村人の一日
「ママ〜みてみて!大っきいニンジン〜!」
「あら、凄いわねぇラナ。」
私は、娘の頭を優しく撫でる。そうすると娘のラナはエヘヘと嬉しそうに笑った。
「朝からお手伝いありがとうね。そろそろ家に戻って食事に…」ラナに話しかけている途中に、見慣れた姿が視界に入った。
「あっ!パパだー!」
「ラナ、足元に気をつけなさいね。」
ラナは「はーい!」と、私の言葉に元気よく返事をして、手に人参を持ったまま畑の中を走って行く。
愛する夫の元へ。
私も野菜が沢山入った籠を、紐を両肩にかけて背負う。夫とラナの元まで行くと「カルメラ、籠を持つよ。」と言って微笑み、代わりに背負ってくれた。
「隊の人達と話は終わったの?」
「ああ、これからは村に滞在する隊の人数を、増やしてくれるそうだ。本当に助かるよ。」
「そうね」私は夫に微笑みかける。夫はこの村の村長をしていて、ラナの件があって隊の人達と今まで話をしていた。どの村にも隊の人が一人は村にいて、小さい私達の村には一人だけど、大きい村には数人いると夫から聞いたことがある。
私はラナと夫が手を繋いで歩く二人の背中を見つめて、自然と笑みがこぼれた。
私は小さい頃から地面に絵を描いたり、木や草花を集めて遊ぶのが好きだった。ラナのように親の手伝いをしようと考えたことがなかった。
今思い返せば、私は本当に親不孝な娘だ。
成長した私は、畑仕事をする日々が嫌になって村を飛び出した。
働きたいと言っても中々仕事が見つからなくて、困り果てていた時に、レイラの家族が私を雇ってくれた。
あの頃は無我夢中だった。
お店を休みの時に森の中でサリシア様と初めて出会った。サリシア様は村から来た私に、町のことを教えてくれたり、何度か話をしているうちに友達になった。私が将来は物作りをして暮らしたい事を話すと、使っていないナイフをくれた。
初めて作った、木製の葉の形の小物入れ。
サリシア様に贈ると、喜んで受け取ってくれて嬉しかった。あれ以来、私は自分で作った物をお店に並べてもらっている。
町の暮らしに慣れた頃、人間を初めて見た。
周りは遠巻きにして見てたけど、商人だと名乗ったその人は、私が作った物を褒めてくれた。
私は浮かれていた。あなたのように手作りの物があると聞いて、商品が積んである馬車に一人で付いて行った……
あの時の私は本当に馬鹿だった。
私は店をやめて村に帰った。久しぶりにあった両親は目に涙を溜めながら、私を抱きしめてくれた。
村で無気力に過ごしていた私に、刃が細いナイフをプレゼントしてくれた夫。
ラナも産まれて私は幸せだった。
……ラナが無事で良かった…。
ラナが行方不明になった時の絶望感を忘れはしない。そして隊の方が巡回に訪れた時に『人間に攫われた可能性がある』と聞いた時は、私だけじゃなく娘まで傷つけるのかと、人間に対して怒りが湧いた。
ラナが戻ってきて、隊の人からサリシア様からの伝言を受け取った。
『人間も悪い奴ばかりじゃないな 』
驚いた。
サリシア様の言葉と思えなくて、自分の耳を疑った。
帰ってきてからラナは『 ルミナスさん 』の話ばかりする。とても心配性の優しい人だと……
「町に行けば会えるかしら。」
「ん?カルメラ、何か言ったかい?」
私の呟きに、夫が顔を振り向かせて尋ねた。私が首を横に左右に振って微笑みかけると、夫が優しい笑みでこちらを見つめた。
怖い目にあってから、私は町に行けなくなった。
作った物はサリシア様が村を訪れた時に、レイラに届けてもらっていた。
……ラナも町に行きたがっていたし、ラナのためにも前に踏み出さないとだめね。
ルミナスさんは、ラナの耳を触って喜んでいたらしい。……そうだ、次は兎を作ってみよう。そしてラナと一緒に町に行こう。
そう思っていた。
「二人は町に行くんだ!!」
その日、空が茜色に染まり始めた頃、隣の村に出かけた夫が血相を変えて戻ってくるまでは……。
―――――――
グラウス王国の町から北には山々があり、町と山の間には小さい村が三つ、大きな村が一つある。
そして山の一つは鉄を採掘する鉱山だ。宝石の原石も採れるが、日常生活に必要な物しか採掘しない彼らには不要なため、手付かずになっている。
そして山を越えると、その先には海が広がっており、海には港がない。
山の近くに住む村人は日頃、畑仕事や狩りをする以外に鉱山に行く者は採掘に、海に行く者は、塩の採取や魚を採り生活していた。
塩は食料の保存や食事の味付けに使われるなど、人々にとって必要不可欠な物であり、荷馬車を使い採掘した鉄や、魚は乾燥や日干しされ塩と共に町へと運ばれていた。
日が昇り、村人達はいつもの日常をすご……
せなかった。
「大勢の人間が、武器を持って向かってきている!」
村人が、山道を進んでいる最中に異変に気付いた。
目の良い者はその姿を視界に捉え、耳の良い者は大勢の足音と金属が鳴る音を捉えた。
すぐに報せを…そう思い急ぎ村に戻って来たのである。
「旗は持っていたか?」
話を聞いていた隊の者は四人。そのうちの一人が尋ねた。隊長のサリシアは自分が知り得る他国の情報を、隊の者達に話していた。二百年前の争いの様子を、その当時の国王が書物に残している物がある。国が兵を動かす際、各国に紋章は無いが、色のついた旗を用いられていた。
サンカレアス王国は、赤色
オスクリタ王国は、黒色
ニルジール王国は、緑色
そしてグラウス王国は、水色の旗を掲げる。
村人は「黒色の旗を持っていました」と答えた。
それを聞いた隊の者達は互いに顔を見合わせ頷く。
「女と子供たちを、すぐに町へ向かわせろ!」
「各村にも伝令を!急げッ!!」
「は、はい!!」
女と子供は最優先で避難させなければならない。
子供を戦わせるわけにはいかないし、男が死んでも女が生きていれば子孫は繁栄し続けるからだ。
荷馬車に子供たちを乗せ、馬は町を目指し駆けていった。残った隊の者と村人達は各々が武器を構えた。
「人間どもを町には行かせるなッ!」
「我々の国に入ったことを後悔させてやる!」
雄叫びが上がる。
空が茜色に染まり始めた……
オスクリタ王国の兵達の歩みは止まらない。




