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立ち上がる者達

 

「――――ッくそおお!!」


 地下牢に、ダリウスの声と鉄柵を叩く音が響く。

 ダリウスの足の傷には、包帯が巻かれていた。


 今死んでは困ると、オルウェンの指示で地下牢に入れられた後に、ダリウスの元には医者が連れてこられた。牢屋が開く、その瞬間を狙ったダリウスだったが「治療中暴れられても面倒だ」と兵の言葉と何かを嗅がされたのを最後に眠らされたダリウスは、起きた時には既に治療が終わっていた。

 治療といっても傷口を焼かれ、その上から包帯が巻いてあるだけだ。出血は止まったが、痛みは未だにひどい。


 逃げる時のために、なるべく体力を温存しようと最初は機会を探り静かにしていた。食事が運ばれる時は食器は無く柵の外からパンを一つ投げ渡され、飲み物は顔に向かってかけられた。

 地下牢には日差しが入らないため、捕らえられてから、どれだけ経ったかも正確に把握できないでいる。



「―――ッぐうアアァァ…っ……」


 鉄柵を掴みながら、ダリウスはその場に膝をつき、うめき声を上げた。

 地下牢の不衛生な環境で足の傷が良くなるわけがなく、むしろ悪化していた。自身の力で牢屋の鉄柵を歪めようと試みるが、今のダリウスには不可能だ。

 見張りの兵の者が二名いて、ダリウスの様子を見ながら笑い声を上げている。


 見張り達からは、ダリウスの姿が満身創痍に見えるだろう。しかしダリウスの瞳は死んでいない。油断した兵が近づいたら、その足を噛み千切り腰に下げた牢屋の鍵を奪ってやると強い意志があった。


 ダリウスがそう思っていると…地下の出入り口の扉が開く音がした。見張り達は食事でも交代でもないのに扉が開いたことを怪訝に思いながら、扉の方へと近づくと……



「な、何故こんな場所に…」

「早く鍵を渡しなさい!」


 見張りの驚く声と、凛とした声がダリウスの耳に入る。そして、鍵を手にした少年はダリウスのいる牢屋へと歩み寄った。



「――ナハト王子!」

「シルベリア侯爵。あなたを助けに来ました。」


 目に涙を溜め、手が震えながらも、ナハトは牢屋の鍵を開ける。ダリウスは足元をふらつかせながら、牢屋の外へと足を踏み出し、ナハトの他にもう一人大柄な男がいることに気づく。



「……ゼルバ殿…か?」

「………。」


 ダリウスに『ゼルバ』と呼ばれた男は、無言のまま頷く。ダリウスが確証を持てなかったのは、以前会った時とは別人のように変わり果てた姿のためだった。

 スキンヘッドに顔半分は火傷の傷で覆われて、毒を受けた影響で声が出せなくなっていた。

 体格は大柄だが、マントを羽織った上半身は切り傷や火傷跡がひどく、ダリウスが知っている鍛えた肉体は見る影もない。

 彼は四年前にオルウェンが即位するまでは、先王の代からオスクリタ王国の騎士団長を務めていた。

 オルウェンに反発した者は殺されるか、ゼルバのように捕らえられ、地下牢に入れられた。

 ゼルバが殺されずにいたのは、精神を操り利用することをオルウェンが考えていたからだ。



 ナハトは兄であるオルウェンの愚行を止めたかった。しかしナハトは一国の王子でありながら、オルウェンの前では何もできない赤子同然である。

 ナハトはオルウェンが兵を率いてグラウス王国に向かったことを、オルウェンが王都を出立した後に、城に残った者から聞いた。



 兄様が国を出る、今しか機会はない。



 そう考えたナハトは自身を奮い立たせ、自分一人では何も出来ないと、最初に城の地下牢にいる者達を助け出すことにした。


 ナハトは幼い頃から兄の背中に隠れてばかりいた。


 兄の姿が見えないと不安で、付いてくるなと言われても何度もこっそり兄の跡をつけていた。隠し通路があるのも知っている。

 ナハトはオルウェンが即位してからは自室に閉じこもることが多く、話し相手はいつも使用人だった。使用人に協力を頼み、自身の護身用の剣を持ち部屋から出たナハトは、隠し通路から拷問部屋へと行く。


