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モリエット男爵は、最後の命令を受ける

 マーカス王子達が王都を出立した翌日



 モリエット男爵の屋敷では、自室で男爵が朝のうちから一人ワインを飲み、下衆な笑みを浮かべていた。


「グフフ…領地に戻って、奴らに頼んだ品を待つとするか…前に来た時に注文しておいて良かったな。」


 ルミナスが見つかるまで、情報を集めながらも男爵は領地で自分の欲求を満たして過ごそうと考え、出立の準備を使用人達にさせている間、部屋で過ごしていた。


「今回は獣人の子供だからな…。まぁ奴らが失敗して死んだとて、私には別に…」



「勝手にあの者達を、自分の私欲のために使われては困ります。」


 男爵の声を遮り扉の方から青年の淡々とした声がする。



「べ、ベリル殿いらしていたのですか。気づかずに申し訳ありません。いえ、奴らも金を欲しがっていましたので…。それに、そろそろ用済みだったのでは?私は領地に戻りますので、奴らが来ましたら始末させますが…。」


 断りなく扉を開けて入ってきた男に対し、いつもなら怒鳴り散らす男爵だが、媚びるような笑みを見せながら低姿勢で話す。



『ベリル』と男爵から呼ばれた青年は、年は二十代後半で茶色の髪色に前髪は眉の辺りで水平に揃えられ、肩まで伸びた髪は後ろで一つに縛り、切れ長の瞳、褐色のマントを羽織っていた。

 屋敷に人が訪れた際、使用人が案内をするのが普通だが、ベリルは何度もここに来ており、男爵からは訪問したら自由に行動させるよう使用人に指示してある。

 男爵の部屋に来るまでもベリルを目にした使用人はいるが、皆見ない振りをしていた。




「そうですね。あの者達は、その内始末する予定でいましたから…」


「そうでしたか!それではその役目は、私にお任せください!」


 ベリルの言葉を聞き、男爵はホッと安堵の表情を見せた。


「領地に来たら、お願いしましょう。ところで…王都を出立するのですね。本日は主からの届け物を持ってきたのですよ。」

 ベリルはそう言うと、腰に下げていた袋の中からワインを取り出す。


「オスクリタ産の品です。これは貴方だけに特別に用意した品なのですが、ワインを今飲まれてるようですね…主からの物は飲めないでしょうか?」


 ベリルは男爵が机の上に乗せているワインとグラスに目をやり、鋭い視線を男爵に向けると、慌ててグラスの中身を飲み干し「ありがたくいただきます。」と空のグラスを片手に持ち差し出す。それを見てベリルは満足そうに微笑み、ワインをグラスに注いだ。

 


 男爵は人を見下し、自分より立場の低い相手には特に容赦がない。

 ベリルが主に仕えている事から平民の可能性もあるが、男爵は口調も態度もベリルには自分より上位の者に対する接し方をしている。

 それはひとえに、主なる人物へのご機嫌取りのためであった。


 主の命でベリルが男爵の元にやってきたのは、今から三、四年前の事だ。

 男爵は今は王都にいる事が多いが、その頃は領地にいるのが殆どで経営が上手くいかず、資金も底をつき始め、日々苛立ちを募らせていた。

 金があれば…そう思っていた時に現れたのがベリルである。


 ベリルはオスクリタから来た商人で品物を見せに来たのだ、と団体でやってきた。()()()は。

 品物を見た男爵は驚きに目を見張った。品物は奴隷だったのだから。この国では奴隷は違法であると男爵は知っていたが、ベリルに代金はいただきませんお近づきの印ですと言われ、男爵は自分の欲望に負けた。


