ルミナスは、出会う
……何故、お兄様がここに?あれ?私、食堂の椅子に座ってたよね?
ルミナスは自分が今座っているのが、机の上だと気づく。部屋の中を見回すと、ここは仕事をする執務室のようだ。隣にも机があるが椅子には誰も座っていない。
「お兄様、ここは何処ですか?」
「…シルベリア侯爵領だよ。ルミナス、だよね…?髪色が変わっているし、化粧をしていない姿を久々に見たけど……。私は幻でも見てるのかな?」
ブライトはルミナスが目の前にいるのが、信じられないのか、恐る恐るルミナスの手に自身の手を重ねたる。
「良かったルミナス!王都からの報せを聞いて心配していたんだよ!」
触れても消えない事に安堵したブライトは、椅子から立ち上がるとルミナスに抱きつく。兄だと分かってはいても前世の記憶がある為少し恥ずかしかったが、ルミナスは考えに耽る。
………瞬間移動、したんだ。
まさか出来ると思っていなかったルミナスは、アクアやイアンが今頃消えた自分を心配しているよね、と申し訳なく思った。
ルミナスは机から降りて、執務室内にあるソファに、二人で向かい合わせで腰を下ろす。
「あの、王都からの報せって…。」
先ほどのブライトの言葉が気になり、ルミナスは伏し目がちに尋ねた。
……きっと卒業パーティーの件だ。婚約破棄を告げられ、王子の心を射止められなかった、不甲斐ない自分は廃嫡かな。お父様はお怒りだろうな…。
父親がいつも眉間に皺を寄せていた姿を思い出し、気持ちが沈むルミナスだったが、ブライトが報せの内容と父上が隣国に行った事を聞いて驚く。そして「父上はね、ルミナスをとても大切に想っているから、ルミナスがここにいる事を知れば、すぐ飛んで帰ってくるよ。」と笑顔で話してくれた。
……私、嫌われている訳じゃなかった。
ブライトの話を聞き、心が温かくなるルミナスだった。
ブライトは何かを思い出した様子で「そういえば、ルミナスに会うことがあれば渡してほしいと、預かっている物があるんだよ。」とソファから立ち上がり、机の引き出しから宝石箱を取り出す。
―――あの中身って、指輪だ!お兄様の机にあったからここに来たんだ!
ルミナスは自分の魔力を感じて、思わずその宝石箱を食い入るように見つめた。ブライトはルミナスの様子に「中身が何かは知らないけど、ルミナスは幼少の頃から美しいものが好きだよね。」と言って微笑む。
ソファの前にあるテーブルの上に、ブライトは宝石箱と自身の首に下げていた、鍵を置いた。
金属製の箱は両手で持てる大きさで、鍵穴が付いている。箱全体に金属を彫り文様が描かれていて、特に蓋部分が細かく小さな花と葉の文様が、とても美しかった。
ルミナスは無くなさないよう、紐付きの鍵を首にかけて、宝石箱をしっかりと両手で持つ。
「それにしても、ルミナスが突然目の前に現れて驚いたよ。どうやって現れたのか、よく分からないけど…ルミナスは今まで、どこにいたんだい?」
「今までグラウス王国に…あ!そうだ、私戻らないと!」心配させている事を思い出し、ルミナスはソファから立ち上がる。
「グラウス王国?あそこは獣人が住む国だろう?」
ブライトは不思議そうな顔をしながら、ルミナスに言うが「そうなんです!とても魅力的な国なんですよ!」と満面の笑顔で話すルミナスを見て、目を丸くする。
……戻るにしてもどうやって…自分の魔力を感知できたなら、アクア様のも出来るかな?………これかな?大きいのと小さいのが近いけど…もしかして国王陛下と一緒なのかな?
