ルミナスは怒り、キョトンとする
宝石箱を持ちルミナスは、イアンとアクアと共に食堂を出て部屋へと向かっていたのだが、途中でサリシアと出会った。
サリシアは話があると言って、ルミナスは部屋に行き、宝石箱を机の上に置くと再び食堂へと皆で戻る。
部屋には椅子が一つしかないのと、城内には応接室が一部屋あるが、今はマーカス達がいて使えなく、腰を落ち着かせて話をするのは、食堂が良いだろうとなった為だ。
「…もしかして謁見の間での事ですか?私が突然現れて、驚かせてしまいましたよね。」
食堂に着き椅子に座ったルミナスは、気まずそうにしながらもサリシアに聞いた。突然現れてすみませんでした!と本当なら平謝りしたい気分である。
「まぁ…そうだな。ルミナスが突然現れたのは驚いたが、それを見ていたのは父上と私だけだから、大丈夫だろう。」
サリシアはそう言った後、アクアに視線を向けて「あれも魔法なのでしょうか?」と尋ね「ん〜、まぁね。ルミナスだけが使える、特別な力だと思ってもらえれば良いよ。」と言って微笑んだ。
サリシアもそれで納得したのか、アクアに「わかりました。」と言って再びルミナスに話しかける。
「あの者達は、イアンが扉を開けた音で顔を振り向かせていたから、ルミナスは一緒に来たのだと思っただろう。いつもならイアンを叱咤する所だが、あの時は良くやったと褒めたい位だったぞ。」
サリシアはそう言ってイアンに視線を向けると、イアンはバツが悪そうな顔をしていた。
「分かっているのかイアン、お前は謁見中に断りなく部屋に乱入しようとしたのだ。無作法な息子で済まないと、父上が皆に詫びていたのだぞ。」
「……はい。すみませんでした。」
サリシアがイアンに対しての視線を厳しくすると、イアンも自分のした事を悔いて、顔を俯いた。それを見て再びサリシアはルミナスに視線を向けて話し始める。
「それでルミナス。話というのは、あの者達が来訪した目的の事だ。国ではルミナスの捜索をしていて、この国にも捜索を依頼に来たそうだ。」
サリシアの言葉にイアンが、ビクリと肩を揺らし俯いていた顔を上げ「それじゃぁ…さっきルミナスさんは姿を見せているじゃないか。ルミナスさん、国に帰るのか…?」と不安げな表情で聞いた。
……国には帰りたくないな。いや、領地に帰るならまだしも…あのメンツでは嫌だなぁ〜。
話だけして捜索を打ち切ってもらって、ついでに男爵を捕まえるよう頼もうかな?うーん…でもマーカス王子なら、クレアの父上がそんな事するはずない!とか言いそうで面倒だしなー。
ルミナスは深いため息を吐き、考えを巡らせた。
マーカスとは卒業パーティーの件がある為、ルミナスは顔を合わせたくなかった。むしろマーカス王子は私と一緒に国に戻りたくないのでは?と思うほどだ。
「ルミナスの姿は見られたが、ルミナス本人と気付いていないようだったぞ?」
「……え?」
ルミナスはサリシアの言葉に呆気に取られる。気づかれていない事に、地味に傷ついたルミナスだった。
ルミナスの兄であるブライトは会ってすぐ気付いたが、髪色だけではなく、ルミナスの厚化粧と学園やパーティーで見ていた印象から、本人とすぐには結びつかなかったのだ。
しかしサリシアは「あの男…ライアン王子は勘付いているかもしれないがな…」と顎に手を当て、考えるように呟いていた。
「とりあえず、一日滞在して明日の朝に帰国するようだ。父上が前に尋ねたが、ルミナスはどうしたい?あの者達と共に帰りたいか?」
「嫌です!」
サリシアの問いにルミナスは即答した。まさか即答すると思っていなかったので、サリシアとイアンは目を丸くする。
「…そうだな。あの中にはルミナスの元婚約者もいたからな。嫌がるのも…」当然か、そう言おうとしたサリシアの声は、イアンの「なんだって!」と張り上げた声に遮られる。
「…そういえば、お前は挨拶を交わしていなかったな。」
「姉上!そいつは何処にいるんだ!?俺は会ったら一発殴ろうと思ってたんだ!」
イアンが怒りに満ちた表情で言い、お前も王子を殴ってどうする…とサリシアは思いながらも、自分の失態を口には出さずに、ため息を吐いた。
……イアンはマーカス王子と知り合いだったのかな?すごい怒ってるけど、何されたんだろう?
