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男爵令嬢の、罪

 サンカレアス王国 王都


 城の近くには、石造りの塔が一つ建っている。

 その塔の最上階は昔、継承権争いで罪を犯した王族が幽閉された場所である。他の階に罪人を幽閉する為にも使用していたが、今は地下牢に入れる事が多く、現在はその塔の中に人がいないはずであった。使用されていない事から、その塔には見張りをする兵もおらず、誰も近寄らないその塔の最上階には現在一人の女性がいる。


 室内は暗く、光源は壁の石が除かれた一箇所のみになっている。木製の大きな台と藁が敷いてあるだけで布もなく、床には何かを燃やしたのか、灰が残っていた。女性は白色の足首まで長さのあるシュミーズとよばれる肌着一枚の姿で、台の上に仰向けで寝ており、手を胸の前で握っていた。




「…ま…かす……じ」


 女性の掠れた声だけが室内に響く。

 握っていた手の力を緩め、金属が擦れる音が鳴り、その手の中には、緑色の宝石が付いたネックレスがある。それはマーカスからプレゼントされ、卒業パーティーの日に身につけていた物だった。



 何故、こんな事になったのだろう。

 何故、わたしは…………

 なぜ、なぜ、なぜ………


 喉が渇き空腹で、起き上がる気力も体力もない。けれど、何かを考えていないと頭がおかしくなりそうで、ぐるぐると同じことを考える。


 


 私の名前はクレア・モリエット。

 両親は私が幼い頃に離婚していて、お母様はニルジール王国に行ったとお父様に教えてもらった。

 お母様がいなくても寂しいとは思わなかった。お父様はいつも私を大切にしてくれて、領民の皆も優しい人達ばかりだったから。



 クレアは領地で暮らしていた際、誰隔たりなく優しく接し、領民も皆クレアの天真爛漫な姿に好意を持っていた。人から好かれるクレアは、ルミナスから言わせると正に『ヒロイン』であった。

 しかし母親がいない事、領地では平民の者とばかりと過ごして暮らしていて他の貴族令嬢との交流が無かった事、男爵がクレアに淑女教育を怠っていた事から、勉学が出来ても貴族令嬢として必要な知識が欠落していた。



 私は学園に入学した。お父様から同じ学年にこの国の王子がいることを教えてもらい、仲良くなりたいと思っていた。お父様も「クレアなら友達になれるよ」と言ってくれてたから、入学式の日に話が出来て嬉しかった。顔を赤くしながら怒るマーカス王子の姿に、王子に対して失礼かもしれないけど、可愛いと思った。何度か声をかけていたら、マーカス王子は私と話をしてくれるようになった。

 自分のことを話す時、マーカス王子は表情が暗くなるのに気づいて、慰めたいと思った。

 会って話をする機会が増えると、段々とマーカス王子の笑顔を見ることが増えた。私の他愛もない話しにも笑ってくれて、段々とマーカス王子の笑顔に惹かれている自分がいた。


 私はマーカス王子のことが好き。


 マーカス王子には婚約者のルミナス嬢がいるのは知っていたけど、想いは止められなかった。

 ルミナス嬢や他の令嬢達に苦言を言われたけれど、黙って聞くことしかできなかった。



 学園が休みの日に、屋敷の自室で一人で刺繍をしていたら、部屋に突然黒い服を纏った男が現れて驚いた。刃物を向けられ叫び声を上げたら、男はいなくなったけれど怖くてその日は眠ることができなかった。

 でもお父様が心配してくれて、相談した方がいいと言った相手が、最近よく剣の鍛錬をしている姿を見に行ってた人だった。

 相談したらとても心配してくれて、私に対して酷いことをしようとした相手を、怒ってくれた。マーカス王子と仲良くしている私は、ルミナス嬢にとても嫌われているみたいだから、きっと相手はルミナス嬢かな…。



「私はクレアのことが好きだ。これからも、私の側にいてほしい」


 マーカス王子の言葉は、涙が出るほど嬉しかった。私もずっと好きだった、側にいたいと思っていたから。



 マーカス王子から贈り物を何度か頂いた。お父様に「これほど高価なドレスをクレアが着ているのを知られたら、妬みを買ってしまうよ。学園を卒業してからにしなさい。それまでは私が大切に保管しておこう」と言って着る機会が無かったけれど、卒業パーティーの前日に、マーカス王子が屋敷に来て「明日はこれをクレアに着てほしい」と言ってドレスと装飾品を受け取った。



 嬉しい!



