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イアンは、任務を授かる

53話後イアンが違和感を感じた後から、60話までのイアン視点の話になります。

 俺は城に戻ることを躊躇した。

 何かあったのでは…そう思い門に向かって走る。すると慌ただしい様子で俺の後方から来る人達がいることに気づいた。隊の人達だ。

 見張り番からの報告を受けたことを聞き、共に門へ向かう。



「ハンス!何者かがこの町に向かって来ている!」

「え!……サリシア隊長が一人で門から出て行きましたが…」


 ……くそっ…!俺がレイラさんの店にいる間に、姉上が既に向かったのか!


 門に着きハンスの姿を見かけ声をかけた。隊の人達も姉上の独断行動を知らなかったようで、動揺しているようだ。



 門は木製の重厚な扉でできており、もし何者かが攻めてきた時に備えて、鉄製の落とし格子(こうし)もあるが、普段は下ろしていない。門は塔と一体化した造りになっていて、門番が二人と他に隊の者が数人見張り番と共に塔の中にいる。交代で任務についていて、ハンスは日が暮れると他の門番と交代するが、サリシアが出て行く姿を見て気になり門に残っていた。

 ハンスや他にいた門番、塔にいた者達は、サリシアが来た際に「さっさと門を開けろッ!」と急かされ、何があったか知らずにいた。



 ……俺も外に出て行くべきか?いや、しかし……。


 俺は塔の最上階に上がり、見張り番と辺りを見回していた。「サリシア隊長の姿を捉えました!」と見張り番が声を上げ、俺はすかさず下に降りる。




 町に入って来た姉上と荷馬車に乗る村人の姿を見て、俺が聞いた馬の足音と声はこれだったのか…と安堵した。しかし姉上の険しい顔を見て、身を引き締める。

 姉上に事情を聞きたかったが、俺には目もくれずに村人や隊の人達に指示を出して話しかける隙がなかった。すると見張り番が「他にもこちらに向かって来る姿が多数あります!」と言って、姉上も驚いた顔をして「警戒しろッ!」と周りに指示を出す。


 俺の耳にも足音や声が聞こえてきたが、声は子供の泣き声のようだった。その姿を視認できると門を開けて次々と村人が入ってくる。



 ………一体、何があったんだ?


 先ほど来た村人達は姉上と共に来たからか、まだ落ち着きがあったが、大勢来た村人は混乱状態だった。荷馬車に乗っている幼い子供達は泣き喚き、走ってきた者達は地面に膝をつき崩れる者、体力が残っている者は「子供達を頼みます!村に戻りますッ!」と声を上げている。


「町から出ることは許さんッ!城に向かうぞ!イアン、お前も手伝え!」

「はい!」


 姉上は塔に残る隊の人達に「格子を下げて警戒を怠るな!」と指示を出し、城に村人と向かう。俺も子供達に「大丈夫だから落ち着いて。」と声をかけ続け、足元をふらつかせている者には手を貸しながら歩き続ける。俺たちの様子に気づいた人達が何事だ…と不安げな様子で家から外に出てきていた。



 姉上や隊の人達で諌めながら広場に村人を集めたが「人間達が…ッ!」「人間め…!」と女達の怒りに満ちた声を聞き、子供達は体を震わせ縮こまっていた。姉上が「落ち着け!」と一喝し女達は静かになったが、未だに瞳からは人間に対する怒りに満ちている。

 その場に隊の人達を残し、城へ向かう姉上の後に続き俺も走って向かう。



 ……姉上はきっと父上の所に行くんだ。俺も一緒に…。


 そう思ったが、俺はルミナスさんの事が気になり、様子を見に行こうと部屋に行った。



「……ルミナスさん?」


 扉を叩いても返事がなく、寝ているのかと思いそっと扉を開いて室内を伺うと、ルミナスさんの姿がどこにも見当たらない。



 嫌な汗が背中を伝う。


 食堂で消えたことが頭を過る。


 あの時と同じように城内を探すが、どこにもいない。



 ―――まさか、一人で城の外に出たのか!?



 俺が街中を探すため城の外に出ると、ルミナスさんの姿が視界に入った。俺は見つかったことに安堵して駆け寄ったが……



 ………血!?なんで……!



 暗がりでハッキリと見えないが、血の匂いがして、ルミナスさんの額に濡れたような痕がある。指にも何かを巻いていた。

 一体誰が…そう思った時マナの姿が視界に入った。

 マナが何故ルミナスさんと一緒にいるんだ?

 まさか城から連れ出したのはマナなのか?

 俺は咄嗟にマナに敵意を向けてしまった。けれど、違うと知り事情を聞こうとしたが……ルミナスさんの言葉に俺は戸惑う。


 ………確かにアクア様が言っていた。だけど『平気』だなんて……。


 ルミナスさんが森で傷を痛がってたのは知っている。立てなくて俺が背負ったんだ。痛みに弱いくせに、なんでそんな強がりを言うんだ?それに表情がなんだか、険しいように見える。




 俺はやるせない気持ちを抱えたまま、ルミナスさんの手を握って城内を歩いた。執務室に向かう途中、血をそのままにしておくべきではないと思って一度立ち止まる。俺は自室にルミナスさんと一緒に行き、部屋から布を取ると城の外にある井戸に向かって歩く。

 ルミナスさんは、ずっと黙ったままだった。

 俺は濡らした布をよく絞り「顔…これで拭くから、動かないで」ルミナスさんの前髪をかきあげて、額に当てた。



「これ…誰にされた?」

「え!?……じ、自分で!こ、転んでぶつけただけです!」



 嘘つくなよ!


