ルミナスは、名乗る
馬車からゆっくりと降り地面に足をつけた男は、跪いているベリルには目もくれず、私達の方に顔を向ける。黒髪と黒い瞳に、服や羽織っているマントも黒色だけど、服には金糸で刺繍が施され、黒によく映えていた。腰に付けているベルトには色とりどりの宝石が付いて煌びやかで、マントには毛皮がついている。オスクリタ王国の国王の顔を知らないが、この男がそうだと思いながら私は男を観察するようにジッ…と見据えた。
装いも豪華だし、男の手からは黒い光が見えた。これで魔法を使う全員を目にすることができ、魔力の色が同じものは、この男の指輪からうつしたものではないかと、私は推測する。
「悪りぃな、オルウェン王。俺のせいで計画が狂っちまったかァ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、馬車に歩み寄るギル騎士団長からは、全然悪気があったとは感じられない。それに対してオルウェン王はギルを睨むが、すぐに視線を私達の方へと戻した。
「構わん。ギルを街の中に入れ、ルミナスを連れ出してもらおうと思っていたが……」
あそこにいるから、必要無い……そう言ってオルウェン王は、私がいる方を見据えていた。
その言葉を聞き、思わず手を固く握る。
……そうか、オルウェン王も魔力感知をできるんだ。でも何故、私が魔力をもつことを知っているんだろう。お母様の出身がファブール王国だと誰かから聞いていた…?
私は疑念を抱いたが、気づかれているなら私も前に出るべきと思い、隊の人達に道を開けてもらいながら歩き、サリシア王女の横に並び立つ。イアンも付いてきてくれて、私の隣に並んだ。
私は頭に被っていたフードを取り、マントの中に入っていた髪を上げて後ろに流すと、オルウェン王に顔を向ける。
「わたくしはルミナス・シルベリア。サリシア王女が申し上げた通り、保護されて自分の意思でわたくしはこの国にいるのです。村人達をすぐに解放して下さい。」
私が名乗ると、ガルバス騎士団長が「ルミナス嬢?」と目を丸くしている。王子達も私に気づかなかったし、髪色も大分変わっているから怪訝に思うのも仕方ないだろう。
馬車の側で跪いていたベリルが立ち上がり、私を観察するような視線を向けてきて、ギル騎士団長は私を見て下衆な笑みを浮かべているのが視界に入り、ゾワリと肌が泡立った。私は今、王に対して跪く事も礼もなく、礼儀に反した行為は普段なら不敬ととられて絶対にしない事だ。でも……
オルウェン王に膝をつくことも、礼をとることも、したくなかった。
私が身構えながらオルウェン王を見つめていると、急にオルウェン王は高笑いをあげ、私は目を剥く。
「くっくっ…獣共に懐柔でもされたか? ルミナス、お前は私の妃となるのだ。」
オルウェン王が私にじっとりとした視線を向けてきて、その言葉の意味が分からず呆気に取られる。
……妃? 何言ってるの……?
初対面で、しかも『妃になる』と、まるで確定事項のように告げられ、誰が妃になりたいと望むのか…
この王は頭がおかしいんじゃないかと思ってしまう。
隣のイアンをチラリと見ると、イアンはオルウェン王を殺意のこもった瞳で見ていた。
「獣の国で、さぞや不便な暮らしをしていただろう。さぁ、私の元に来い。贅沢な暮らしに、沢山の宝石、第三王子に傷つけられた心を私が癒してやろう。」
「この国はわたしくにとって、どの国よりも魅力的で過ごしやすい国です。心も癒えていますので必要ありません。」
私の言葉を聞いたオルウェン王は、不機嫌そうに顔を歪めてベリルを見ると「美しいのは良いが…聞いていた人物像と、全く違うではないか。」と舌打ちしていた。
……確かに前世の記憶が戻っていなければ、私がこの国に好意を向けることは無かっただろう。ドレスを着れず装飾品が無い暮らしに耐えられなかった。オルウェン王の言葉にのっていた可能性があるけど……
薫であり、ルミナスでもある今の私には、必要ない。
「早く村人を…」
「我が国でシルベリア侯爵が、お前が来るのを待ち望んでいたのだがな。」
