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イアンは、震える

 

 ルミナスと出会う以前のこと……


 イアン、トウヤ、シンヤの三人は山で狩りをしていて、一旦休憩をとるため地面に腰を下ろして休んでいた。


「なぁ、イアンは…ち、チュウしたことある?」

「は?なんだいきなり…。」

「トウヤはね、ユーリちゃんにキスしようとして、頰を叩かれたんだ。」


 言うなよシンヤ!と顔を真っ赤にしてトウヤは、シンヤの胸ぐらを掴み軽く上下に振っている。その様子を俺は呆れ顔で見ていた。



「俺は女に興味ない。」


 女とベタベタしたいだなんて…信じられない。

「そんな目で見るなよイアン!」

 冷めた視線を向けていると、トウヤが立ち上がって声を上げた。「だってな!ユーリと一緒にいると、なんか…その、かぶりつきた」


「休憩は終わりだ。」


 トウヤの言葉を遮り、俺は立ち上がる。

「ったく、なんだよイアンは…」

 後ろでトウヤがブツブツ文句を言うが、俺は気にせず先を歩いて行く。シンヤは「キスはちゃんと、ユーリちゃんの同意を得てからにした方が良いよ、トウヤ」と言っている声が聞こえた。


 俺は姉上に認められ、隊に入ることしか頭にない。

 トウヤだって、ついこの間までは隊に入るんだ!と、毎日鍛錬に熱が入っていたのに…

 最近、俺達の一つ下のユーリに対し急に態度が変わり、可愛くて目で追ってしまう、ユーリもオレを好きだって!、強引なのは嫌だって…と会うと一喜一憂してユーリの事を話すようになった。

 シンヤは女にそれほど関心がないようだが…


 周りの雑音に耳を塞ぎたくなる。


 女を好きだ、嫌いだと…そんな感情、俺には不要だ。

 剣があれば十分だ。





 ―――そう、思っていた。



 ルミナスさんと、出会うまでは…。




 今、俺は食堂でルミナスさんの隣に座っている。


 先程まで瞑想していたが、ルミナスさんの俺を呼ぶ声が自然と耳に入り、咄嗟に名前を呼んだ。

 他に誰もいないことが分かり、好きだと伝えようとした。だが殴ったあいつの事が頭を過ぎり、言うのを躊躇してしまった。



 こんな自分が情けない。



「……すごく、好きだ。 」



 手が…震える。

 緊張、しているのか俺は…



 でも、どうか…どうか俺の気持ちが伝わってくれ。



 そう思っていたら、ルミナスさんが突然泣き始めた。自分が泣かせたのかと思うと、ズキリと胸が痛む。どうすれば良いのか分からず、涙を拭うことしかできない。

 でもルミナスさんは『ありがとう』と言ってくれた。困らせたのかと混乱していた俺は、その言葉でスッ…と心が晴れた気分になった。



 気持ちを伝えて良かった。



 その後もルミナスさんは、真剣な表情で俺の話に耳を傾けてくれた。


 嬉しかった。


 ルミナスさんが、この国に残ると聞いて驚いた。

 国にはルミナスさんの帰りを待っている、家族だっている。お兄様と会った、と前に話ししていた時、ルミナスさんはとても嬉しそうな顔で話をしていた。


 早く帰りたいのかと…


 全部俺の勝手な思い込みだ。

 ルミナスさんと、これからもっと話をしよう。

 ルミナスさんのことを、もっと知りたい。

 俺のことを、知ってほしい。



 マナに聞かれた事は恥ずかしかったけど、それよりも気持ちを伝えるのに、場所が大事だとは知らなかった。トウヤの話を真面目に聞いとけば……いや、関係ない。トウヤと俺は違うんだ。



 その後、俺とルミナスさんは二人で街の中を見ることになったけど……



 ……可愛い。



 ルミナスさん猫が好きなんだ。ずっとこっちを、今まで見たことない笑顔で見つめている。

 俺に向けた笑顔じゃないけど……って猫にまで、そんな気持ちを持ってどうすんだ!俺は!


 撫でていた手の加減を間違えて、睨まれてしまった。


 ……ごめんって。


 優しく撫でると、コイツはまた気持ち良さそうな顔をする。

 周りがルミナスさんを警戒してるな…子供達は興味津々だけど、問題は大人だな。ルミナスさんも見ているだけじゃ、つまらないだろうし移動するか。



 ルミナスさんに声をかけ、街の中を歩いて見ることになった。隣を歩くルミナスさんは、とても楽しそうだ。もし、ちょっかいを出す奴がいたら即座に排除してやる。俺はそう思い、街の中を周りに注意を払いながら歩き続ける。


 ルミナスさんが気になったのは、レイラさんのお店だった。レイラさんは誰隔たりなく優しい人だ。人間のルミナスさんが入っても大丈夫だろう。

 店に入るとルミナスさんは、気になった物があるようだった。



 ……また猫だ。本当に好きなんだ。

 そうだ!俺がルミナスさんに贈ろう!