 声を上げそうになるのを、口を結びグッと堪える。

 そんな動揺した口調で言われても、信じられない。

 正直に話してもらえないことで、苛立ちが募る。


「……指は?」

「……その、えっと…野菜を、切れなくて。」

 ルミナスさんは視線を彷徨わせ、歯切れ悪く答えた。


 ……野菜?なんでルミナスさんが野菜を?


 俺は深く息を吐き「もう行こうか」と淡々と告げ、素っ気ない態度をしてしまう。



 ……ルミナスさんに優しくしたいのに、なんで俺こんな態度をしてるんだ。


 俺は胸の中に湧く嫌な感情に戸惑いを感じていて、ルミナスさんと手を繋がずに歩いた。



 執務室に着き中に入ると、俺は室内の張り詰めた空気に身を引き締める。

 俺の後ろにいたルミナスさんがスッ…と前に出るのが視界に入り、父上に質問したことに驚いた。


 ……アクア様帰ってたのか。争いが起こるのが分かっていたなら、なぜ父上には言わなかったんだ?


 疑問に思ったが姉上が話し始め、そちらに意識を向ける。そして各方面で起きている事態を知り、息を飲んだ。



 父上が『広場』と口にした事で、ルミナスさんは村人の手により怪我を負ったんだと思い至る。

 ルミナスさんは今後部屋から出ない方がいい。

 ルミナスさんが傷つかなくてすむ。

 俺はそう思ったが、ルミナスさんは自ら危険に飛び込もうとする。アクア様が言ってたじゃないか。これ以上魔法を使えば、どうなるか分からない。……人じゃなくなっても良いと思っているのか?


 ルミナスさんを止めても、無駄なことは分かっていた。今までもそうだったから。

 そしてルミナスさんのおかげで、知り得た情報もある。この情報はとても貴重なものだ。魔法を使ってくるかもしれない相手が四人も……もし戦いになった時に、心構えがあるか無いかで随分違う。


 俺はルミナスさんの様子を伺う。


 ルミナスさんの手が、小刻みに震えていた。声をかけるとルミナスさんは握り締めていた手を開いて、僅かに手の平から血が見えた。



 ……ルミナスさん。



 ルミナスさんが傷つく姿を見たくない。

 ルミナスさんは何を考えているのか、知りたい。

 でも正直に話してもらえないかもしれない。


 俺が好きでも、ルミナスさんは違うから。



 ルミナスさんが部屋で休むことになり、俺も付き添う。歩いている途中で食事をしたのか尋ねると、まだしてない事を聞き、俺は取りに行った。

 ルミナスさんと共に食事をして、俺は正直に自分が思ったことを伝えることにしたが……

 怒鳴ってしまって心苦しく思いながら、跪いてルミナスさんと視線を合わせる。



 俺は、ルミナスさんの白く変わった髪をそっとすくい上げる。ルミナスさんに笑顔でいてもらうには、どうしたら良いかと考えていると、猫の置物のことを思い出して渡した。



 ……ルミナスさんのこの表情が見たかった。


 俺は、穏やかな気持ちでルミナスさんを見つめた。すると…ルミナスさんが話し始め、その内容を聞いてこの国を想ってくれていると知り、嬉しく思った。けど、ルミナスさんが自らまた危険に向かっていくことに、俺は耐えられない。

 また俺の中に知らない感情が湧いてきて、ルミナスさんを傷つけないように部屋を後にした。




「――――ッ最低だ…。」


 自室に向かう途中で壁に拳を叩きつけ項垂れる。

 俺はルミナスさんを無理矢理に閉じ込めようとする考えが頭を過った。最低すぎる。ルミナスさんの気持ちを踏みにじる行為だ。



 ヒュン


 何かが飛んでくる音が耳に入り、俺はすかさず警戒態勢をとり飛んできた物を掴む。



「姉上……?」

「ふん。反応が甘いぞイアン。鞘から抜いていたなら手がなくなっていたぞ。」


 その言葉にぐうの音も出ない。姉上が鞘に収めたままの長剣を投げてきて、俺が柄ではなく刀身部分を掴んだからだ。俺はため息を吐き地面に投げ捨てた蝋燭を拾い姉上の側に歩み寄る。俺が剣を差し出すと「それはお前のだ」と言われ呆気にとられる。



 俺は剣と姉上を交互に見て「……俺の、剣?」と呟く。「イアン、お前に任務を与える。お前はその剣でルミナスを守れ。」その言葉にドクンと胸が弾んだ。



「突然の事態にお前も不安を抱いているだろう。恐れも感じている筈だ。父上と話、ルミナスは部屋に閉じ込めておくのはやめた。だからイアン、お前が守るんだ。」


 姉上の言葉を聞いた俺は心のわだかまりが取れたような気分になった。


 ……そうか、俺は…不安だったんだ。焦っていたんだ。争いを前にして、国も、俺自身もどうなるか分からない。俺のルミナスさんに対する気持ちも、決心も何も変わっていないのに。



 俺は姉上をしっかりと見据える。



「隊長、任務承りました。必ず守ります。」



 姉上は俺の言葉を聞くと「任せたぞ」と言ってその場を去り、俺は剣の柄を固く握りしめた。


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