侯爵は、嵌められる
オスクリタ王国
シルベリア侯爵領からオスクリタ王国の王都までの道程には二つの都市を通り、ダリウスは一刻も早くルミナスの捜索依頼を頼もうと、都市には留まらないつもりでいた。
しかし一つ目の都市に入った際に、城門で門番の兵が「国王陛下は、各領地を巡り視察をしております。こちらの都市にも明日に来訪する予定ですので、居城でお待ちください。」と告げられ、このまま進む事を躊躇したダリウスは、領主の住まう城まで案内を受けた。
日も暮れていたため、その日は領主による歓迎を受けながら城内の客室で過ごし、朝日が昇り、食事を済ませた後のこと………
「お久しぶりです、シルベリア侯爵。」
……領主の城に、陛下が都市に来訪した報せが届き、後に到着したオルウェンは、応接室でソファに座りダリウスと会っていた。
「国王陛下におかれましては…」
「公式の場でもないですし、堅苦しいのは抜きにしましょう。以前のようにしていただいた方が私は嬉しいです。どうぞソファに座ってください。」
跪き頭を垂れて挨拶を述べようとしたダリウスだったが、オルウェンに促されて、向かい側のソファに腰を下ろす。
「随分ご立派になられましたな。ここに来るまでの道程も以前よりも道が整備され、領主からも陛下が即位してから国が良くなった、と随分褒めていましたよ。最後に会ったのは…五年程前ですな。陛下が城内を走り回っていた姿が、懐かしく感じます。」
ダリウスはオルウェンの幼い頃を思い出したのか、懐かしそうな表情でオルウェンを見る。そんなダリウスの姿に「私も一国の王となったのです。成長したでしょう?」と言ってオルウェンは微笑んだ。
室内にはソファに座っている二人と、ダリウスの後方に護衛として共に来た者が二名、そしてオルウェンの後方にも護衛が三名立っていた。
使用人が室内に入り、二人のテーブルの上に紅茶が入ったカップを、それぞれの前に音を立てないよう静かに置く。
使用人が退室したのを見て、オルウェンの護衛の者が毒味をしてから、オルウェンがカップを手に取り口にした。ダリウスも紅茶を飲み、カップを置くと「それにしても…よく、私が来ると思いましたね。何故ですか?」とオルウェンに質問する。
門番の者にどちらから?と問われ、護衛の者がシルベリア侯爵の名前を告げると、訪れた目的を話していないのに、オルウェンに会いに来たと思われた事に、ダリウスは腑に落ちなかった。
……まるで陛下は、自分が来訪するのを分かっていたようだ。
ダリウスがそう思い眉間に皺を寄せながら、オルウェンを見つめていると、オルウェンが急に愉快そうに笑い声をあげた。
「はぁ〜…全く…可笑しいですね。」
「……何が可笑しいのだ?」
オルウェンが笑うのをやめ、額に手を当てながら言う。突然笑い声を上げて、雰囲気が変わったオルウェンの姿に、怪訝な表情をしながらダリウスが聞いた。
「シルベリア侯爵、幼い頃は貴方を憧れていたんです。威風堂々たる姿、剣の強さ、弟が怖いと言っていた、その眉間に皺を寄せている顔も私は好きでした。父上のような臆病で常に何かに怯えている姿より、よほど…」
そこで一度言葉を切ったオルウェン王は、ダリウスを見据え「しかし今貴方を見ても、あの時の憧れなど等に消えたものだと再認識した。」と言って声色を変え口角をあげた。
先程まではダリウスが幼い頃より知っているオルウェンの姿だったのが、今は別人だ。
オルウェンは決して『良き王』ではない。
オルウェンは「一度も貴方との稽古では勝てなかったが…今なら負ける気はしない」そう言って立ち上がり、それを見てダリウスも立ち上がって、護衛達がすかさず側まで歩み寄ろうとしたが……
「 闇よ、覆え 」
……オルウェンがダリウスに向けて手をかざしながら言うと、突然ダリウスと護衛達の周りに黒い霧が出現した。護衛達は剣を構えるが暗く視界が塞がれ、恐怖を感じ足がすくんでその場に立ち尽くす。
ダリウスも状況が分からず身動きができないでいると、護衛達の悲鳴がダリウスの耳に入った。
「どうした!?返事をしろ!」
「もう死んでいる。」
ダリウスが護衛達に声をかけるが、オルウェンの抑揚のない声がする。黒い霧が晴れて視界が良くなったダリウスは周りを見回し、床に倒れて血を流している護衛達の姿が目に入る。そしてそのすぐ側で、オルウェンの護衛の二人が剣を抜き手に持っていて、剣の刃に付いた血がポタポタと床に垂れ落ちていた。
「くッ…!貴様ッ…何を考えているのだ!」
「おい!取り押さえろ!」
ダリウスは頭が混乱しながらも、オルウェンに鋭い視線を向ける。外交に来たために自身は剣を持ち得なかったため、死体の剣を取ろうと動き、それを見てオルウェンが声を上げ指示を出す。死体の側で立つ護衛達が、剣を向けながら取り押さえにかかった。
ダリウスは前方から来た護衛の一人の剣を避け、左拳をみぞおちに打ち、痛みで蹲った護衛を踏み台にして、もう一人に回し蹴りを食らわせ、倒れた隙に死体の剣を取り、前に構える。
ダリウスの後方には死体が二つ。前方には先程床に倒れた二人の護衛が、痛みに顔を歪めながらも再び剣を構え、その後方ではオルウェンが腕を組みながら笑みを浮かべており、側にはもう一人の護衛が立っている。ダリウスは護衛達を全て倒し、オルウェンに問いただそうと、剣の柄を握る手に力を込めるが……
「 闇よ、穿て 」
……オルウェンが再びダリウスの方に手をかざしながら言い、警戒したダリウスだったが、突然足に痛みが走り床に膝をつく。
ダリウスが足を見ると、両足のふくらはぎに槍で突かれたような傷があり、血が流れていた。
……一体何処から!?
