ルミナスは、判断に迷う
「グフフ…ルミナス…お前はもう私のものだ…。」
男爵が手を伸ばしてきた。
こわいこわいこわいこわい―…。
男爵が私に触れ……。
―――…………
「どこ……ここ…。」
今の自分の状況がわからず、呆然とし呟く。
ルミナスは牢屋の中にいた。
目の前には男爵がいた。
しかし今ルミナスの目の前に広がるのは、辺り一面
草・草・草・木・木・木・木…。
…つまり森の中のようである。
自分は気を失っていたか、眠っていたようで、目が覚めたらここにいた。 日の光が明るく木々を照らしている。
「男爵は…?また私、誰がに眠らされて連れてこられたのかな…?」
キョロキョロと辺りを見回すが、人がいる気配は一切ない。座り込み自分の服装を見ながら、現状を把握しようと考える。
服装は変わっていない…。
卒業パーティー用にと、特別に用意したドレスを着たままだ。婚約者のマーカス王子の髪と瞳と同じ緑色のドレス。装飾品も緑色。
どれだけマーカス王子を意識していたんだか…。
このまま森の中に溶け込めそうな色合いだ。
…そういえば、クレア嬢のドレスは黄色だったけど、ネックレスは緑色を付けていたな。
ゲームのシナリオでは、ドレスも装飾品も王子からのプレゼントだった。
実際にそうなんだろうけど。
じゃら…。手足を動かすと鎖の音が鳴る。
手足の枷と鎖もそのままだ。
しかし、立ち上がりドレスについた草を払っていた時、前に垂れた自分の髪をみて驚く。
牢屋の中や、草の上で横になっていたから髪がボサボサになっているのは、別にいい。
驚いたのは黒い自分の髪が毛先だけ白くなっていたからだ。
「え…いつから?なんで??」
牢屋に入れられる前は黒かったはずだ。
薬を嗅がされて眠らされた時にか、前世の記憶を思い出した影響なのか…まさか極度のストレスで、しらが…
いやいや、それはないだろう。
前世の姿を思い浮かべる。
前世の薫は、チラホラと黒い髪に白髪が見えてきていた。
初めて発見した時はショックで思わず抜いたけど、あれって抜くべきではないね、新たに生えた白髪がピンと立って余計に目立ってたもん…。
なんとか髪を手櫛で整えて真っ直ぐに流し、改めて髪を見ると、一本一本が根元から白くなっているわけではなく、毛先5センチほどが全体白くなっている。
…原因を考えても分からないので、髪のことはひとまず後回しにすることにした。
そしてもう一度辺りを見回すが、やはり草木ばかりで他には何もない。
このままここにいても仕方がないので、ルミナスは辺りを散策することにした。
「―――っ…疲れた…。」
ゼーゼーと息を吐きながら、膝に手をつき項垂れる。
しばらく歩いてみたが、本当に何もない。
たまにウサギなどの小動物に出くわした位だ。
この世界には魔物は存在しない。
森で気をつけるとしたら熊や猪だろう。
前世ではインドア派だし、ルミナスは王子のことばかりだった為サバイバル能力など一切ない。
「熊に出会ったらどうしよう…目を見つめたまま離れるんだっけ?」テレビで鈴をつけて森を歩く、というのを見た事があるが…そんな物はない。
足の鎖のせいで上手く歩けずに、引きずるようにして歩いているので、あまり距離を進んだ感じはしない。
手足の枷が食い込んで血が滲んできて痛いし、汗で髪がべったり肌に張り付いて気持ちが悪い…ドレスも長くて邪魔だ。
ナイフでもあればドレスを切り裂くのに…。
そう思うがナイフなど持っていないので仕方がない。
パーティー中は王子の事で頭がいっぱいで、食事が喉を通らなかった為に空腹だ。
王子より食事をしろ!と前の自分に言いたい。
喉もカラカラだ。
川でもあれば良いが…見当たらない…。
無い無い尽くしである。
ルミナスは体力も気力も限界にきていた。
一度休憩しよう―…そうルミナスが思った時、かすかに人の話声が聞こえてきた。
人!?
さっきまでの意気消沈していた様子は吹き飛び、急いで足を動かせる。手足に痛みが走るのも構わず、人の声がした方へ向かっていく。
人の声がハッキリと認識できると、そこから少し離れた草陰に身を寄せる。声がしたのが男性のものだったからだ。牢屋の中で男爵は私の頰に触れてきた…指が頰に触れた感触と、その時感じた恐怖を思い出して思わず身震いする。
まさか男爵が…と、ルミナスは警戒するが男爵ではないようで、男が四人ほど馬車をとめて話をしているようだ。
馬車は幌馬車で、ルミナスからみて横向きに止まっているため中の様子は見えない。
あの中にまだ人がいるのか、それとも荷物を乗せているのか。男たちは旅人か、荷物を運ぶ商人と護衛かもしれない。でも、この世界には盗賊もいる。
男たちが犯罪者の可能性もあるのだ。
それに、こんな森の中に馬車をとめているのは、おかしい気がする…。
ルミナスは男たちに対して不信感が拭えず、しかし他にあてもないので、そのまま草陰に身を寄せたまま男たちを観察する。
それからすぐのこと、男たちはパンと水を分け合い食事を始めた。
たべもの!のみもの!!
声を発しそうになるのを堪えるが、ルミナスの視線は男たちの手に持つ食事に釘付けだ。
今はなんでもいいから口にいれたい…!
そう思い、思わずゴクリと喉が鳴る。
先ほど男たちに抱いていた不信感など、空腹感が勝ちあっという間に消えていく。
草陰から一歩踏み出そうとした、そのとき―…
「たすけてぇーーー!!」
ルミナスの声ではない。
馬車の中から身を乗り出して、縄で体を縛られた5歳くらいの女の子が助けを求めている。
その子には獣の耳と尻尾がある。獣人だ。
「こいつ…静かにしろ!」
「チッ…もう起きちまったか、口を塞げ!」
男たちは、女の子を慌てて取り押さえ口を塞ごうとしている。
ルミナスは再び草陰に身を隠してしまった。
「ど…どうしよう…。ゆ…誘拐…?」
女の子の様子をみて、男たちが犯罪者だと確信した。
向こうは私に気づいていないようだ。でも私があそこに飛び出して、あの子を救えるなんて思ってない。私も捕まって終わりだ…助けを呼ぶとしてもここがどこかも分かっていない。
でも、ここでジッとして見てるだけで良いの?
ルミナスは判断に迷う。
前世の薫は、自分に不利な事に対して目をそらすことが多かった。友達がイジメを受けていても助けなかった。会社でセクハラを受けた後輩を庇わなかった。
そして私の周りには誰も寄り付かなくなっていた。
この世界で私は悪役令嬢。ここはゲームと同じ登場人物、国、悪役令嬢が婚約破棄されて…ヒロインは王子様とハッピーエンド。そして悪役令嬢が牢屋行きも同じだった…。でも、ゲームでのシナリオは終わったんだ…。それに、この世界は今私が生きている現実で……ゲームじゃない…。
私が今からでも変われば…。
前の自分にはなかった勇気を出せれば…!!
「きゃあっ!」
暴れる女の子に焦れたのか、バシッ!と男が女の子の頬を叩いた。
それを見た瞬間、ルミナスは草陰から飛び出していた。