イアン王子は、精神統一する
38話〜42話のイアン視点の話になります
朝は寝覚めが良かった。
イアンは日が昇る前に起きて、庭で鍛錬をしたり、町の中を走りに行く。ルミナスが来る前にイアンがしていた朝の日課だった。町の皆は起きて活動を始めていて、イアンはその光景を見ながら走るのが好きだった。
「イアーーン!」
イアンは自分を呼ぶ声がして、走っていた足を止め声がした方向を見る。
「なんだよマナ、俺城に戻るんだけど。」
「私も食事の用意終わったからさ!一緒に行こう!」
そう言ってマナが二つ持っていたパンの一つを投げてよこす。「ありがと」成長期のイアンはいくらでも食べれるので、お礼を行って受け取った。
「ねぇ、城に来てる人間の女って、どんな人なのー?」
「――ッんぐ!」
ルミナスの事を聞かれるのが予想外だったイアンは、走りながら食べていたパンを喉に詰まらせ、その場で止まる。「ちょっ…大丈夫?」と隣でマナが心配そうに声をかけるが「…ん、大丈夫」とイアンはぶっきらぼうに答えた。
「その『人間の女』て言い方やめろよ。ルミナス…さんて呼べよ。」
イアンはジロリとマナを睨みながら言うが、マナは「ふ〜ん、ルミナスさん、ね。」と言って、探るような視線をイアンに向けた。
「だって、ぜーんぜん情報入ってこないもん。町の人や城で働く人も、皆気にしてるんだよー?…で?どんな人なのさ。」
再び走りながらも質問してきたマナに「どんなって…」とルミナスの姿を頭に浮かべながらイアンは言う。
「綺麗で、可愛くて、優しくて、面白くて、弱いのに強くて…と、とにかく凄い人だよ。」
イアンがマナから視線を逸らして照れながら言い、残りのパンを口に頬張り咀嚼する。
「……それって同じ人?」
マナが首を傾げながら尋ね「…んッ、同じ人だって!」パンを飲み込みマナに対して声を上げた。「私まだ会った事ないんだよねー。裏方ばっかしてたからさー。食事運ぶの代わってもらおっかな。そしたらルミナスさんに会えるよね?」と笑顔でイアンに尋ね、イアンは「好きにすれば」としかめっ面で答えた。
城に着くと二人はそれぞれ別れ、イアンは食事をしに食堂へ向かって歩いた。
食堂にルミナスが来て、自分が選んだ服を着ている姿を見て褒め言葉を口にしたが、内心嬉しくて嬉しくて叫びそうになっていた。
その後ライラとアクア、ミルフィー王妃がやってきた。
……危なかった。きっと父上…いや、姉上か?母上に俺がルミナスさんを好きだって言ったんだな。
サリシアを睨むが、サリシアはイアンの視線を気にした様子はまるで無かった。
ミルフィー王妃は『あなたがイアンの想い人なの』と言おうとしていた。イアンは母親の言葉に続きを察し、慌てて遮ったのだ。
……アクア様が言っていた通りだ。ルミナスさん二人の尻尾ばかり見ている。
ルミナスがアクアとライラの尻尾を見ていた時、イアンはその様子を見て、昨日アクアが言っていた言葉を思い出していた。
皆が退室して、アクアが魔法について話をし始め、イアンはアクアの話に真剣に耳を傾けていた。
ルミナスがアクアと同じになる。そう聞いたイアンは、自分が死んだ後もルミナスは生き続け、自分が守れなくなると思うと、胸を掻き毟りたくなる気持ちになった。
そして目の前で忽然とルミナスが消えた。
「………ルミナスさん?」
……これも、魔法なのか?俺の目で追えないほど素早く動いた、とか?
イアンはそう思いながら室内を見回すが、ルミナスはどこにもいない。隣のアクアに「ルミナスさんは魔法を使ったんですか?」と不安げな表情で尋ね「……うん、魔力が増えたから魔法を使ったのは確かだけど、僕も知らない魔法なんだ。」とアクアはテーブルの上に両腕の肘を置き、頬杖をついて目を閉じながら答えた。
アクア様も、知らない?
イアンの動悸が激しくなり息苦しくなる。隣でアクアが目を開けて「あ、この辺りは…ルミナスは今、サンカレアス王国にいるみたいだよ。…どうやったんだろう?」と言って、それを聞いたイアンは焦った。
一瞬で国を渡った事が信じられなくて、イアンは食堂を出てルミナスの姿を探す。
後ろについてきてるアクアが「落ち着きなよー」と声をかけても足を止めなかった。
ルミナスさん、国に帰りたかったのか?
このまま…会えなくなるのか?
嫌だ
サンカレアス王国にいるなら俺が会いに行こう。
自分の気持ちを伝えるんだ。
側にいたいと言うんだ。
しかしイアンの決意は、ルミナスが現れた事ですぐに崩れた。
ルミナスに再び会えた事に安堵し、嬉しかったイアンだったが、やるせない気持ちになっていた。
それからサリシアと出会い食堂で話を聞き、ルミナスの捜索をしている事と、元婚約者が来ている事を知る。
―――ルミナスさんを悲しませた奴がこの城内にいるだと?ふざけるな!どのツラ下げてルミナスさんの前に…いや、ルミナスさんがここにいるとは知らないのか?
そうイアンが思ったのも束の間、すぐに顔を合わせる事になった。イアンは鋭い眼差しで男達を見た。
挨拶を交わしていないイアンだったが、ルミナスの元婚約者は髪色で判断した。
ルミナスが持っていたネックレスと同じ、緑色。
……他国の王族を殴りはしない。殴らない。そんな事をすれば父上や姉上、国に迷惑がかかる。我慢だ。
マーカスの話を黙って聞いていたが、クレアの名前ばかりを言うマーカスの話に、この場で声をかけた事を後悔し、今すぐ口を塞がせたいと思った。
ルミナスが自分で名乗りを上げ、マーカスに相対する姿に驚いたが、ルミナスがもう想いを寄せていない事が言葉と態度ではっきりと分かった。
マーカスが立ち上がったのを視界に捉えたイアンは、これ以上言葉でルミナスを傷つけようとするのが許せなかった。
ルミナスさんが俺に微笑んでくれてる。
ルミナスさんには、ずっと笑顔でいてほしい。
好きだ。
………。
うわあああ!今、俺、口に出してた!ルミナスさんが俺を見てる!ど、どうしよう…なんて誤魔化せば…。
いや、勢いだとしても気持ちを伝えるべきだ!!
ルミナスさんが消えた時にも思っていたじゃないか!
よし!言うぞ…
………。
マナ?姉上?他国の人達………
あああああああ!恥ずかしい!恥ずかしすぎる!
皆がいる前でなんて無理だ!落ち着け!
アクア様!好きより愛してるの方が良いんじゃない、部屋に行って抱きしめてキスしちゃいなよ、とか小声で言わないでくれ!頼むから黙っててくれ!
その後イアンは瞑想し、ひたすら精神統一をしていた。
その姿はまるで、戦いを前にした武将のようだ。




