ルミナスは、イアンの気持ちを知る
イアンの表情が、瞳が、声が、手が……
全部で私に『 好きだ 』と言っているようだ。
嬉しい
「る、ルミナスさん!?」
え?
イアンの焦ったような声が聞こえて、イアンの右手がゆっくりと…少し躊躇しながらも、私の頰に伸ばされた。
「―――ッごめッ…!泣かせる、つもりじゃ……。」
イアンが切なげな表情で私を見ながら、一生懸命私の……涙を拭おうとしてくれる。
ぽろぽろぽろぽろ
私の目から止めどなく涙が溢れてくる。
イアンにそんな表情をさせたくなくて、私は涙を止めようとするけど…それでも涙が止まらない。
イアンの気持ちが、凄く嬉しかった。前世の私は周りに嫌われていて、いつも卑屈な考えしか頭に浮かばなかった。『自分なんか』そう、いつも思っていた……
私は自分のことが嫌いだった。
イアンになにか早く、なにか言わないと…そう思って私は、必死に言葉を絞り出そうとする。
「……ッ…うっ…イアン…ぁ、ありがどぉ…。」
今私はとても不細工な顔をしていると思う。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだし、笑顔で言おうとしたけど、引きつった笑みになっているかも。イアンに嬉しかった気持ちを伝えたいのに、声が上手く出せなかった。
でもイアンは私を見て少し驚いた表情をした後、私の頰をそっと撫でて、薄く笑みを浮かべた。
イアンの優しい眼差しに胸が弾み、溢れていた涙が止まる。イアンがそれを見てゆっくりと私の頰から手を離し「俺…ちゃんと言えて、良かった…」と安心したような声で言った。
「本当はまだ、自分の気持ちを伝えるつもりじゃなかった。けど、ルミナスさんが目の前で消えたのを見た時に、後悔したんだ。なんで早く伝えなかったのかって…」
イアンは私の手にもう一方の手を乗せて、とても大切なものを扱うように、私の手を両手で優しく握る。
「俺、今まで恥ずかしくて、自分の気持ちに戸惑ってて、ルミナスさんの顔をまともに見れなかったし、話も上手くできなかった。」
イアンは自分の思っていた事をすべて吐き出すように、饒舌に話し続ける。私は黙ってイアンの話に耳を傾けていた。
「ルミナスさんが…あいつ…マーカス王子と婚約解消になったのは、つい最近のことだ。今すぐ俺に対しての答えがほしいわけじゃない。ただ…ルミナスさんの側にいさせてくれないか?」
「……はい。」
イアンの気持ちを初めて知った。
今すぐに答えを出さなくていいと分かり、心の中で安堵している自分がいる。
イアンのことを獣人だから好きとか、私に優しくしてくれるから好きだとか……それで『 好き 』とイアンに言うのは違う気がした。
イアンと向き合って、ちゃんと自分の中で答えを出してから気持ちを伝えたかったから。
「しばらくはこの国でお世話になるから、これからもよろしくお願いします。」
私が笑顔を向けると突然イアンが……
「……え?ルミナスさん、この国に残るのか!?」
……目を見開き驚いた表情をして私を見る。
「あ……俺、てっきり…だって…」と片方の手を私から離して、イアンは顔に手を当てて項垂れた。
イアンはさっき寝ていたから、私とライアン王子の会話も聞いていなかったのだろう。
「イア〜ン、そろそろ入ってもいいかなー?」
扉の方から声がして、私とイアンは二人揃ってビクリと肩を揺らす。
「ま、ま、マナ!お前ッいつからそこに!?いつ扉を開けたんだ!?」
イアンが動揺しながら言うと「うーんと…ちゃんと言えて良かった…辺りだったかなー。扉は私が来たとき開いたままだったよ。」とマナが答えた。
どうやらアクア様は扉を開けたまま出たようだ。
……全然気づかなかった…。
「――ッなんだよ!来てたなら声かけろよ!」とイアンが顔を真っ赤にして怒り、声を上げる。
「だって、さっき邪魔しちゃったみたいだからさー。それにしてもイアン、食堂で告白は無いんじゃない?もっと雰囲気がある場所で言いなよ。」女心をわかってないねーと、からかい混じりに言われたイアンは「え…そうなのか…」と落ち込んだ表情をしていて、マナの言葉にショックを受けているようだ。
え!?雰囲気がある場所?
私はそんな事考えてないよ!
そう思ってイアンに言おうとしたが、扉から「ルミナスさんですね〜。」と弾んだ声が聞こえた。
「マナです!よろしくルミナスさん!ルミナスさんのことはイアンから聞いていたんです。ずっと話ししたいと思ってたんですよー。」とマナが明るい声で言って私の元まで来て、イアンと繋いだままだった手をマナが離し、私の手を握ってブンブン振っている。
い、痛い!!
さっきイアンも私の手を握っていたけれど、痛いとは思わなかった。マナの握り方は違う。
表情も笑顔だけれど、まるで私の事を敵視しているような…
そういえば…イアンとは幼い頃から一緒だとサリシア王女が話していた。
いとこで、幼馴染ってことだよね。
も、もしかしてこの子…イアンのことが?
「よ、よろしく、マナ。」
早く手を離してほしいと思いながら、なんとか笑顔でマナに言う。マナはニコニコと笑って、やっと手を離してくれた。
うぅ…痛かった。
マナはイアンのことが好きで、もしかしてと思ったけれど、獣人は身体能力が高いし、マナは加減を間違えたのかもしれないと思って、手のことは何も言わずに黙っておいた。
「……なんでお前がここにいるんだよ。」
「も〜、お皿を片付けに来たんじゃない。」
イアンは私と引き離された自身の手を見てから、マナを睨んで、マナがため息を吐いて言った。
私はマナの言葉を聞き、テーブルの上に視線を向ける。
テーブルの上にはマナが食事を持ってきた時に使った、中身が空になった籠と、木製のトレイに人数分あった空のお皿が置いてある。
イアンも私と同じようにテーブルを見て「そう…」と零し、マナにはそれ以上何も言わなかった。
「ねぇ、ルミナスさん。今は仕事中だから無理だけど、後で私と話ししましょう?」
私より頭一つ分身長が低いマナが、上目遣いで聞いてくる。私も特に断る理由はないので、いいよと答えようとしたが……
「ルミナスさんは俺と町に行くんだからな!行こうルミナスさん!」
……と言ってイアンが再び私の手を握り、私を引っ張って扉に向かって歩き出す。
そうだ!町!
イアンの言葉を聞いて街の中を見たかった事を思い出し「ごめんね、また話そうね。」と私はマナに謝りイアンと一緒に部屋を出た。
――――――
「イアンてば……ルミナスさん、ルミナスさんって…なによ…もう…今まで女に全然興味無かったくせに…」
マナは食堂で一人、テーブルの上に置いてある籠を肘にかけ、トレイを手に持ちブツブツと独り言を呟く。
マナの手に力が入り、木製のトレイがミシリと嫌な音を立てた。




