三人の旅路
マーカス、マシュウ、ラージスがグラウス王国に到着する日とそれぞれの心境の話になります。
王都を出立して三日目の朝
日が昇り始め、マシュウとラージスは木に寄りかかっていた体を起こし、焚き火の後始末をする。
グラウス王国までの道のりは山道が続き、夜は獣を警戒して火を絶やさないよう、二人が交代で火の番をしていた。
「よしよし、もう少しでグラウス王国だ。頑張ってくれな。」
ラージスは馬の手入れをしながら、優しい口調で馬に話しかけていた。マシュウはラージスの姿を見ながら「もう少しか…」と呟き、今までの事を思い出す。
学園に入学し、父上から『王子となるべく共にいるように』と言われた私は側にいるようにしていた。
しかしマーカス王子に「どうせ宰相から言われて私に近づくのだろう!」と毛嫌いされていて、ラージスも「兄上は副団長だからな!私を通して兄上に媚びを売るつもりか!」と言われている姿を見た事があった。
マーカス王子の事がよく分からなかった。
幼い頃は一緒に遊んだ記憶もある。少なくとも私は友だと思っていた。いつ頃からか、笑顔が絶えなかった顔が笑わなくなり、何かに取り憑かれたように勉学や剣の鍛錬にのめり込むようになっていた。それでも勉学では私に及ばず、剣でもラージスに勝てなく、私達に対する態度は日に日に冷たくなった。
マーカス王子の姿を、度々見なくなった。
本人に尋ねると「一人になって考えたいことがあるのだ」と言っていたが、その頃から時々だが笑顔を見せているマーカス王子の姿に、まるで幼い頃に戻ったようで嬉しく思っていた。
しかし庭でクレア嬢と二人きりでいる姿を見てしまった。その時は目を疑ったが、偶然かもしれないと思い、その後マーカス王子が一人になろうとする時に跡をつけると、やはりクレア嬢と会うためだった事が分かった。
「クレア嬢と会うのは、おやめください。あなたには婚約者がいるのですよ。」
父上に報告する前にマーカス王子と二人きりで話をした。ルミナス嬢は家柄も申し分ないし、一体王子は何が不満なのか分からなかった。
「頼む!宰相には報告しないでくれ!学園にいる間だけだ。前にお前は私を友と言ってくれていたな。友の頼みは聞いてくれるよな?」
学園は閉鎖的な空間で親の介入がないことから、親が決めた婚約者がいる者も、学園にいる間だけ、と恋愛を楽しむ者達は確かにいた。しかしマーカスは王族だ。分かってはいたが「…学園にいる間だけですね。…分かりました。卒業したらルミナス嬢を大切にするのですよ」と言い、マーカス王子は「ああ」と嬉々とした表情で約束をした。
マシュウはルミナスの凛とした姿が好きで、密かに想いを寄せていた。心のどこかで婚約が破綻になれば、自分にも望みがあるかもしれないと思っていたのだ。今までルミナスはマーカスしか視界に捉えず、自分には興味も無いと知っていた。マーカスも侯爵令嬢を蔑ろにはしないだろう。そこまで馬鹿ではない、とマシュウは思っていた。
如何に自分が愚かだったかを、マシュウはその後思い知ることになった。
卒業パーティーで唖然とした。
何故クレア嬢を共に連れて来た?
何故ルミナス嬢がマーカス王子の隣にいないのだ?
