様が二人に話しかけている姿があった。
「―――ッ馬鹿な!私の魔法が消えただと!」
オルウェン王の動揺する声がして、私はその場で振り返り……
イアンの背中が最初に目に入る。
「イアン……。」
「ルミナスさん、大丈夫?」
はい、と私は一言答える。
イアンの背中部分だけで表情は分からないけど、無事な姿に安堵した。イアンは肩で息をしていて、顔をこちらに振り向くことはしなかった。
イアンから少し距離をあけ斜め前には、ギル騎士団長が立っていて、イアンはそちらに向けて剣を構えていた。ギル騎士団長は両手で剣の柄を固く握り、イアンに向けて構えているけど、鎧をつけていない腕には切り傷があり血が流れている。紅い瞳はイアンを睨みつけて、まるで手負いの獣のように見えた。
ギル騎士団長の服は水に濡れた様子はなく、どうやって川を渡ったか疑問に思ったけど、私は川の向こう側に視線を向ける。
川の向こう側では私から見て正面に、オルウェン王を背に庇うようにしながらベリルが立ち、サリシア王女達から距離を取っている。その間には、ベリルが羽織っていた褐色のマントと、短剣の刀身部分であろう箇所が、折れた状態で地面に落ちている。ベリルをよく見ると、マントの下に着用していた服の腹部はパックリと裂けていた。その裂け目からは何か着込んでいたようで、血は出ていない。足には折れた槍が刺さっていて、血が流れている。ベリルは手に剣を持っているけど、柄の部分と僅かな刃しか残っていない。どうやら、落ちていた刀身はベリルの剣のものだったようだ。
ベリルの表情から笑みが消えて、痛みのためか顔を歪めている。
サリシア王女達は川を背にしていて背中しか見えないけど、地面で何かが燃えていて、ガルバス騎士団長の羽織っていた赤いマントが無いことに気づいた。
『火の壁』とライアン王子が言っていたから、もしかしてガルバス騎士団長が火に突っ込んだのか、マントを利用して、何かしたのかと思ったけど……
私は戦っている所を見ていないので、その経緯は分からなかった。
私はアクア様達の方に体の向きを変える。そして再び話をしようとしたが……
「……なんだァ? お前等どっから出てきやがったんだ?お、俺好みの女がいるじゃねェか! そこの緑の女ァ! コイツをぶっ殺したら、後で俺と楽しい事しよぉゼ!」
―――緑? もしかしてリゼ様の事!? ギル騎士団長なんて事言うの!!
ギル騎士団長がアクア様達の存在に気付いたようで、私はその不敬極まりない発言を聞き、思わず肩がビクリと跳ねる。
恐る恐るリゼ様の様子を伺うと、リゼ様の顔からは表情が消えていて、冷たい眼差しをしていた。
「あの虫、殺してもいいわよね?それとも、ここ一帯を吹き飛ばそうかしら。」
「リゼ、落ち着いて。僕達は人に向かって魔法を使わないと決めたじゃないか。」
「そうじゃ、羽音が鳴った位で、いちいち苛立つではない。」
アクア様とフラム様の言葉を聞いて「それもそうね。」と、リゼ様は落ち着いた口調で話した。私はリゼ様の様子を見て胸を撫で下ろす。イアンや皆が巻き添えになると思い、冷や汗をかいた。私はフゥ…と息を吐き、アクア様を見つめる。
「アクア様。リヒト様がいませんが、どうしたら良いでしょうか?」
「リヒトは外に出てこないと、予想はついていたよ。大丈夫、抑えは外せるから。」
私が気落ちしながらアクア様に尋たが、アクア様は私の様子を見て柔らかい表情で話した。フラム様とリゼ様は私達の会話を聞き、難しい顔をして私を見つめている。
「儂らが呼ばれたのは、抑えを外すためか?」
「そうだよ、フラム爺。僕がルミナスに話していたんだ。」
「あら…いいの?光の者には扱いきれないから、私達で抑えていたのに。指輪を作って渡した時に、私達で外せる事は伝えなかったじゃない。なんでアクア教えちゃったのよ。」
