ルミナスは、興奮する
サリシアは木箱から一本の木剣を取り出す。それは他の物とは違い、長さが短くサリシア専用の物だ。
その剣を手に持ちながら、ライアンが立つ中央へと歩み寄った。
ライアンは地面に刺していた木剣を抜くと、軽く上から下に振って土を払い、しっかりと握った。
しかしサリシアに切っ先を向けることはせず、下に向けてユラユラと左右に振り、その様子はリズムにのっているようだ。
へへっ…と笑みを見せて息切れ一つしていないライアンと、鋭い視線をライアンへと向けているサリシアが向かい合う。
「腰に下げた剣は抜かぬが…」
サリシアは木剣を右手で前に構えて一度言葉を切り、瞳を閉じて……
「私の一撃は重いぞ。」
瞳が開かれ、殺気をライアンへと向ける。ルミナスや周りもサリシアの様子にゴクリと唾を飲むが、ライアンは「おお〜ビリビリくるねぇ」と呑気なものだ。その様子に苛立ちを含んだ声で「いくぞっ!!」とサリシアが声を張り上げて地を蹴るが、ライアンは剣を前には構えない。
ガゴォ…ン!!
ギギィ…ン!!
ドオォォン!!
サリシアの初撃を足さばきで避け、サリシアは避けられた瞬間にライアンの喉元へ向かい、剣を突き出す。
ライアンはハクヤとの際は剣を打ち合っていたが、サリシアの剣をまともに受けることはせず、突き出された剣をいなし、身を翻す。
サリシアがライアンの足を止めようと、しゃがんでライアンの足首を狙い蹴りを放つが、ライアンは軽くジャンプし避け、サリシアが強烈な拳を当てに向かう。しかしライアンが再び回避し、勢いのついた拳が地面に当たり、地面が揺れた衝撃でグラリ…とルミナスは足元をふらつかせた。
隣にいたイアンが視線を中央に向けながらも、ルミナスの腰に手を回して体を支える。
……す、凄い!サリシア王女もだけど、ライアン王子も凄いよ!
剣のことを、まるで分からないルミナスは、ただ二人の手合わせに圧倒されていた。
ルミナスは深く息を吐き、自身の目をこする。
先ほどハクヤとの手合わせでは、瞬きをして見逃したため、目を離さないよう必死に目を開いていたのだ。
「イアン!もう一本よこせッ!!」
「!!…は、はい姉上!」
イアンが木箱からもう一本あるサリシアの木剣を手に取り、サリシアに向かって投げ渡す。
くるくると回転しながらサリシアの元にきた剣を、左手で掴みサリシアは二本しっかりと握った。
隊の者達も今までサリシアと手合わせをしてきたが、誰も二本持ったサリシアを相手にした事は無かった。
サリシアが相手を強者と認めた。
その事実に隊の者達は、まさか人間が…と動揺を隠しきれないでいる。
「…ちと、やべぇな…」
ライアンが頰を指で掻きながら、呟く。
サリシアは右の剣をライアンに向けて構え、もう一方は自身の胸の位置で縦に構えた。
お互いに動かず緊張感が高まったなか……
「 獅子穿刺 」
サリシアがフッと息を吐き、自身の剣の技名を呟く。サリシアの突きがライアンに向かって放たれ、再びライアンはサリシアの剣をいなすが、もう一方からも突きが放たれる。
サリシアは、みぞおち、喉仏…と的確に人体の正中線に位置する急所めがけて、怒涛の連突きを浴びせた。
ライアンはなんとか回避していたが、サリシアの左の剣がライアンの脇腹に向けられ、ライアンは自身の手に持つ剣を横向きに変えて防ぐが………
バキィイン!!
