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ルミナスは、走り出す

 

「……痛い。」


 部屋に戻った私はベッドにダイブした。前世では会社から帰宅すると、いつもしていた行動だったが……このベッドにはマットレスなどない。

 痛くて当然だ。


 ベッドでうつ伏せになっていた体を、仰向けにして天井を見つめる。


『ルミナスさんの側にいさせてくれないか』


 今日の出来事を思い出していたら、イアンの顔と言葉が頭を過ぎり、顔が火照りだす。

 自分の顔を両手で塞いで「う〜っ」と唸っていると……



 コンコン


「ルミナスさーん」

「は、はい!!」


 名前を呼ばれて反射的に返事をした私は、体を起こして扉に視線を向けた。扉を開けて入ってきたのは、マナだった。エプロンは外していて、代わりに腰にはベルトを付けて袋をぶら下げている。


「どうしたの?」

「今日は早めに仕事終わりにしてもらったんです。ルミナスさんと話がしたいって、マナ言ってましたよね?」


 マナの表情からは笑みが消えて、真剣な表情で私から視線を離さない。食堂でのことを思い出し、つい身構えてしまったが……



「イアンに何をしたんですか!?」


 ベッドに座っている私の横にマナは腰を下ろし、マナの質問の意図が分からず私は反応が遅れてしまう。「えっと…特に何も…」記憶を探りながら答えたが、マナには不満だったようだ。「嘘です!」と声を上げて頰を膨らませている。


「イアンがルミナスさんと話している時の顔……あんな顔、初めて見た。マナが…マナだけが、ずっとイアンの隣にいれると思っていたのに……!」


 ミシリ…とマナがベッドの端を掴んでいた箇所から嫌な音が鳴った。


「ちょ…!ベッド壊れちゃうよ!」

「あ…」


 慌ててマナを止めたら、ベッドから手を離し「また壊しちゃう所だった」とマナがため息混じりに言った。



「……食堂で私と手を握った時、痛かったけど…」

「え!痛かったですか?ごめんなさい!感情が高ぶると上手く力を抑えられなくて。」


 シュンと落ち込むマナを見て「全然大丈夫だから、気にしないで」と言って私は微笑んだ。



 ……やっぱりマナは、イアンが好きだったんだ。あの時笑っていたけど、強がってたのかな。



 そう思いながらマナを見つめていると、マナはもじもじとしながら「実は私イアンが好きなんです」と言って顔を赤らめた。もう気づいてるよ、とは口に出さずに黙ってマナの話に私は耳を傾ける。


「イアンを好き子は多いんです。でもイアンは他の子から好きと言われても、なんの興味も示さなかったから、私は想いを伝えずにずっと友達のままでいたのに……」

 マナは俯いて話していた言葉を一度切り、横目で睨んできた。


「まさか突然現れた人に、イアンを取られるとは思いませんでした。他の子達だって、このことを知れば悔しがると思います。」

 唇を噛みながら睨むマナを見て、私は動揺して視線をマナから逸らす。



「マナが来たのは、イアンとの仲を妨害しに?」

「そんな事しないです!」


 目を丸くして驚くマナは、人間はそんなことするんですか?と言ってジト目で私を見る。


 ……まさか自分がクレアにしていた事とは言えない。いや、私はしたくなかったよ!前世の記憶が戻る前だよー!


「な、なんでもない。」とだけ私は答えて、苦笑いを浮かべた。


「獣人の女は真っ向勝負!マナもイアンに想いを伝えます!私はルミナスさんに、それを伝えたかったんです!」

 マナは立ち上がり、胸の前で拳を作りながら私を見下ろす。


「イアンに、私を好きになってもらいます!」

 少し頰を赤らめながらも宣言するマナに、私は胸がズキリと痛むのを感じた。


 

 ……イアンがマナを好きになる…。


 あの瞳が、声が、自分以外に向けられるのを想像し、胸が痛む。自身の胸に手を添えながら俯いていると……


「まずは、何故あなたをイアンが好きになったか知りたいんです!」

「え、ちょ…」


 マナは突然私の手を取り立ち上がらせて、部屋の外へと連れ出す。手を掴んだままグングン先を歩くマナに、私は転ばないようについて歩くので精一杯だ。







「……え?」

「きっとイアンの胃袋を掴んだのでしょう?何を作ったんですか?」


 部屋から連れ出された私は、今マナと共に厨房にいた。厨房には他の人が食事の下ごしらえをしていたのだが、マナが「少し借りますねー」と入り、隅の僅かなスペースを借りている。

 厨房の人も「おぉ」と返事するだけで驚いた様子が無かったので、事前に話をしていたのかもしれない。



 ……このナイフ、見覚えがある。



『自分の首に突き立てる分には使えるだろう』

 盗賊に捕まるような事は無かった為サリシアに返したが、渡された時の事を思い出し、ナイフを持ったままゴクリと唾を飲む。


 包丁はこの世界になく、基本ナイフが使われている。ナイフは鍛冶屋に特注品を頼まない限り、全て同じ作りだ。



 私の目の前には調理台があり「これ使って下さい」と言いながら色々な野菜をマナが置いていく。

 私は深呼吸して、人参を手に持ちナイフを構えた。


 ……前世ではピーラーがあったが、この世界にはないだろうし……よし!せっかくの機会だもんね!


