ルミナスは、安心する
「い、イアン?それって……」
友達として?異性として?まさかペット…いやいや、それはない!イアンは男だ!
ルミナスはイアンに聞こうとしたが、頭が混乱して上手くまとまらず言葉が出なくなる。
『好き』と言われるなど、未知の体験でどうしていいか分からない。
イアンは何か決心したのかルミナスを見据え、周りも二人の成り行きを見守っていた。
気を失っているマーカスは、蚊帳の外だ。
「ルミナスさん!俺は…!俺はルミナスさんが」
「食事をお持ちしましたー!お待たせしてすみません!」
イアンは真剣な顔で何か話そうとし、ルミナスも俯いていた顔をあげてイアンを見つめていたが、先ほどの使用人が扉を開けて笑顔で食事を持ってくる。
「お前は!さっきから間が悪すぎるぞ!マナ!」
「ふぎゃあ――!危ないですよサリシア様ー!」
マナと呼ばれた使用人はイアンと同い年で、茶色の長い髪を二つに縛りツインテールにしてる。茶色の瞳がパッチリとしていて紺色のワンピースの上に腰だけのエプロンを付けている猫の獣人だ。
籠を肘にかけて中には沢山のパンと、両手に木製のトレイを持っていてお皿が人数分のっている。
サリシアは気配をなるべく抑えて、周りにも静かにするよう身振りしていた。しかしマナの登場で雰囲気が台無しになり、咄嗟に腰に下げていた短剣を抜き投げたため、扉に突き刺さっている。
「あ、お、俺…こんな場所で、何を……」
イアンは自分が今いる場所と、周りに人がいる事を思い出し、羞恥に顔を歪めた。ライアンが「気にしなくていーからっ!ほら、頑張れ〜」と笑顔で声援をおくり「――ッルミナスさん!後で!あとで言います!」とイアンが言いながら、ぎこちない動きでアクアの隣に座る。そして全身を震わせテーブルに手をつき、深く項垂れた。
―――静まれ心臓!落ち着け私!
ルミナスも椅子に座りなおしたが、心臓の鼓動がうるさく、ソワソワとしていて落ち着きがない。
湖の時も思ったが、流石にイアンの態度が自分に好意をもっているものだと分かる。
イアンが好きか嫌いかと聞かれたら…もちろん好きだ。かといって、それが恋愛感情の好きなのか、よく分からない。
ひとまず気持ちを落ち着かせるため深呼吸するが『後で話す』と言ったイアンの言葉が気になり、視線をテーブルに固定したまま動かせないルミナスだった。
マナが眉を下げて「なんだかお邪魔したようで、すみませんでした〜。サリシア様達の分も食事持ってきましたよー!」と謝りながら皆のテーブルの上に食事を置いていき、刺さった短剣を抜いてサリシアへと渡した。
サリシアが不満げな顔をしながら剣を受け取り、鞘に納め「これはどうする?起こすか?」とマーカスを指差しライアンに尋ねる。
「悪りぃが…この馬鹿は、牢屋に入れといてくれねぇか?」
「ああ、構わん。マナ、こいつを連れてけ。」
ライアンが苦笑いしながらサリシアに頼み、サリシアは了承しマナに指示を出す。マナは「はーい!」と元気に返事をして気を失っているマーカスの足を引きずりながら退室した。
誰もマーカスを気遣う者はいない。
グラウス王国では使用人との距離感が随分近いと思ってサリシアに聞いたら「あいつは特別だ」と言った。マナはミルフィー王妃の姉の子供で、サリシアとイアンとは幼い頃からよく遊んでいて、町で家族と住みながら今は通いで、城に働きに来ているそうだ。
皆で食事をしている間は、ライアンがずっとサリシアに話しかけていたが、サリシアは相槌だけ打って黙々と食事をする。アクアが隣のイアンに話しかける度にイアンは食事の手を止めて俯き、ヒューズとマシュウはずっと暗い顔で食事をしていた。
ルミナスが食事を済ますのを見計らっていたマシュウとラージスは、立ち上がりルミナスに近づいてくる。
サリシアが二人に警戒する視線を向けたが、ルミナスの近くまで来ると「ルミナス嬢!大変申し訳ありませんでした!」と二人が声を揃えて床に跪き、頭を垂れた。
―――え!何?なんで私謝られてるの!?
ルミナスは二人がなぜ自分に頭を下げるのか分からずライアンに視線を向けると「あ〜、実はな…」と言って二人の罪と、モリエット男爵を宰相が怪しんでいて調査していた事を話してくれた。「しかし、おっかしいなぁ〜宰相も俺もぜってぇー、こいつらに食いついてくると思ったんだけどなぁ…」と独り言を言って、マシュウはそれを聞いて自分達の立場を察したのか、顔を青ざめた。
ライアンは誰も接触がない事から、一度国に戻るべきかも思案した。しかし、そう考えた時は既にグラウス王国寄りにいて、サリシアに見つかり今に至る。
自分一人がいなくても優秀な奴らは国にいるし、大丈夫だろうと思っていた。
もしライアンが途中で戻っていたら、国の状況は変わっていたとも知らずに。
ルミナスはライアンの話を聞き、ライアン王子なら話しても大丈夫だろうと、卒業パーティー後モリエット男爵に捕まっていた事、この国に保護されていた事を話した。もちろん母の事や魔法の事は一切話さずに。
「一緒に国に帰らねぇーか?」
ライアンの言葉に皆の視線がルミナスに集まる。
「帰りません。国王陛下にもそうお伝えください。もうしばらく…お世話になっても良いですか?」
「ああ、もちろんだ。」
ルミナスはライアンに言った後、サリシアへと視線をうつして言い、サリシアは嬉しそうな顔で頷いて答えた。種族が違う者同士が結ばれるなど、あり得ないと思っていたサリシアは、今はルミナスがイアンと結ばれ、この国で暮らしても良いと思うようになっていた。民の反発はあるかもしれないが、それはサリシアが抑え込むつもりでいる。
そんなサリシアの考えなど知らないルミナスの頭の中は……
まだモフモフを堪能できていない!
貴族令嬢として過ごすなんて嫌だ!
他の国にも行ってみたい!
…だった。魔法を自由に使えないのは残念だが、マーカスとも改めて決別ができ、兄にも会えてその内父親とゆっくり話をしようと思っている。モリエット男爵もライアン王子に話したから捕まると安心したルミナスは、紙とペンがあればやりたい事リストを作成したい勢いで気分が上がっていた。
捜索を打ち切れば誰も自分を気にしない。
自分は自由に生きるのだ、と…
ルミナスはこの時、盗賊のカイルと話をしようと考えていた事など忘れていた。
それはルミナスが領地で過ごしていた頃、父親がオスクリタ王国へと外交に何度も行っていたのを知っていて危機感が薄かったのと、自分とはもう接点がないと思っていたためだ。
争いの足音はゆっくりと、確実にルミナスの元へ近づいていた。
次話から視点を変えた話になります。