サリシアの剣をまともに受けた木剣が折れた。
腹にサリシアの剣が当たったライアンは、その場に膝をつく。
「さすが我らの隊長だ!」「サリシア隊長!すさまじい突きでした!」「隊長!」「隊長!」
隊の者達は勝敗が決したことに一瞬の静寂ののち、サリシアの名を呼び、歓声が湧き上がっていた。
「ライアン王子!」
ラージスとマシュウの二人は、ライアンの元へと駆け寄っていく。
「サリシア様はやっぱすげぇな!なぁ、シンヤ!」
「人間相手に負けるはずないよ。」兄さんは負けたけどね、と苦笑いを浮かべるシンヤの言葉を聞き、笑顔だったトウヤが「そうだった…」と呟き、沈んだ顔をしていた。
……二人とも本当に凄かった!サリシア王女は両手で剣を扱えるんだ!カッコいい!!木剣を折るなんて凄すぎだよ!
ルミナスの顔は紅潮し、まるで子供のように興奮していた。すると隣から……
「姉上の剣を食らっても…倒れないなんて」
イアンの声が耳に入り、ルミナスは顔を横に向ける。イアンは目を見開き、自身の拳を固く握り締めていた。
マシュウとラージスに挟まれ、両腕を二人の首に回し立ち上がったライアンは「ってぇ〜効いたぜサリシア王女」といつもの調子でサリシアに笑いかけていた。
サリシアは眉間に皺を寄せ、両手に力を込めて自身の持つ木剣を折ってしまう。
折れた音が響き、隊の者達はシン…と静まり返った。
「城に戻るぞ」
サリシアは一言だけ言うと、城へと向かって歩いていく。「マシュウ、ラージス頼むなぁ」ライアンが二人を交互に見て笑いかけ、サリシアの様子に動揺していた二人は「は、はい!」と声を揃えて返事をし、先を行くサリシアの後に付いて歩いた。
その場に残った隊の者達は「あ…っと、とりあえず片付けるか」「そ、そうだな。そろそろ日も暮れてくる」と言い合い、修練場の中央に残された折れた木剣を回収し、片付けを始める。
「オレ達は…兄貴の様子を見に行こっか?」
「ううん、やめておこう。兄さん今一人になりたいと思うよ。」ヤケ酒用にお酒買って帰ろう、と言って微笑むシンヤにトウヤは引きつった笑みを見せて、二人はイアンとルミナスに「またな」「またねー」と手を振りその場を離れた。
「イアン…私達も城に戻りましょうか。」
「そうか…もう日が暮れるな…。」
空は茜色に染まり始めていた。
―――――――
「私に何故、本気を出さなかった。」
城内に入り、マシュウとラージスの二人を応接室に残してサリシアは、ライアンと共に医者の元へと向かって歩いていた。
ライアンは城に着くと、二人に支えてもらった体を離して一人で立ち平気な顔で歩いていたが、念の為と言ってサリシアが連れ出していた。
「だからさぁ、あれは手合…」
「私は本気で打ち込んでいた。当たれば怪我で済まないと、分かっていたはずだ。」
サリシアが足を止め、ライアンの言葉を遮り横目で睨む。その声は静かだが、低く怒りがこもっていた。
ライアンは、ハァ…とため息を吐き「別にサリシア王女を見くびってるわけじゃねぇよ。」と言ってサリシアの目の前まで歩み寄る。
サリシアは睨みを利かせライアンを見つめるが……
「そんなに皺寄せてたら、せっかくの美人が台無しだぜ?」
ライアンは笑みをもらし、サリシアの眉間をトン…と指で小突く。
「な、なな何をするッ!貴様ッ!!」
ライアンの動きに再び反応できなかった自分と『美人』と言われた事に動揺し、ライアンに拳を振るが、ライアンは避けながら楽しげに笑っていた。
医務室に着いた二人は、 ハクヤが治療中のため終わるのを待っていたが……
「サリシア王女の突きは凄まじかったなぁ。体に穴が開くと思ったんだぜ。骨が折れたかもなぁ〜イテテ。」
「ふん、嘘をつけ。木剣で防ぎながら貴様は後ろに体を傾けていただろう。当てた感触が手応えを感じなかったぞ。」
「嘘じゃねぇって〜」と言いながら服を脱ぎ始め、腹を見せようとしたライアンに対し「わざわざ見せなくて良い!」とサリシアの怒鳴り声が室内に響いた。
ハクヤは治療中二人のやり取りを、死んだ魚のような目で見つめていた。
次話は視点を変える予定です。