 覚悟を決めて人参に挑む。自分は不器用を卒業したかもしれない!と希望をもって…なにより、隣で真剣な表情で自分を見るマナに、できない!と言うのは気が引けた。



 いざっ!





「―――ッいったあああい!!」

「だ、大丈夫ルミナスさん!?」



 そして結果は指を切り、まともにナイフを扱えないことを知った。マナは慌てた様子で、私を連れて厨房を出るが……


「医者に!えっと、医務室…あれ?どこだっけ!」


 医務室に行ったことがないのと、まさかルミナスが指を切ると思ってなかったため、マナは取り乱していた。



 ……うぅ…思いっきり切っちゃった。血がたくさん……あれ?もう止まっている。


 自分の指を恐る恐る見ると、もう血が止まり傷が塞ぎ始めている。


 ……そういえば、アクア様が前に言ってたっけ。


 ホッと胸をなで下ろすが、マナに伝えるのを躊躇した。自分は人間だ…いや、自己治癒ができる時点で、他の人とはあきらかに違うけれど、なんとマナに説明するべきか分からなかった。



「落ち着いてマナ。何か…指に当てる小さい布があるかな?」

「布?わ、わかりました!」


 マナは頷いて、自身の腰に下げた袋の中からエプロンを取り出し……勢いよく引き裂いた。

 驚きに目を見張る私に、マナは「これで大丈夫ですか?」と不安げな表情で、小さく裂いた布を手渡す。


「ご、ごめんねマナ!エプロンが…」

「そんなの気にしないで下さい!それより傷は!?」


 私は嘘をついている罪悪感を感じながら、受け取った布を指に巻きつける。

「ありがとうマナ。大丈夫だよ。」

 その言葉を聞いたマナは安堵の笑みを浮かべ、裂いた残りの部分は袋の中に再び戻していた。




「……マナ…もう家に帰ります。ごめんさない、ルミナスさん。」

「謝らなくて大丈夫だよ!料理できない私が悪いんだから、ね?」


 俯いて謝るマナに、私は腰をかがめてマナと視線を合わせながら話した。すると私の言葉を聞いたマナは悲しげに眉を下げていた表情から一転して、口を固く結び笑いを堪えている。


「ぷっ…ご、ごめんなさい。だ、だって、まさか野菜も切れないなんて…。」

「うん…私も自分でそう思うよ。」


 私達は顔を見合わせて笑った。




 私はそろそろ食事の時間かな…と思いつつも、もう少しマナと話をしていたかったので、城の外まで一緒に行くことにした。


「ルミナスさんって、イアンの言った通りの人ですね。」

「イアンが…?なんて言ってたの?」

 気になって尋ねたが、マナは「色々です」と可笑しそうに笑っていた。……気になる。イアンに会った時に聞いてみよう。


 年が近い女の子とこれほど話をしたのは、随分久しぶりだと思いながら、それから私達はゆっくりと歩きながら話続け、城の外へと出る。

 外は既に日が暮れて、暗くなっていた。




「またお話ししましょうね!私、イアンのことは諦めないけど、ルミナスさんと友達になりたいです!」

「え?友達?」


 ダメですか?と首を傾けて尋ねるマナの姿に、私は左右に首を横に振る。


 マナは話してみると、素直で優しい子だった。

『友達』になりたいと言ってもらえて嬉しい。

 私も、また話したいと思ったから……


「ありがとうマナ。これからも、よろし……」


 言いかけて、誰かが走ってくる足音が聞こえた。マナは既に気づいていたようで、足音がする方向を見ている。



「マナか!陛下に急ぎ伝える事があるんだ!そこをどいてくれ!」

 その人は慌てた様子で、私達が避けると走ってそのまま城内に入っていった。



「……塔にいるはずの父さんが、なんで…」


 マナは難しい顔をして視線を壁の方へと向ける。さっきの人は、あっという間に通り過ぎて姿がよく見えなかったけど、どうやらマナの父親のようだ。

 私はマナに声をかけようとしたが、マナは急に走り出してしまった。


「マナ!?」


 私は咄嗟にマナの跡を追いかけて走り出す。




 町を囲んでいる壁の一部として塔が、東西南北の四箇所に建てられている。その塔は壁よりも高く、塔の最上階は見張り番の者が常に二人いて、日が出てる時と、日が暮れてからの交代で見張りに務めている。

 いつも日が暮れている間は塔で見張りを務めている父親を知っているマナは、怪訝に思ったのだ。


 マナは東に建てられた塔に向かっていた。

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