ダリウスはそう思いながら歯を食いしばり、再び立ち上がったが、先程のように体を動かせずに護衛三人の手により、取り押さえられてしまう。
「くっくっくっ…魔法というのは、実に素晴らしい力だ。シルベリア侯爵は魔法をよく知らないようだ。」
オルウェンはダリウスの前に歩み寄り、ダリウスを見下ろし楽しげに話す。
「……魔法…か…。」
ダリウスはオルウェンが『魔法』と言葉にした事でその力の正体に気づいたようだ。
「魔法の事は知っていたのか。他の王達は愚かだ。この力を隠してばかりで、使う事を知らぬ。」
「……貴様は、何を知っている?」
先王は指輪の力も魔人の事も伝え聞いておらず、何も知らないまま亡くなっている。オルウェンも知らない筈だ…そう思いながらダリウスは、オルウェンを睨みつけるが、オルウェンは腕をだらりと下げて、ダリウスに薄気味悪い笑みを見せて答える。
「全てさ。私は全てを知っている。知る事が出来たのは祖父の手記のおかげさ。」
そう言って笑みを深めたオルウェンに、ダリウスは目を見開き声を上げる。
「そんな筈はない!三十年前にエリスト王の物は全て処分したのだ!」
「いいや、残っていたのさ。私は城の隠し通路や部屋を見つけるのが好きでね。十五の頃、隠し通路から地下室の拷問部屋に繋がるものがあるのを見つけ、そこで隠し金庫を見つけたのだ。くっくっ…そんな場所にあるとは誰も気づかなかったようだ。祖父は実に良い趣味をしている。」
ダリウスはその言葉に唖然とした。その手記の影響を受けてオルウェンが変わってしまったのだと、思い至ったのである。そしてオルウェンは再び話し始める。
「祖父の手記は、とても興味深いものが綴られていた。毒の作り方や扱い方、指輪と魔人の存在、魔法に対する考察や実験記録…どれも私の知り得ないものばかりだった…。」
オルウェンはその当時の事を思い出したのか、恍惚な顔で話していた。
「そして手記の最後には、指輪無しで魔法を使える光の者の存在。ファブール王国の姫を必ず手に入れると記されていた。その姫の名と共に。」
ダリウスはその言葉に息を飲む。
オルウェンの祖父である、エリスト・ファン・オスクリタ王。エリスト王は野心家であり、光の者を欲していた。
「その姫の名は アイリス・リト・ファブール。ルミナスの母親だ。くっくっくっ…貴方は生かしておく。ルミナスをこの国に連れてきた時、私に従わせるのに役に立つかもしれんしな。」
「―――ッ貴様!ルミナスが何処にいるのか知っているのか!?」
ダリウスは鬼の形相でオルウェンを見るが、オルウェンはダリウスの質問には答えずに、笑みを深めた。
扉から領主と兵が入って来て、領主がオルウェンに跪き従順な態度を示している姿を見たダリウスは、自分が嵌められたのだと確信をもつ。オルウェンはダリウスに「ルミナスが行方不明と知れば、貴方が私の元に来るのは予測がついた」と言ってニヤリと笑った。
ダリウスは手枷を嵌められ、領主の城の地下牢に入れられた。足の痛みに耐えながら眉間の皺を深め、牢屋から出て城から抜けるために、打開策がないか考えを巡らせる。
―――――――
オルウェンはエリスト王の手記を読み、国内の視察を増やして毒となる草花や鉱山の調査、アイリスの行方やファブール王国についてを調べた。しかし、ファブール王国は三十年前に滅びており、エリスト王もその時に亡くなっていることから調査が行き詰まる。
父親に祖父はどんな方だったかと尋ねても、何も答えず、怯えたような姿を見せては、口を固く閉じた。
十歳で即位した先王は父親であるエリスト王からの虐待を受けていた。気の弱い性格もあってか「お前の父親は重大な罪を犯した」と周りに言われながら育ち、サンカレアス王国の言いなりになっていた。オルウェンは父親のそんな姿に嫌悪し、自分の即位を早める為に毒を盛り、徐々に体を弱らせた。
