第三王子は、想いを寄せる
「開けろ!ここから出せ!命令だ!!」
ドンドン!と扉を叩くが、外からの反応はない。
扉には鍵がかけられており、外にいる衛兵は部屋から出すな、と国王から命じられている。王子の命令が通るわけがない。
「――っくそ…。結局父上からルミナスとの婚約破棄も、クレアとの結婚の承諾もいただけていないではないか…!なぜ父上はあのように怒るのだ…!」
父親である国王の怒りも、自分がしでかした事にも気付かないマーカス。恋は盲目というやつだ。
マーカスはクレアの事で頭がいっぱいで周りがみえていない。
そう、以前のルミナスのように。
「そもそもルミナスとの婚約が間違っていたのだ!」
扉から離れ、ウロウロと部屋を彷徨いながら不満をこぼす。
ルミナスと初めて会ったのは5歳の頃だった。
幼かったため、出会いはよく覚えていない。
10歳になると勝手に婚約者だと父上に決められ、ルミナスには何度か会ったが向こうが一方的に話をするし、何度も何度も手紙を送ってきて正直うっとうしく思っていた。
ルミナスは私の容姿に惚れたのか、過剰に褒めてくる。私は国一番の美貌をもつといわれている母上に似た、自分の容姿をあまり好きではない。母上が嫌いなわけではないが…。
頭が良く人望もある第一王子、剣の才能をもち騎士団の副団長として活躍している第二王子、第三王子は勉学も剣の腕もなく美しい容姿だけだ。そう他の貴族に陰で言われてるのを知り、ショックを受けたものだ…。
周りはルミナスのことを綺麗な婚約者で羨ましいなどと言うが、あのキツめの目も、厚い化粧も、鼻につく香水の匂いも…ルミナスの全てに嫌悪感しか抱かない。
「…クレアに会いたい…。しかし、なんとしてでも父上に結婚を認めさせねば、クレアに私は会わす顔がない…。」
パーティー会場から去るときに、頑張ってくださいね、と微笑まれた愛らしいクレアの笑みを思い出す。その姿を思い浮かべただけで、鼓動が早まり温かい気持ちになる。
卒業パーティーは、とても幸せなひと時を過ごせた…。
クレアは私が用意したドレスを身にまとい、いつもはフワッと流しただけの髪も編み込みをいれて、普段は化粧をしていなかったが、パーティーでは唇に紅をつけていた。それがとても大人っぽく見えて…。
エスコートして隣を一緒に歩くときは緊張してしまった。普段学園であれだけ共に過ごしていたのに、手を触れた瞬間自分でも顔が真っ赤になっているのがわかった。
ダンスはあまり得意ではないですが王子と踊りたいです、と言ってくれて何度もクレアとだけ踊っていた。
クレアを愛しく想う気持ちでいっぱいだった…。
学園で出会えたことに感謝した。
もしあの時の出会いがなければ、こんな気持ちになることは一生無かったと思う…。
クレアと初めて出会ったのは、学園の入学式が終わった後だ。入学式の新入生代表の挨拶を済ませ、退屈な交流会をさっさと抜け出した。
周りは王子という肩書きだけで近づいて来る。
去り際にルミナスがこちらに近づこうとする姿が視界に入ったが、付きまとわれるのが嫌で裏庭に逃げ込んだ。
裏庭には人は誰もいなく、王子としてはみっともないと言われるかもしれないが構わずその場で横になった。日差しが暖かく草木がゆれる音や風の音だけが聞こえ、ついウトウトとしてしまったが……起きた時には隣に、女性がいて驚いた。
私が起きた事に気づき目を覚ました女性は、気持ち良さそうに寝ていたのでつい私も横になってしまいました、と言いながら照れくさそうに笑っていた。
最初は変な女だと思った。
この国の貴族階級は公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の順になっている。
爵位が貴族の中で一番低い男爵の娘だと知り、王子の私に許しなく話かけるなど無礼だ、今後話かけてきたら不敬罪にしてやる!と言っても、その後もなぜか何度も話かけてきた。でもそのしつこさも普段感じるような嫌な感じではけっしてなく、次第に王子という身分に関係なく、お互いの事を対等に話すようになっていた。
そして一緒にいるうちに、クレアといる時間が楽しくなり心が安らぐようになっていた。
成績では私よりも優秀な成績で…それでも悔しい気持ちは湧かず、よく頑張ったなと褒めてやりたい気持ちになった。
なんでも一生懸命取り組む姿、コロコロと変わる表情に目が離せなくなっていた。
ああ…私はクレアの事が好きなんだ。
自分の気持ちに気付いてからは、クレアと共に過ごす日々が増えた。
ルミナスがなにやらクレアに嫌がらせをしている、と知った時は憤慨した。
クレアは、私が悪いんです…と言っていたが、気丈に振舞いながらも目に涙を浮かべる姿をみてルミナスに対し殺意を覚えた。
クレアも好きだと言ってくれた。
ずっと、あなたと一緒にいたいと――…。
しばらくしても扉が一向に開かないことに諦めて、マーカス王子は部屋のベッドに横になる。
「――クレア、君に会いたい…。すぐに迎えにいくから待っていてくれ……。」
愛するクレアに想いを寄せながら、マーカス王子はそのまま瞳を閉じた。