 私は浮かれていて、エスコートしてくれるマーカス王子と過ごせるのが、夢見心地に感じていた。 ルミナス嬢にマーカス王子がハッキリと言ってくれて、私はマーカス王子と、これからも一緒にいられると信じて疑わなかった。






 だが夢はいつか覚めるものだ。

 クレアに現実が叩きつけられる。



 パーティー後にルミナスへ渡した手紙は、ベリルが書いたものだ。ベリルは暗殺者の男と協力して、暗殺者の男にベリルの服を着させ、ルミナスが馬車に来たら薬で眠らせ男爵の屋敷に連れていくよう命じた。男爵にはクレアは男爵領へと向かったと嘘を伝えて。


 一方クレアも馬車に乗った後に眠らされて移動し、ベリルに運ばれ、目覚めた時には塔の最上階にいた。





 あれ?

 私…いつのまにか眠って……


 馬車に乗ったのは、覚えている。

 でもそれからの記憶がない。



「ここは罪人を幽閉するための塔の中です。貴方は捕らえられたのですよ」


 その声を聞いて、ハッとして仰向けに寝ていた体を起こす。聞き覚えがあった。ベリルさんだ。


 自分がいる場所を見回すと、暗く月明かりが僅かに自分にあたっていた。

 ベリルさんの方に顔を向けると手燭てしょく蝋燭(ろうそく)を立てた物を片手にもっていて「貴方は罪を犯したのです。」とため息混じりに言う。


「私が罪を…?ベリルさんは、何故ここに?私と一緒に捕らえられてしまったのですか?」


「いいえ、私はジルニア王子の使いで来たのです。兵から話を聞くよりも、あなたと交流があった私が話した方が、落ち着いて話を聞くだろうと仰っていました…」



 そう言ってベリルさんは、私に淡々と話し始める。

 その内容に、私は唖然としながら聞いていた。


「私の、せいで…?」



 マーカスの罪、マシュウの罪、ラージスの罪、ルミナスの心を踏みにじった罪、全てマーカスにクレアが近づいた事が引き金である。





「お願いします!ジルニア王子に伝えてください!私はどうなっても構いません!だから…」

「申し訳ありませんが、私は本来ただの商人ですよ?貴方が馬車の中で眠ってしまい、捕らえられた時に従者として側にいたからジルニア王子と会ったのです。一国の王子に意見など、とても言えません。」


 クレアが取り乱し涙を流しながら懇願するが、ベリルの諭すような声を聞き「そう、ですよね…ベリルさん、すみません。あなたの立場まで私は悪くする所でした」と俯きながら言い、ベリルは「また来ますね。……でも、あなたが逃げたいのなら、それでも良いと思っています。鍵をかけなかった私が処罰を受けても構いません。扉は開けておきます」と言って薄く微笑み、扉を開けたまま出て行った。



 私は逃げようとは思わなかった。もし自分が逃げて捕まり、自分だけが殺されるなら良いが、マーカス王子達の罪が重くなり、ベリルさんも処罰を受けるのが怖かった。




 ベリルが鍵を掛けなかったのは、わざとだ。クレアの性格を把握しているからこそ、力で抑えるよりも精神を抑えた方が従順になると思った為だ。ベリルは男爵領で商人として通い男爵だけでなく、クレアとも交流していた。クレアの人柄を知り、マーカスを堕落させるのに適任だろう、と目を掛けていたのだ。