 それからも度々ベリルは訪れて、奴隷を男爵に渡していた。そして自分は主に仕える身で、命令に従うなら資金も提供すると言われた。


 男爵には断る理由が無かった。



 学園で娘のクレアをマーカス王子に近づかせるように命令を受けた。

 男爵はクレアに命じ、マーカス王子と親身になり男爵としては嬉しい限りだった。なにせ相手は王族なのだから。


 男爵は次第に貪欲になった。



 マーカス王子からのクレアへの贈り物は、男爵が売り払った。金はいくらあっても足りない。商人にクレアを売らないかと聞かれたが、アレはまだ価値があると思い断った。


 男爵は実の娘を只の道具として見ていた。



 商人達が来た時ベリルがいない事もあった為、ベリルの主が気になり、金を渡して素性を聞いた。

 商人達はオスクリタ王国で盗賊をしていた一味だった。ベリルの事は誰も知らなかったが、盗賊を商人に扮し国を行き来させるなど、主は相当な身分の者だと察しはついた。


 男爵は考えを巡らせた。



 自分に対し敵意を向けてくる貴族がいるとベリルに相談すると、暗殺者を用意してくれた。暗殺者は優秀でどんな任務もやり遂げた。


 久々に命令を与えられたと思ったら、クレアに暗殺者を差し向けて、学園で騎士団長の息子に相談するようクレアへ命じる事だった。

 まだ殺してはいけない、とベリルに釘を刺され、暗殺者に命じ、何も知らずに怯えるクレアに学園で相談し、きっとお前を妬む者の仕業だよ…と言い聞かせて。

 もしかしたら自分は壮大な計画の、一端を担う存在ではないか。自分は特別な人間であり、男爵如きで収まる器ではないのではないか、と…


 男爵は妄想していた。



 次にベリルは、自分を卒業パーティーの日にクレアの従者として同行させるよう命令を受けた。

 何をするのかと思って聞いたが、その方が動きやすいのだ、と言われて…そして男爵にとって想像にし得ない命令を与えられた。



 ルミナス・シルベリアを男爵の好きにして良い。

 ただし、殺さないようにと……



 男爵は歓喜した。



 ルミナス・シルベリアは男爵が想いを寄せ続けた女性の娘だったのだから。



 男爵はパーティーで、シルベリア侯爵と共にいる女性に恋をした。しかし侯爵の妻であり、自分は男爵。

 到底叶う恋では無かった。だが男爵はずっと想いを寄せ続けていた。


 話をしたい。触れたい。自分の物にしたい。


 男爵は亡くなった報せを聞き絶望した。


 そしてマーカス王子との婚約発表のパーティーでルミナスを初めて目にした時、想いを寄せ続けた女性の面影がある姿に欲情を感じた。



 男爵はルミナスではなく、ルミナスの母親の姿を重ねていたのだ。



 ―――――――



「あなたの主が誰か、そろそろ教えていただけないですか?」

 男爵はいただいたワインを飲みながら、ベリルに問いかけるが……


「主は秘密主義なお方ですので。」


 ……ベリルからの答えはいつもと同じであった。



「それでは、あなたの主にお伝えください。今後とも良きお付き合いをさ、せ…て………」


 男爵がベリルに話している最中、自分の異変に気付く。視界が揺れて体が思うように動かず、手に持っていたグラスが滑り落ち床で割れる。声が上手く出せず口をパクパクと動かせていた。


 ……なんだ?これは……まさか…


「ようやく効きましたか。どうですか?特別なワインのお味は。美味しかったでしょう?」

 ベリルは男爵の顔を覗きこみながら冷たい視線を向けていた。


 ……毒を…盛られたのか?


「それでは死なないから大丈夫ですよ。ですが…」


 ベリルが指を鳴らすと、全身黒い服を着て口元も隠した男が音もなく男爵の横に行き、暗器を両方の手に持ち男爵の首に切っ先を向ける。


 ……何故ここに!?依頼をしたはず…



「この暗殺者を紹介したのは私ですよ。あなたの指示と私の指示…どちらを優先させるか…分かりますよね?…さて男爵、貴方に主からの最後の命令を受けてもらいます。」



 ……さいご…?




 暗殺者が腕を振り上げ


「 死ね 」


 男爵の首だけが床にゴトリと落ちた。



 最後の命令が何か……男爵はそれを聞かないまま、死を迎えた。




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