 そうと決めた俺は、早速レイラさんを呼んで話をした。レイラさんの店では前にカルメラさんが働いていた。あの人は手先が器用だと姉上から聞いたことがあるから、この置物も作ったのはカルメラさんだろう。

 後で取りに来るから、避けておいてほしいと伝えて俺は店を出る。


 ルミナスさんの喜んだ姿を想像して、自然と口元が緩んだ。口元を手で覆い隠し、ルミナスさんが来るまでに気持ちを落ち着かせる。

 ルミナスさんが隣に来たあと、トウヤとシンヤに声をかけられ少し動揺した。今までトウヤに散々言ってきたから、二人には好きな人が出来たことを黙っていたのだ。


 ……機会があれば、二人にも話をしよう。


 そう思っていると、ルミナスさんが二人に挨拶をしていた。父上に挨拶している時も思ったけど、ルミナスさんは所作がとても綺麗なんだ。トウヤとシンヤが惚れないか心配になる。例え友人でも譲れないことはある。

 トウヤもだが…シンヤ!俺だって呼び捨てにしていないんだぞ!……俺もいつか…。



 話をしていると、修練場で姉上と手合わせする話を聞いて驚いた。俺だって手合わせをしてもらえる事は滅多に無いんだ。てっきり他国の人達は城内に閉じ込めておくと思っていた。



 俺は修練場に向かって走る。



 俺は姉上が本気で戦っている姿を見たことがない。

 姉上が隊に入隊する前は、山で一人鍛錬をしている姿を何度も見ていた。俺はこっそり木の陰から覗いて見ていたが、きっと姉上は気づいていただろう。俺がいた木には打たず、他の周囲の木を剣で突き、なぎ倒し……あれがもし、自分に向かって放たれたら…そう思い俺は姉上の姿を、いつも震えながら見ていた。



 修練場で俺は信じられない光景を目にした。



 ……ハクヤ副隊長にあの男は勝った。それに姉上との手合わせでも倒れなかった。

 俺が何度か目にした剣技を食らっても、あの男は死んいないし、気を失ってもいない。姉上が本気を出さなかった?いや、そうとは思えない。


 俺は握っている拳が、小刻みに震えているのを感じた。人間は俺達より劣った存在だと、どこかで俺はそう思う気持ちがあったんだ。



 人間は、強い。

 


 俺達は皆、考えを改めなければならない。


 そして……俺は、弱い。

 あの男と戦ったら、俺は確実に負ける。こんなんじゃ、ルミナスさんを守れない。もっと、もっと強くならないと……



 ―――――――



「部屋で休んでいますね。」

「俺は…ちょっと用事があるから。」


 修練場から戻ってきて、俺はルミナスさんを部屋まで送る。また食事の時に…とお互いに言って、ルミナスさんが部屋に入ったのを見て俺は駆け出した。


 少し庭で剣を振ってからレイラさんの店に行こう。

 俺はそう思って庭まで走る。




「よぉ。」


 庭に出ると先客がいた事に驚いた。なぜ一人でここに?俺は辺りを見回すが周りに人はいない。


「姉上から受けた傷は…」大丈夫ですか?そう尋ねると「ああ、医者にも診てもらったが、骨に異常はねぇよ。ちっとばかし痣が出来たがな。」俺は運が良かったなぁ〜と言って、笑いながらお腹を軽く叩いて見せる。



 ……痣?それだけ、か…?


 俺はゴクリと唾を飲む。そして木に寄りかかっている男の前まで歩み寄った。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。俺はグラウス王国第一王子、イアン・フェイ・グラウスです。俺はあなたの剣技に感服しました。是非、俺に剣のご指導いただけないでしょうか?」


 俺は頭を下げて相手の反応を待つ。こんな風に頭を下げて教えを乞うなど初めてだ。


「ご丁寧な挨拶どうもなぁ、食堂ではマーカスのことがあって、そういやぁ俺も挨拶してなかったな。おれはサンカレアス王国第二王子、ライアン・フォン・サンカレアスだ。国では騎士団の副団長を務めている。」


 俺に向かって満面の笑みを見せるライアン王子に、おれは一瞬固まった。ライアン王子が、副…団長?

 騎士団とは俺達の国と同じ、隊のようなものだろうか。しかし副……それなら、ライアン王子よりもまだ強い男がサンカレアス王国にいるのか。


 俺が考えに耽っていると……

「それにしても剣の指導かぁ〜俺も流石に疲れたしなぁ…。それにサリシア王女から応接室で休んでろって言われたのに出てきちまったから、早く戻らねぇと。」

「そう、ですか。すみません…」


 俺が項垂れていると、ライアン王子が俺の肩に手を置き、ニッと笑いかける。


「まぁ…少しなら大丈夫だ。剣を振ってみろ。」

「は、はい!!」


 俺は顔を勢いよく上げ、ライアン王子の指導のもと夢中で剣を振り続ける。

 姉上がライアン王子を探しに来て、怒鳴られながら連れていかれるまで……



「もうルミナスさん食事済ましたかな……急いで戻らないと…。」


 俺はレイラさんの元に行き、受け取って城までの道を走って向かう。

 辺りは既に日が暮れて暗くなっていた。



「……?…なんだ…」


 俺は違和感を感じて、足を止める。








 かすかに城壁の外から喧騒が聞こえてきた。




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