 卒業パーティーの日から二日目


 扉はずっと開いたままで、ベリルさんは毎日日が沈み暗くなってから来ていた。

 そしてベリルさんは籠に入れたパンと飲み物を持ってきて、私は受け取っていた。元々は商人をしているベリルさんが卒業パーティーの日に従者をしていただけなのに「貴方の父上は会いに行く事を許されていませんから、構いませんよ」と言って毎日来てくれる事に私は感謝していた。





 クレアは全てベリルの虚言だと知らずにいた。





 卒業パーティーの日から三日目


 この日はベリルさんは、日が傾き始めた頃に訪れ、様子がいつもと違っていた。


「私はこの国を離れますから、ここには来れなくなります。」

 冷たい瞳で私を見つめるベリルさんは、今日は何も手に持ってきていなかった。


「私は…どうなるのですか?」


 台の上に座ったまま、ベリルさんに視線を向けて尋ねる。私への処罰が決まり、ここから出されるのかと思って聞いたが、ベリルさんは「あなたはずっと、この場所にいるのです」と抑揚のない声で言った。



 私はこの場所で、一生を終えることが処罰なんだ。



「ベリルさん、マーカス王子達はどうなったのですか?」私は立ち上がり、ベリルさんへと詰め寄って尋ねた。ここに入れられた時から、外の情報を一切知らされていなくて、ずっと気になっていたのだ。



「ああ…彼等なら、死ぬでしょう。」


 ベリルさんが顎に手を当て視線を私のドレスに向けながら答えた。私がその言葉に顔を青くしていると「…これで試してみますか」とベリルさんが呟き、私のドレスに手を伸ばして突然脱がせ始める。

 


 嫌っ!

 このドレスは…マーカス王子が…ッ!



 抵抗しようにも体力が落ちていた私は、そのまま肌着一枚の姿にされた。



 ベリルさんがドレスを手に持ち、私はベリルさんの側を離れるように後ずさった。ベリルさんはドレスを床に放り投げ、手をかざした瞬間にドレスに突然火が付き、燃え上がる。



 ――――ッな、に?あ、あああああ、ドレス…マーカス王子からの……燃え、て………。



「これが主と同じ力!魔法!素晴らしい!なんと素晴らしいのだ!」

 ベリルが肩を震わせながら笑い声をあげる。ベリルの指にはレギオン王が付けていた指輪を嵌めていた。ベリルはジルニアから指輪を受け取り、オルウェンに会う時に渡せるようにしているのだ。




 クレアはベリルの姿と燃えているドレスを見て言葉を失い、その場に立ち尽くしていた。




 ベリルがクレアの元を訪れる前、ベリルはジルニアがいる国王の執務室を訪れていた。ジルニアは屋敷に置いていた水晶を持ち込んでいて、ジルニアとベリルは計画が順調に進んでいる事と、後は騎士団長と話をしてグラウス王国へと向かわせる事を水晶を通してオルウェンと話した。その際ベリルが騎士団長を見張ることから、指輪の使い方をオルウェンから聞き、必要であれば使う許可をもらった。



 クレアのいる人目につかないこの場所で、一度試してみようと思いつき、魔法を使ったベリルの手により、クレアのドレスは灰になった。



 それ以上ベリルは何も言わず、クレアにも目をくれずに立ち去った。



 扉に鍵をかけて。




 ジルニアとベリルは、男爵を利用したようにクレアも利用していた。何か使い道があるかもしれないと、殺さずに塔に幽閉していたが、クレアにもう利用価値などないと言わんばかりに、それ以降ベリルが訪れることはない。




 クレアは知らない。



 男爵の罪も、男爵が死んだ事も、ルミナスの行方も、国の状況も。



 『 無知であること 』がクレアの一番の罪だ。



 クレアは塔の中で一人、ネックレスを握りながら過ごし続ける。


別視点が続きましたが、次話からルミナス視点の話になります。

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