そして自分が即位し、他国にも活動範囲が広くなったオルウェンはジルニアを通してサンカレア王国内の調査を始めた。ダリウスが外交に来ていた際は亡き妻の話を一切せず、ジルニアからダリウスの妻の名前とサンカレアス王国出身では無いことを知った。ジルニアに侯爵の屋敷で働いていた使用人で、歳で仕事をやめている者を見つけださせ、拷問して口を割らせた。
すると三十年前に保護を名目に、侯爵の屋敷でずっと匿われていた女性がいた事が分かった。侯爵の妻になったアイリス。
確信を得たオルウェンは、計画を考える。
オルウェンは鉱山から発掘した中に、指輪の魔力を移せる事が出来る鉱物を見つけた。
オルウェンが魔法を使っても魔人の魔力で繋がりがある為に無くならないが、指輪から移した物は使用する度に魔力が減ることが使用して分かった。それでも十分だと思い、ジルニアと連絡を交わす際に使えると考え渡している。
即位してから四年間、オルウェンはひたすら実験を繰り返した。国の国庫は実験や軍備の強化に使用した。先王の時代から、サンカレアス王国から送られたオスクリタ王国の動向や経済状況を監視する者も国内にいたが、ジルニアを手中に収めたことで、全て力で屈服させた。毒物や魔法の実験対象として犯罪者、奴隷、貧困街にいた民を利用した。
様々な魔法を試みて、弱っている者の心を操る魔法も行え、言葉を発した方が明確に魔法を使えることも知った。
サンカレアス王国に不審を抱かれないよう、シルベリア侯爵領から王都までの道程を整備し、貴族達は金や力で服従させた。
鉱山は王都から遠く離れた場所にあり、その付近の街や村の民に過酷な労働を強いて死者が続出し、今は疫病が蔓延し始めていたが、オルウェンは放置していた。死ねば代わりを使えば良いとオルウェンは考えている為だ。
男爵の手により弱らせたルミナスをベリルと共に国に連れてこさせるはずだったが、ルミナスが消えた事は予想外な事だった。
しかしオルウェンは魔力を見つける術《 魔力感知 》を既に出来るようになっており、各国の指輪の魔力以外に魔力の反応を捉えた。オルウェンは今までルミナスが魔力を持たなかった事を不思議に思ったが、消えたのは魔力をもち、何らかの魔法を使ったのだと推測する。
そして各国の指輪を手に入れる目論見も合わせて『ルミナスの救出』という名目で動き始める。
―――――――
オルウェンが領主にダリウスの事を任せると、護衛達と共に城の外に出て馬車に乗り込み、移動を始める。馬車内で一人オルウェンは、自身の指に嵌めている指輪を口元に近づけた。
「魔人様、光の者を救うため、これよりグラウス王国へと攻め込みます。…どうか声をお聞かせください。」
オルウェンが穏やかな声で話かけるが、返事はない。
「まぁ、魔人などもう良いか」と手を口元から離して、ため息混じりに言う。
エリスト王の手記には、自身が魔人と話をしたり、会うことが叶わなかったことや、処分され今はオルウェンの手元には無いが、歴史書に幾度も人の争いがあったこと、絶大な力を持つといわれている魔人の介入が無かったことが記されていた。
オルウェンは指輪を得てから魔人を利用できないかと考え、話がしたいと何度も指輪に訴え、虚言も吐き続けてきたが、オルウェンが一方的に話すだけで、魔人から言葉を発する事も、姿を見る事もなかった。
「くっくっくっ…魔法を使える私に逆らえる者など、どの国にもおらんわ。」
オルウェンは腕を組み、窓の外を見ながら笑みを浮かべる。
『全てを知っている』とダリウスに言い、自分は何でも知った気でいるオルウェンだが、それは間違いだ。
オルウェンは確かに《魔力感知》が出来るが、それは未熟で魔力を全て点でしか捉えられず、魔力の量までは把握していない。
そしてエリスト王が読み、手記に記した歴史書の内容は、魔人達が自分の空間に閉じこもった以降の物で、魔人の脅威を知らない……
……人々から恐れられた存在よりも、ルミナスは力を得る術があることを、オルウェンは知らない。




