ルミナスは、戸惑う
コンコン
「……ぅ…」
コンコン
「……はぃ…」
扉を叩く音が聞こえて、私は重い瞼をゆっくりと開け、目をこすりながらベッドから起き上がる。
自分の声が随分掠れているようだった。
「ルミナスさん、返事が無いから心配しましたよ。」
「あれ?マナ城に来ていたんだ。」
私が扉を開けると、立っていたのはマナだった。外は日が昇っていないのか、まだ辺りは暗い。マナは手にタライを持っているようで「入りますねー」と言って、部屋の中に運んだ。見えないが中に水を入れてきたようで運ぶ際に水音が聞こえた。
「今は皆が協力して動いてますから。家に戻って少し休んだ後に、自分にも何か出来ないかと思って…すぐ城に戻って来たんですよ。」
「そうだったんだ…」
何故私の部屋に?そう疑問に思っているとマナが「日が昇ってからだと慌ただしくなると思って」肘にタオルを掛けていたようで、両手でパンッとタオルを伸ばした音がした。
マナは私の身支度を、手伝いに来てくれたんだ。
そう思った私は暗がりで見えない中、マナに促されて体を拭いて綺麗にし、新しい服に袖を通す。体を拭いている間マナが「指は?」「頭の怪我は大丈夫ですか?」と声をかけてきたから、ずっと心配させてたんだと思い至る。
「怪我の様子も見に来てくれたんだね。ありがとう…でも本当に大丈夫だよ。」
ほらね、と言って私は洗う際に布を外した指をマナに見せ、頭も前髪を上げて見せる。あの時は怪我したばかりだったから見せるのを躊躇したけど、今なら大丈夫だろうと思ったからだ。
マナは私の言葉と怪我した箇所を見せたことで安心したのか「良かったです。」と明るい声で言った。
扉を開けてタライを持ち、部屋を出て行こうとしたマナに「あ、待ってマナ!お願いが…」と私が声をかけるとマナは「え!もうルミナスさんの『お願い』は嫌ですよ!」と動揺した声で話す。
「広場の時とは違うよ。マナが身につけているみたいな、ベルトと袋が欲しいんだけど…」
ダメかな?と尋ねると「それなら私まだ他に持ってますから!ちょっと待っててください!」と張り切った声でマナは走っていってしまった。
……タライを持ったまま走ったら危ないんじゃ…
扉から顔を覗かせて見たがマナの姿は既になく「ふぎゃッ!ごめんー!」とマナの声が聞こえてきたから、誰かにぶつかったのかもしれない。
私はその相手に心の中で謝りながら、パタンと扉を閉めた。
……外、静かだった……。
イアンが部屋を出てから、外の状況はどうなったのか私は気になった。随分と静かで、普段なら皆寝ているだろうと気にしないけど、今はその静けさが逆に不気味で体が一瞬ブルリと震えた。
ライラ王女の時や、子供達を救いに行った時とは比にならない規模の敵がいて、争いが起こると考えると怖くて堪らない。
人が傷つくのを見たくない。
前世では喧嘩だってしたことない。人に意見を言うのだって無理だった。それでも十八年間、貴族令嬢として生きた記憶もある私は、前世の薫に比べたら大分マシだと思う。これから争いが起こると知れば、薫だったら脱兎の如く逃げ出すか、部屋に閉じこもってただ泣いて蹲り、争いが過ぎ去るのを待っていただろう。
私が扉に寄りかかっていると……
扉の外から微かに走る足音が聞こえて、私の所で止まり「ルミナスさん、持ってきましたよー。」とマナの声がして私は扉を開けた。
「早かったね。家まで行ったの?」
「ここで働く使用人は木箱に自分の持ち物を入れて、置いておける場所があって、私よく服を汚していたから着替え一式入れてあるんですよ。」
もしかして感情が高ぶった時に…と思ったけど私は口には出さずに、マナから差し出されたベルトと袋を受け取った。
「後で返すから…」
「それはルミナスさんにあげますから、持ってて良いです。」
その言葉を聞いた私は「でも」と躊躇したけど「友達に遠慮は必要ないですよ。」表情は見えないけれど、マナの笑顔で笑う姿が頭に浮かんだ。
「ありがとう。大事に使うね。」
私はベルトと袋をギュッと胸に抱く。
「あ、そういえばイアンが、後で部屋に来るから部屋の外に出ないようにって言ってました。」
「イアンが……」
マナの言葉を聞いて、部屋にいた時のイアンの姿を思い出しドクンと胸が鳴った私は、フゥ…と息を吐き気持ちを落ち着かせる。
マナは部屋を出る間際「告白は先延ばしになってしまいましたけど、人間共を追い払ってからが勝負ですから。あ、料理でイアンを落とすのも悪くないですね。」と楽しげに話すマナに、私は自然と笑みが零れる。先程まで争いを前に、怖いと感じていた気持ちはもう薄れて、マナの明るさに心が軽くなっていた。
私はベッドに腰を下ろし、袋の中にイアンから受け取った猫の置物を入れる。お守り…とは少し違うかもしれないけど、私は肌身離さずこれを持っていたかった。
それから少しして、再び扉を叩く音がした。
腰にベルトをつけ袋を下げた私は、ベッドから立ち上がり扉へと歩み寄る。
扉を開けると外は日が昇り始め、徐々に明るくなっていた。
「ルミナスの気持ちは変わらない?」
「はい。」
私が部屋の外に出ることを聞いてるんだと思った私は、すかさず答えた。イアンは私の言葉を聞いて「それじゃあ、行こうか。」微笑みかけてくれた。
イアンは片方に長剣を、もう片方には短剣を腰に下げて胸当をつけていて、凛と立つ姿と意思の強い瞳は、何か使命に燃えているように感じられる。
イアンの後に続き城内を歩いていると……
「我はサンカレアス王国騎士団、騎士団長ガルバス・ナイゲルトである!ルミナス・シルベリア嬢の救出任務を受けこの地に参った!即刻ルミナス嬢の解放を要求する!!」
………え?私の、救出……?
ガルバスの声が街中に木霊し、城にいるルミナスの元にも届く。ルミナスは戸惑いを感じ、足を止めた。