周りの貴族達に既にクレア嬢と一緒にいる姿を見られてしまった。
今マーカス王子の側へ行き話をしても、自分の発言でマーカス王子やルミナス嬢の立場を悪くするかもしれないと躊躇し、パーティーが終わった後にマーカス王子と二人になり問いただそうと思っていたが…婚約破棄をマーカス王子が言う光景に、血の気が引いた。
父上に私は全てを告げた。「将来は私のように宰相を目指してほしかったのに残念だ。お前に国に仕える資格はない」と言われ、陛下に対する裏切り行為、しいては反逆行為と捉えられてもおかしくない事をしたと気づき、自分の過ちを悔いた。
「ルミナス嬢の捜索依頼を頼みにグラウス王国に赴き、友好関係を築いてくるのです。」と父上から任務を言われ、身を引き締める思いだった。
陛下が任務を達成したらこの件は不問とする、と言っていた事も聞いたが、父上は私の行いを許しはしないだろう。私も自分自身が許せない。
自分が生かされるのなら、どんな形でも良いから国に尽くし、この身を捧げたい。
過ちは繰り返さない。
必ず任務をやり遂げる。
願わくば、ルミナス嬢に謝罪を述べたい。
許してもらおうなどと思わない。
恨まれても当然だ。
どうか…ご無事でいてください。
―――――――
「おい!馬など駄目になったらグラウス王国で変えれば良いだろう!さっさと出発しないか!いつまでたっても私はクレアと会えないではないか!」
「……はい、マーカス王子。」
一人馬車の中で休んでいたマーカスが起き、馬車の扉を開けラージスに向けて怒鳴る。マーカスは王都から出るのは今回が初めてで、慣れない旅に苛々していた。
「…クレアに会いたい。しかしこの任務がなければ、私は部屋から出してもらえなかっただろう。」
マーカスは馬車内の椅子に腰掛けて、ため息を吐きながら城での事を思い出す。
王都を出立する前
部屋に父上が訪れ、任務を与えられた。
「ルミナスとは婚約解消ですよね?任務を終えたら、クレアとの結婚を認めてもらえますか?」
「お前は…まだそんな事を…」
何故父上はそんな顔をするのだ?任務というのは終えたら褒美があるのではないのか?それではクレアとの結婚を認めてもらえるに違いない!
そう解釈したマーカスは、嬉々として任務を引き受けた。レギオン王が「婚約は解消だ。…お前は未だに自分のした事の重大さに、気づいていないのだな。マーカス、お前にとってこの任務が最後の機会だと知れ。それでもお前が変わらないのなら廃嫡し、塔に幽閉とする。」と言っていたのだが、マーカスは微塵も自分の立場を分かっていなかった。
父上は何を言っているのだ?
廃嫡?幽閉?
そんな事になるわけがない。
こんな任務楽勝だ。
レギオン王はマーカスに王妃が倒れた事を話さなかった。王妃はルミナスの母と仲が良く、自分の息子と結婚してくれるのを楽しみにしていた。それがマーカスの愚かな行動とルミナスが行方不明だと知り、今はベッドで床に伏している。
レギオン王は今のマーカスを会わせるべきではない、と判断しマーカスには言わなかった。言ったら会いに行こうとし、クレアのことばかり口にするマーカスの姿を見せたくなかったのだ。
マーカスはやる気に満ちていた。
獣人の国に行くのは恐ろしいが自分は王族だ、無体な扱いは受けないだろう。
――――――
ラージスはマーカスに急かされ、御者台に乗りマシュウが馬車内に入ったのを見て馬を走らせた。
今は普通に喋れるようになったが、王都を出立する時はまだ痛みで喋るたびに顔を歪めていた。
ガルバスに頰を殴られた時の頰の腫れがひどく、骨折はしていなかったが歯が頰の内側に当たり出血し、首も痛みがあったためだ。
ラージスは腫れが引いた頰を触り、王都から出立する前の事を思い出す。
屋敷で頰を冷やしながら横になっていた時、父上が険しい顔をしながらやってきた。
起き上がると「お前に任務が与えられる事になった。」と父上が淡々と任務の内容を告げた。そして陛下が任務を達成したらこの件は不問とする、と言っていた事を聞き、自分の耳を疑った。
ルミナス嬢の捜索依頼に他国へ…?
自分にそのような任務を任せて本当に良いのか?