ルミナスはイアンの様子に疑問に思ったが、食堂の扉が開き、城内で働く若い使用人の女性が顔を覗かせる。
「あ!サリシア様たち、食堂に居たのですね!こちらの方々が、食事をされたいと言っていたので案内したのですが、入ってもよろしいでしょうか?」
「…………。」
使用人に悪気はない。だが間の悪いタイミングで来たことに内心サリシアは舌打ちしていた。するとライアンが使用人の横をすり抜けて中に入り、サリシアの前に立ち礼をした。
「サリシア王女。門での事をもう一度詫びたかったのです。あの時は驚かせてしまい申し訳ありません。」
「…ここに連れてきた時にも言っただろう。お互い様だ。許すも何もない。それより…いい加減その口調をやめろ。小声だったが私には呟いていた声も聞こえていたのだ。」
「あ〜っ、かしこまった口調は疲れるんで、助かる。」
ライアンが真面目な表情で話をしていたが、サリシアが不快な表情をしながら言うと、ライアンは声色を変えて、頭を掻きながら笑った。
「兄上、入っても良いですか?」
ライアンが中に入ったことで、扉の外で待つマーカスが声をかけた。それを聞いてサリシアが「私達は出るから…」と言って席を立とうとしたが、「せっかく面子が揃ってるんだ。親睦しよーぜ、なぁサリシア王女。」とライアンがサリシアの隣に座った。
サリシアを間に挟み反対側に座っているルミナスは、ライアンの視界になるべく入らないよう、座ったまま縮こまっている。
向かいの席に座るアクアは「大勢の食事は楽しいよね〜」と子供のように無邪気に笑っていた。
マーカス達が中に入り、ルミナスの後ろにあるテーブルの椅子に腰を下ろしたが、ルミナスの頭の中はどうやってここから抜け出そうかを考えていた。サリシアもルミナスを連れて退室しようとするが、その度にライアンが引き止めにかかる。
するとマーカスを凝視していたイアンが突然立ち上がり、サリシアがイアンの名を呼ぶが、イアンは構わずマーカスの側まで歩み寄る。イアンが目の前に来たことから、マーカスが「なんだ?」と怪訝な顔で言い、マシュウとラージスも戸惑う。イアンはマーカスを見据えながら唇を噛みしめ、拳を固く握っていた。
「…あなたはルミナスさ…嬢との婚約解消したのに、なぜ捜索依頼に我が国に来たのですか?ルミナス嬢とは、もう関係ないのに。」
イアンは深呼吸した後に、拳を緩めて質問する。
ルミナスも確かに…と思いながら耳を傾けた。
するとマーカスは「愛するクレアとの結婚を父上に認めてもらうためだ。」と真剣な表情で答えた。
…………は?
てっきり私がいなくなって、めでたしめでたし…とはならなったようだ。
それからマーカスはクレアは今頃…とか、クレアは私を待ってくれてるだろうか、とか、クレアへの想いを語り始めた。クレア、クレア……
――――女々しい!何故こんなのを好きだったのだ私は!!……顔か!
旅の間もこの調子で話していたのか、ルミナスが後ろを伺うと、マシュウとラージスは、げんなりした表情でマーカスを見ていた。「王子!お願いですから、他国に来てまでやめてください!」とマシュウの懇願する声がし、それを聞いてもマーカスの話は止まらない。
マーカスは未だにクレアの事しか頭にない。
マーカスは国王へ依頼を伝えたら、すぐに帰国しようとした。しかし、マシュウとラージスは父親からの叱咤を受けて心を入れ替え、切実にこの任務に望んでいる。
ライアンが現れた事で二人は危機感を感じたが、ライアンは「馬鹿をしなけれゃ、見捨てねーよ」と言ったので二人は必死なのだ。
しかしマーカスは違う。兄であるライアンが現れ、弟を心配して駆けつけてくれたと思っていた。
……なんだか、段々腹が立ってきた…。
ルミナスは、いない振りをしようとしていたが、延々とマーカスが話す内容に、元婚約者が行方不明になっているのに心配する様子がまるで無いこと、そして卒業パーティーでの一方的な振る舞いを思い出し、怒りが湧いてきた。
「…ライアン王子。わたくしが何をしても、見逃していただけないでしょうか?」
「おう、いいぜ。好きにしなっ。」
ルミナスはライアンを見ながら言うと、ライアンは笑顔で頷く。ライアンはルミナス本人だと気付いていたのに、今まで素知らぬ顔でいたのだ。
「それでクレアは…」
「その不快で、耳障りな声を出すのをやめていただけませんか?」
ルミナスが椅子から立ち上がって振り返り、背筋をのばしてマーカスの言葉を遮る。ルミナスは椅子に座るマーカスを侮蔑を込めた瞳で見下ろしていた。
「なんだと…!?」
「わたくしが分かりませんの?ルミナス・シルベリアでございます。…わたくしが貴方に想いを寄せていた年月は、本当に無駄な事でしたわ。」
「……は?……ルミナス…?」
マーカスはやっと気づいたようで、目を見開いてルミナスを見つめている。
マシュウとラージスも驚いた表情でルミナスを見た。
「そういえば、言っていましたわね。…『お前との婚約を破棄する』と…」
一度言葉を切り俯いたルミナスは、マーカスに再度視線を向ける。その目は怒りに満ちていた。
「それはわたくしの台詞ですわ!あなたとの婚約を破棄します!―――ッこの脳内クレア馬鹿王子!!」
最後の方は感情が高ぶり、素が出てしまった。
マーカスは呆然とした後、立ち上がり「ルミナス!貴様ッ王子である私に向かって…」とルミナスに怒鳴るが、途中でその言葉が遮られた。
イアンがマーカスを殴ったのだ。
「お前は二度とルミナスさんの前に現れるな。」
イアンの低く怒りのこもった声を、椅子から倒れ気を失っているマーカスが聞いたか不明だが、イアンは顔をサリシアに向け「姉上、申し訳ありません…我慢の限界でした。」と謝り、サリシアは「よくやった」と言って頷いた。ライアンは「兄弟揃って殴られたなぁ」と盛大に笑っている。
声を上げて呼吸が乱れていたルミナスは、呼吸を整えながらもマーカスからイアンへと視線をうつす。
「ありがとうございます…イアン王子。」
自分のために怒ってくれたイアンが嬉しくて、ルミナスはお礼を言って微笑む。
「俺はルミナスさんが好きだから、こいつが許せなかった、だ…け………」
「………え?」
イアンの言葉は途中で歯切れが悪くなり、口をパクパクと動かせて顔が真っ赤になった。
ルミナスも顔をキョトンとさせて、食堂の中はライアンの笑い声とアクアの「今勢いで言っちゃったよねー」と楽しげな声だけがした。