 そして拷問部屋に着くと、その場にいたゼルバへと剣を渡した。体力が落ちたとはいえ、その剣技は衰えていない。地下室にいた兵達は油断していたのもあり、次々とゼルバの手により倒され、地下牢の者達を解放した。

 解放した者達は、騎士団の者や有力な貴族もいたが、殆どが既に死んでいるか自我を失っていた。僅かに体力や気力が残る者はナハトの後に続き、城の外へと出る。

 オルウェンに力で抑えられながらも、今の国の現状を嘆き、国を想う者達だ。


 ナハトは皆が、オルウェンに逆らい地下牢にいることは以前から知っていた。城内でオルウェンに逆らう姿を側で見ていたのだ。「助けに来るのが遅くなってすまない…。」ナハトは涙を流しながら謝罪し、誰もナハトを責める者はいなかった。




 外に出たナハトは馬に乗り、民達へと訴えかける。


「どうか…どうか!私と共に立ち上がってほしい!!」


 皆がオルウェンを恐れていた。民達は暗い日々を過ごしていた。そこにナハトによって一筋の光が差し込み、反乱の芽が芽吹く。

 兵達が少ないこともあり、数では平民が圧倒的に多く、不満を募らせていた民はナハトの呼びかけに応えた。


 ナハトはオルウェンの跡を追って、馬で駆けた。ダリウスがいる都市に入り、ここでも民達へと呼びかけていた。そして領主の城にダリウスが捕らわれていることを知り、こうして駆けつけたのである。



 残った兵達の多くも反乱に加わり、オルウェンに従っていた貴族や兵は地下牢へと入れられた。


 ナハトは離れた場所からでもオルウェンと会話ができる手段があることを知っていた。魔法や魔人のこと、魔力を移せることを知らないナハトだったが、オルウェンが指輪に話しかけ、会話をしている姿を目にしていたのだから。捕まえた者達はすぐに口を塞がせるよう指示を出した。


 しかし、ナハトの指示は杞憂に終わる。

 なぜなら魔力を移せる鉱物は貴重で、オルウェンは金や力で屈服した者達に渡すことを躊躇した。

 国外に出ることが無かったオルウェンは、自分を崇拝し他国の王族であるジルニアだからこそ、渡していたのである。



 ――――――



 ダリウスは枷を外され、領主の城から外に出た。そしてナハトから、オルウェンがグラウス王国に向かった話を聞く。歩きながら会話していたが、ダリウスが顔を歪ませその場に膝をついた。


「だ、大丈夫ですかシルベリア侯爵!今すぐ医者を…!あなたは休んで」

「医者など不要…ッ!ルミナスが、ルミナスがいるかもしれないのだ!ナハト王子!私も共に行かせてくれッ!頼む!」


 ……ルミナスがグラウス王国にいるかもしれない。

 休んでいる場合ではないのだ。

 自分がどうなろうと……構わない。


 そう思いながらダリウスは、倒れた体を立ち上がらせ、意思の強い瞳でナハトを見つめる。



「……わかりました。共に参りましょう。兄様はもう、グラウス王国に入った頃です。急ぎましょう!」


 ナハトの号令で一同は、馬を駆け始める。

 ナハトとゼルバが先頭を走り、その後ろにダリウスや兵達がついて走った。その中には志願した平民の者もいる。



 ………怖い。兄様の力も…争いの場に赴くことも……けれど!!


 ナハトは体が震えながらも、馬を操る手綱をしっかりと握る。ナハトは後ろに付いて来る者達が、なにより自分の声に応えてくれた民達が、これ以上苦しむ姿を見たくなかった。

 涙で視界が歪みながらも、しっかりと前を見据える。



 外は日が暮れ、暗くなっていた。



 民達は手に松明を持ち、ナハト達が通る道なりに並び立つ。その光景は、まるで光の道のようだった。

次話からルミナス視点になります

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