ルミナス嬢を犯罪者呼ばわりしていた自分など…。
ラージスはガルバスからの叱咤と、その後母親から諭されて自分が愚かで、騎士の風上にもおけない事をしていたのだと自覚した。
何が父上のような騎士になりたいだ…。
父上が騎士団に入れないと言ったのは、当たり前だ。
学園に在学中、マーカス王子と私は常に一緒ではなかった。マーカス王子とマシュウは同じクラスだったが、自分は騎士科という騎士を目指す者達が集まるクラスだった。基礎体力や様々な武器の使い方、修練場で模擬戦をする事もあり、そこで一人でよく修練用の木剣で剣の鍛錬をしていた。
「わぁ!凄いですねー!」
いつものように鍛錬をしていると、突然この場所に似合わない高い声が聞こえた。それが女性のものだとすぐに分かって剣を振っていた腕を止めて、女性の方に体を向ける。
「あ!ごめんなさい!お邪魔でしたね!」
「……いえ、別に構いませんが。」
学園では支給された制服の着用が義務づけられていて、それを着ている事から同じ学園の生徒だとすぐに分かった。しかし女生徒がここに来ることは無く、ラージスは「何故ここに?」と質問した。
「一度修練場がどんな所か見てみたかったんです。そしたら、貴方が剣を振っていたので思わず…あ、私はクレアです!クレア・モリエット!」
「私は…ラージス・ナイゲルトです。」
自己紹介をしてきたので自分も名乗ったが、クレア嬢は今まで見てきた貴族令嬢とは、随分違った印象を受けた。「たまに見にきても良いですか?」そう尋ねてきたクレア嬢に不思議に思いつつも、別に構わないと思い了承した。
自分は学園では誰にも負けなかった。しかし父上からは「まだまだだ」と言われ、他の生徒も父上が騎士団長を務めていたことから、できて当たり前だと思われていた。クレア嬢から「すごい」「いつも頑張ってるんですね」と言われ、自分はまだ未熟だと思いながらも嬉しかった。
マーカス王子のクラスにも時折行っていたが、向かっている途中でクレア嬢の姿を見かけた。
声をかけようと近くまで行ったが、他の令嬢から発せられたクレア嬢への言葉にピタリと足を止める。
「あなた如きがマーカス王子の側にいられると、本気で思っておりますの?」
「恥を知りなさい」
「貴方はお遊びで構ってもらっているのよ」
「これ以上マーカス王子に近寄るのは、おやめなさい」
クレア嬢は俯き唇を噛み締め、令嬢達の言葉を黙って聞いていた。そして令嬢達と一緒にルミナス嬢の姿もあり、ラージスはその光景をただ見ている事しか出来なかった。
女生徒同士のいざこざに、男子生徒が介入するのは無粋な行いだと、学園では周知の事実だったからだ。
「クレア嬢はマーカス王子を好いているのか?」
「え!?はぃ…。」
クレア嬢が修練場に来た時に尋ねると、顔を赤くしながら答えてくれた。その表情に胸に痛みを覚え、自分が随分とクレア嬢に入れ込んでいる事に気付いた。
そしてクレア嬢が沈んだ顔で来た時に、またルミナス嬢や令嬢達に何か言われたかと心配したら、暗殺未遂の話を聞き、怒りが湧いた。
それは酷すぎるではないか!
クレア嬢はただ想いを寄せているだけだというのに!
ルミナス嬢はマーカス王子に近づく女性全てを排除するつもりか!
ラージスはこの時、マーカスもクレアに想いを寄せていると知らなかった。
そして卒業パーティーで二人の寄り添う姿を目にして、婚約破棄をマーカス王子があの場で言った事には驚いたが、ルミナス嬢は当然の行いをしたのだと思っていた。
ルミナス嬢の気持ちを何も考えていなかった。
ルミナス嬢はマーカス王子の婚約者だ。婚約者を虚ろにし、クレア嬢と結ばれようと周りを巻き込んだ行動をしたマーカス王子に非がある。
クレア嬢に対しての学園での接し方も、そもそも侯爵令嬢と男爵令嬢では立場が違う。クレア嬢と懇意にしている事が周りに知られたら、王子の立場、しいては国王陛下の立場も悪くなる。ルミナス嬢がマーカス王子を想ってクレア嬢を引き離そうとするのは、当然の行いだ。
暗殺未遂だってルミナス嬢が差し向けた証拠など無い。全て私の勝手な憶測に過ぎず、ルミナス嬢は被害者だ。
ルミナス嬢にいつお会いできるか分からないが、その時は詫びを言おう。
自分の罪悪感をただ軽くしたい行為だ。
許しはもらえないだろう。
誰に認められなくても良い。
騎士になれなくても良い。
心は騎士道を目指したいと今は思う。
――――――
そして馬車を走らせ続け、グラウス王国を視界に捉える。
「マシュウ、そろそろ着くが…どうする?」
「私が門の方と話をします。王子は…寝ていますのでそのままにしておきましょう。」
「……そうだな。」
ラージスとマシュウはこの旅を通して、色々とお互いの事を話すようになっていた。
マーカスは旅の間は何もせず、二人に全て任せていて、馬車の中は寝心地が悪いのか夜中に頻繁に目を覚ましてはクレアの事を語り、こうして移動中は眠る事が多かった。グラウス王国に着いたら起こせ、と言われていたが、二人は城に着いてから起こすことにしよう、と言って頷きあった。
その後、城内でルミナスと出会うことになる。
気づかなかった事を申し訳なく思った二人だが、最初に言うことは決まっていた。
謝罪を述べたい…と。
読んでいただきありがとうございました。
次話はイアン視点の話を書く予定です。




