騎士団長は、息を呑む
「宰相殿を国家反逆罪で捕らえた…だと?そんな馬鹿なことがあるか!!」
「だ、団長!く、苦しいです…ッ!」
ヒューズが牢屋に入れられ、日が傾き始めた頃。
ガルバスはルミナスの王都内の捜索、国内の各領主達への捜索依頼の通達を迅速に行う為、部下達への支持と自らも精力的に活動していた。しかし部下からルミナス嬢の行方が分かったと連絡を受けて、詳しく話を聞こうと王都内にある、騎士団の拠点場所へと戻ってきた。
騎士団の拠点は石造りの建物で、騎士団長の執務室や食糧庫と武器庫、外には厩舎もあり、地下には罪人を収容する牢屋もある。
団長の執務室には副団長がいない日が続いている為、仕事が溜まっていた。
執務室へと行き、机に載っている書類を隅へとやって無理矢理スペースを作ると、報告書を部下から渡される。報告書を見ながら話を聞いていたガルバスは、ルミナス嬢がグラウス王国にいると分かり、マーカス王子達や副団長が既に向かっている事から、副団長がいれば何かしらの対処が可能な筈ではないかと思ったのも束の間、ヒューズ宰相がモリエット男爵と結託し犯行に及んだと数々の罪状に目と耳を疑う。
思わず座っていた椅子から立ち上がり、話していた部下に掴みかかるほど…。
ガルバスはモリエット男爵が亡くなったのは、知っていた。部下からの報告が入っていたのだから。ヒューズが知らされていないなどと、ガルバスは考えもしなかった。
ガルバスは部下の苦しげな声を聞いて我に返り、「すまん」と一言零して、胸ぐらを掴んでいた手を離す。
部下が盛大にむせ返り咳き込んでいる間、ガルバスは城に行き状況を自分の目で確認しようと思い、すぐさま部屋を出て馬に乗り城へと向かった。
城に着いたガルバスは、ヒューズが城内の地下牢にいると先程部下から聞いていた為、地下に行こうとしたが……
「お止まり下さい騎士団長殿。これより先に行く事は、誰であろうと許可を与えられておりません。」
「…お前達、誰の命令でここにいるのだ?」
……地下へと続く階段の前で自分の部下である騎士達に行く手を阻まれていた。
通常城内の牢屋は、兵が配置されている。しかし今ガルバスの前には兵が数名と騎士が四名立っていた。
「宰相殿と話がしたいだけだ。そこを退け。」
ガルバスは眉間に皺を寄せながら淡々と話す。しかし騎士は「なりません。ジルニア王子からのご指示がありました。もし団長が無理に入ろうとするなら、団長も捕らえるようにと…」と答え、ガルバスは唇を噛み拳を固く握りしめる。
たったこれだけの数で、ガルバスを捕らえる事など不可能だ。ガルバスが本気になれば全員を戦闘不能にし、ヒューズを牢屋から出すことはできるだろう。
しかし、それをしてはジルニアに逆らった事となり、しいては国への反逆行為と捉えかねない。
ガルバスはヒューズと会うことを諦め、レギオン王の元へと国王の執務室に向かった。しかし、そこにいたのは…。
「来てくれて良かった。ちょうど呼ぼうとしていたから、手間が省けたよ。任務を与えたかったんだ。」
ジルニアは椅子に座ったまま、部屋に入ってきたガルバスに微笑みかける。
「陛下はどうされたのですか?お尋ねしたいことがあり、こちらに伺ったのですが…」
「陛下は今母上の側に付いているから、そっとしてあげてほしいな。それで騎士団長には、兵を率いてグラウス王国に行っていただきます。」
「………何故、グラウス王国に…」
ジルニアにヒューズの件と陛下の事を尋ねようとしたガルバスは、任務の内容の意味が分からず、思わず聞き返す。するとジルニアは「おや、報告は既に聞いているでしょう?ルミナス嬢はグラウス王国で捕らえられているのですから、救いに行くためにですよ。」と表面上は最もなことを口にする。
「マーカス王子やライアン王子がグラウス王国に向かったのは…」知らないのか、とガルバスは言おうとしたが「もちろん知っていますよ」とジルニアは笑みを崩さずに答える。
ガルバスの背筋に冷たい汗が流れた。
「王都を離れると、屋敷にいるナイゲルト夫人が心配すると思いますが……」
ジルニアが口角を上げてガルバスをじっと見る。
「……側には、私の部下を付けさせていますので、何が起ころうと大丈夫ですよ。」
ガルバスはジルニアの言葉を聞き、息をのむ。
それは『 人質 』と言っているように聞こえたためだ。ガルバスが思う通り、ジルニアはガルバスの妻をいつでも殺せるように暗殺者を付けている。
屋敷の人間も、ガルバスの妻もその存在に気づいてはいない。
ガルバスは自分自身、強いと自負しているし誰にも負けない自信もある。しかし今は相手が悪い。
一人この国を出てグラウス王国へと向かうか?……否。
自分一人なら可能だが、それは国と陛下を見捨て愛する妻も失う危険がある。
ここでジルニアを殺す?……否。
自分の憶測だけでジルニア王子を殺すことなど出来ない。
誰かに相談するか?……否だ。
ジルニア王子の人脈を甘く考えてはならない。どこまでジルニア王子と繋がりがある者がいるか、分からないのだから。
こんな時頼りになるヒューズ宰相は、牢屋で身動きできない。なら自分が今ジルニア王子に反抗するべきでは、ない…。
「任務…承ります…ジルニア王子…。」
「そう、良かった。騎士団長がいれば心強いよ。獣人相手でも、立派に活躍してくれることを期待しているよ。」
ジルニアは満面の笑みでガルバスに言うが、ガルバスの表情は暗い。
グラウス王国に行けば、副団長であるライアン王子がいる。国の状況をお伝えして…そう思ったガルバスだったが……
「そうそう、獣人相手は手強いからね。オスクリタ王国のオルウェン王も、兵を向けてくれるから。私は行けないけどオルウェン王は、自らも参戦すると言ってくださった。君の側には私の部下もつけよう。ベリルはオルウェン王から借りているのだが、とても優秀でね……頼むよ?騎士団長殿。」
……ジルニアの言葉に目を見開き驚く。
……一体いつの間にオルウェン王と…いや、もしやずっと前から…?ルミナス嬢を救うと言っているが、これでは争いに行くようなものではないか。何が目的なのだ?
ガルバスは考えを巡らせるが、ジルニアの真意がつかめないまま部屋を退室した。
ガルバスはこの時、レギオン王が毒を盛られて動けない状態であると気づけなかった。朝からずっと寝室にいる事を知らなかった為だ。その事を知っているのは、扉の前で立つ衛兵とごく僅かな使用人だが、全てジルニアが手を回し、自分が様子を見に来るから休ませてあげてほしい、と言って口外しないようにしている。使用人は食事を運んだりもしていたが、誰もベッドで横になっている国王に話しかける者はいなかった。
王妃が病床に伏せっているのは、ガルバスはもちろんのこと、他の貴族達にも周知の事実であり、ジルニアの言葉を疑う者は誰もいなかった。