リゼ様がアクア様をジト目で見るが、アクア様が「ルミナスなら、大丈夫だと思ってね。」と言って微笑む。リゼ様はため息を吐き「ルミナスちゃん、全てを受け入れる覚悟は出来ているの?」と私の側に来て両手を包み込むように握り、心配げに見つめていた。
私は「はい」と覚悟を決めた瞳でリゼ様を見つめ返す。アクア様が町で自分の空間に戻る前に、私に話聞かせてくれた……
『もしも君が力を、心から望むのならば』
『……僕達の名を呼んで。ファブール王国の女王としての名を告げれば、他の皆も呼びかけに応じてくれるから。』
そう言ってアクア様は私に、魔人達の名と、光の者の指輪は魔人達の魔力が込められているため、繋がりがある事を教えてくれた。
『指輪から魔力を戻すのは、本人が望めば自由に戻せるけど、戻る魔力は一部に過ぎないんだ。それでも人として十分な力だけど、ルミナスの指輪にはヒビがあるからね。こんなの初めてだから確証は無いけど、今の指輪の状態だと、一部でも自分で戻すことは危険かもしれない。上手く魔力が戻らなかったら、ルミナス自身が弾けちゃうかも。このまま魔力を増やし続ければ僕達の抑えが効かなくなり、自然に全て戻るかもしれないけど……すぐに力が欲しいなら、その時は僕達を呼んで。』
外から指輪に魔人達の魔力を注げば、抑えは外れて全ての魔力が私に戻ることを教えてくれた。
『でも、人でなくなるかもしれないんだ。覚悟した方がいいよ。イアンと……人として過ごせる幸せを、老いない苦しみを、愛する人が先立ってしまう絶望を……君は味わうことになるかもしれないから。』
それを聞いた時、私は戸惑いを感じた。イアンの事を好きだと自覚した後だったから。
でも私は……
「何をしているギル! さっさとルミナスを捕まえろ!そろそろ毒が効いてきただろう!?」
「ああ…ったく、獣人てのはホントしぶてェな。」
オルウェン王の怒声と、ギル騎士団長の声が私の耳に入り『毒』という嫌な単語を聞いて「イアン!?」と振り向いて声をかけたが……
「だいじょうぶ……」
イアンの声は、僅かに震えていた。
川の向こう側を見ると、オルウェン王がサリシア王女に魔法を放ち、影で縛られて身動きできなくなっている。ベリルが上空から火の雨を降らせ、ライアン王子がサリシア王女を庇いながら火を剣で払う姿と、ガルバス騎士団長がオルウェン王達に向かっていく姿が見えた。
私はアクア様達に向き直る。
「皆様! お願いします!!」
「よいじゃろう。光の者の頼みじゃ。」
「そんな必死な顔されたら、仕方ないわね。」
「ルミナス、リヒトの分はそのネックレスを使って。」
ネックレス?と疑問に思った私に「それはリヒトが初代女王の母親に渡した物で、リヒトの魔力が込められているんだよ」と教えてくれて、急いで私はペンダントを外し、指輪をつけてない方の手で持つ。
指輪が見えるように腕を前に出すと、私の手の上にフラム様が手をおき、その上にリゼ様、そしてアクア様の手が重なるようにおかれた。そして私はネックレスを握りアクア様の手の上におく。
「最後に問うよ。ルミナス、君は何の為に力を望む?」
アクア様が私に尋ねて、三人の厳しい視線が私に集中する。
「大切な人を守る為に、助けを求めている人を救う為に、私は力を望みます。」
私の言葉を聞いた三人は、それぞれ笑みを浮かべてアクア様が「それじゃあルミナスは、その宝石の魔力が指輪に流れていくのを想像して」と言って、私は瞳を閉じて集中する………。
指輪に、魔人達の魔力が注がれていく
光の者の、魔力の枷が外された。
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