ルミナスは、頭の中でアクアの姿を思い浮かべる。すると先程よりもスムーズに魔力感知を行えた。
「お兄様!私戻りますね!詳しい事は、またお話ししますので!」
「え?戻るって……」
ルミナスはブライトに言うと、行きと同じように瞬間移動する。忽然と目の前で消えたルミナスに唖然とするブライトだが「とりあえず…元気そうで良かったよ。」と先程までルミナスのいた場所を見ながら微笑んだ。
「…………あれ?」
ルミナスが戻ると、そこは謁見の間だった。ルミナスから見て前方にレオドル王が椅子に座り、近くにサリシアが立っている。マーカス、マシュウ、ラージスとライアン王子が跪いたまま、顔を振り向かせて驚いた表情でルミナスを見ている。
そして扉が開かれた状態でイアンとアクアが立ち、ルミナスは二人の前に立っていた。
ルミナスが食堂からいなくなる前のこと……サリシアが食堂から出て、隊の者達の所へ行こうと城を出ると、外の門で他国の貴族が国王への謁見を求めてきている、と兵の者が報せにきた。
サリシアはすぐに馬に乗り門へと向かうと、門番であるハンスが一人の青年と話をしている所だった。
他国の者がグラウス王国に訪れる事は滅多になく、特に貴族となると早々ある事ではない。
身元の確認は必須であるが、貴族の対応は難しい為城へと兵が報せにきたのだろう。
ルミナス一人でも皆、警戒をしていたのだから。
「ハンス、この方々が?」
「サリシア隊長!はい、サンカレアス王国からいらしたと…。」
……サンカレアス?ルミナスの……。
サリシアは警戒を込めた視線で見る。それはルミナスがこの国に来るまでの経緯を聞いていた為だった。
馬が二頭引いている四輪の箱馬車は、ドアや窓も付いていて、しっかりとした造りであることから、要人が乗っていることが見て分かる。御者は護衛も兼ねているのか腰には長剣をさしていた。
ハンスと先ほどまで話していたマシュウがサリシアが来たことに気づき、サリシアの元まで歩み寄る。
「先ほど門番の方ともお話ししましたが、私達はサンカレアス王国からやって参りました。急な訪問で申し訳ございません。国に入る許可と国王陛下への…」
「怪しいな。」
「……え?」
サリシアが『隊長』と呼ばれた事から、マシュウはサリシアと話をして、こちらの警戒を解こうとしたが、サリシアが鋭い視線を向けながら淡々とした口調で言った言葉に、マシュウは目を丸くする。
「そこの木の陰にいる奴、出てこないと不審者と判断し、斬られても文句は言えんぞ。」
サリシアが馬車の後方にある木に視線を向けながら言うと、マシュウと御者をしているラージスもそちらに視線を向ける。
すると木の陰から、一人の男が現れた。
男は茶色の足首まである長いマントを羽織っていて、フードを被り目元まで覆っている。
サリシアは僅かな気配に気づき声をかけたが、いない可能性もあった。サリシアが確信をもてない位にこの男は上手く気配を消していた。手強い人物だとサリシアは推測する。
「まさか団長以外で俺の気配に気づかれるとは思わなかった…俺もまだまだだなぁ。」
男が呟きながらフードを取ると「何故あなたがここに?」とマシュウとラージスの驚く声がする。
サリシアが、この者達の知り合いか?と疑問に思いながら馬を降りると、男はサリシアの前まで歩いて来てサリシアの左手をとり、手の甲に口づけをした。
サリシアは男がもし不審な動きをすれば取り押さえるつもりで警戒していた。それなのに、あまりに男が自然な動作でした事に、なんの反応も出来なかった自分に動揺する。
「私はサンカレアス王国のラ」
「――ッ貴様!その手を離せッ!!」
その男…サンカレアス王国の第二王子で騎士団副団長を勤めるライアンは、話している途中にサリシアの右拳を頰に受けて、横に吹っ飛んだ。
ライアンは挨拶をしようとしただけだったが、サリシアは他国の男女がする挨拶だと、知識として知ってはいたものの、社交の経験が全くない事と不審者と警戒していた為に咄嗟に体が動いてしまった。
マシュウとラージスは慌てて「ライアン王子!」と呼びながら駆け寄り、すぐに起き上がったライアンだったが、頰は赤く腫れている。他国の…しかも王子を殴ってしまったサリシアは、自分自身を心の中で叱咤しながら、詫びも込めてすぐに城まで案内した。
サリシアはライアンの治療をしようとしたが、本人が大丈夫だと笑いながら言うので、そのまま国王が待つ謁見の間へと向かう。
そして謁見の間で皆が挨拶を交わしていると、イアンが取り乱した様子でアクアと共に扉を開けてやってきた。
ルミナスが現れたのは、まさにその時だ。