私の言葉を遮ったオルウェン王の言葉を聞き、嫌な考えが浮かんだ私は、恐る恐る口を開き「お父様に何をしたのですか?」と尋ねた。オルウェン王は口角を上げて「早く我が国に来た方が賢明だぞ。お前が来ぬともう二度と会えなくなるかもしれん。」と答えた。
私はその言葉を聞き、オルウェン王を睨みつける。
……この男は村人だけでなく、私に対してお父様も人質にとっているんだ。
「ギル、奴らの枷を外せ。」
「ああ、いいゼ。」
オルウェン王がギル騎士団長に目配せすると、ギル騎士団長は後方にある、先ほど乗っていた幌馬車に向かった。
一体何をする気なのかと、私は警戒する視線を向けていると……
馬車内から兎耳の村人であろう人が、ゆっくりと出てきた。その姿に私は息を飲む。
頭についた耳が欠けて、服は赤黒く染まっていた。見る限り重症だ。私の隣に立つサリシア王女が「あの者は…カルメラの夫ではないか。」と呟き「待ってろ!今すぐ助け出す!」と声をあげたが……その人はサリシア王女の言葉が耳に入っていないようで御者台に自ら乗り、オルウェン王がそれを見て「町に行け」と言うと、馬の手綱を操り町の門がある方へと馬を走らせ始めた。
サリシア王女が「なッ…!」と狼狽え、イアンも目を見開き驚いた表情をしている。
私達がいる場所には橋が架けられていないが、馬車が走った方向に顔を向けると、ここから離れた所には橋があるのが見えた。あの橋を通り東に住む村人は門までの道を行き来していたのだろう。
「サリシア王女! あの人の様子が変でした! もしかしたら魔法で操られている可能性があります! 今すぐあの馬車を止めないと!」
「――――ッお前達行けッ! 馬車を町に入れるな! 門にも村人が来ても入れないよう伝えろ!」
サリシア王女ではなく、オルウェン王の言葉に従うなどあり得ないと思った私は、自分の考えをサリシア王女に伝えた。サリシア王女は苦虫を潰したような表情をして、振り向いて隊の人達と、上を見上げて壁の頂上にいる者へ指示を出し、隊の人達は戸惑う中サリシア王女の指示を聞き、数人を残して殆どが橋に向かって走っていった。
「光の者は、魔法の知識も蓄えているのか?ますますお前が欲しくなったぞ、ルミナス。」
「オルウェン王、貴方は人として最低です。魔法で人の意思を捻じ曲げ、操るなんて……。」
オルウェン王の側にいるベリルや、こちらに戻ってきたギル騎士団長からは、私とオルウェン王の会話に動揺した様子はない。オルウェン王は、国内でも頻繁に魔法を使用していたのだと私は思った。
ガルバス騎士団長は視線を彷徨わせて、今の状況に混乱しているように見える。
「お前が私に従うなら、奴等の魔法を解いてやろう。さぁ、私の元に来るのだ。」
オルウェン王が私に向けて手を差し伸べてくる。川を挟んでいるのに、その手が自分の目の前に迫っているように見えて、後ずさりしそうになったけど……
「ルミナスさんは、渡さない。」
「ルミナス、奴に従う必要はないぞ。」
イアンとサリシア王女が私の前に立った。その姿を見て私も地にしっかりと足をつける。
サリシア王女とイアンに小声で、私が見た魔力の反応を伝えると……
「要は魔法を使う前に腕を切り落とせば良い。ルミナスがオルウェン王と話している間に、私の合図と共に、隊の者達には幌馬車に向かうよう指示を出していた。馬車を追った者達は既に二手に分かれているだろう。」
……いつの間に……そっか、殆どの隊の人達が向かったのは、その為だったんだ。
サリシア王女が振り返り私に小声で話した後、イアンに私を任せて壁の付近まで後退した。
助走をつけて川を飛び越える気だ。
「チッ……獣共など全て私の奴隷にしてくれよう。ベリル、合図を出せ。」
「かしこまりました。」
ベリルがオルウェン王に頭を下げて、空に向かって腕を突き出した。何かする気だと思った私はサリシア王女に声をかけようとしたが、私の横をサリシア王女が「何もさせんッ!」と声を上げ一気に駆け抜けると、川を飛び越え……
「 火よ、昇れ。」
サリシア王女が向こう側に着地する前に、ベリルの言葉と共に、火柱が上がった。




