ルミナスは、頭の中が真っ白になる
馬の速度はゆっくりとしたペースで進んでいった。
行きの時に寄った村の近くまで来ると、三人の子供に五名ずつ隊の者がついて、それぞれの村に送り届けにいく。
男達が所有していた幌馬車と残りの隊の者達、サリシア、イアン、ルミナスは「日が暮れる前に戻ろう」とサリシアが皆に声をかけて駈歩で馬を走らせる。
「サリシア隊長、任務ご苦労様です!」
「ああ、ハンス。町に何か問題は起きていないか?」
「サリシア隊長方が出立されてから門を通る不審者はおりません!町も平和であります!」
「そうか、いつもご苦労。」
「とんでもございません!門番を務めるのが私の仕事であります!サリシア隊長に労いの言葉をいただき光栄です!」
町の入り口の門まで来ると、ハンスとサリシアが話をし始めて町の状況を聞いていた。
サリシアは淡々と話しているが、ハンスのテンションが高い。尻尾が左右に激しく揺れている。
サリシアはその強さから、男女問わず憧れを抱く者も多く、ハンスもその一人であった。
「ルミナス、疲れていると思うが城に戻ったら父上に報告がある。大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。」
帰りもイアンに捕まったまま馬に乗っていたルミナスに、サリシアが馬を並べて声をかけてきた。
…お尻と身体が痛い…。
笑顔でサリシアに答えたルミナスだったが、本当は今すぐベッドで休みたい気持ちだった。
馬から落ちないように腕や足に力を入れて、体が強張っていたのだろう。今ルミナスは筋肉痛の痛みに耐えていた。
城に着くと隊の者達に馬を任せて、三人でレオドル王の執務室へと向かう。
日が暮れ始め、空が薄暗くなっていた。
「…本当に大丈夫?無理してるんじゃ…。」
「平気ですよ。そのかわり報告が終わったら、食事をして早めに休みますから。」
「そうだね。食事はルミナスさんには、欠かせないからね。」
「はい!もちろんです!」
サリシアが前を歩きルミナスの隣にイアンが並び歩いていると、イアンが心配して声をかけてきた。もしかしたらルミナスの歩きが、少しぎこちない事に気付いたのかもしれない。
今二人は笑いながら話しているが、湖の時からしばらくはお互い無言の状態が続いていた。馬で移動中の何度目かの休憩で、やっと普通に話をするようになったのだ。
ルミナスは話ができるようになってホッとしていた。
しばらくは、涙を拭ってくれた時の頰に手が触れた温もりや、イアンの顔が頭に浮かび、ルミナスはイアンに対して異性として意識してしまい戸惑いを感じていた。
イアンの猫耳と尻尾の威力が強く、異性という認識が薄かったためだ。
ルミナスは前世で彼氏がいたことは無いが、学生の頃は好きな人がいて告白したことはある。
酷い言葉を浴びせられた挙句に振られて、それ以来は異性を好きになることはなかった。
…もしかしてイアンって私の事す……いやいや、自意識過剰すぎ!心配してもらっただけだ!自惚れるな!
ルミナスは心の中で己を叱咤する。
「子供達を無事に救えて本当に良かった。三人ともよくやったな。」
執務室に三人が訪れ、サリシアからの報告を聞いたレオドル王は満足そうに顔をほころばせていた。
しかし……
「それにしても重症の子が奇跡的に助かった、か…。」
……光が発せられ、ラナが助かった話には難しい顔をしていた。
そしてその様子を見ていたルミナスは気が気じゃなかった。なにせ当事者なのだから。
「…む?ルミナス嬢…髪の色それほど白かっただろうか?」
「父上もそう思いますか!俺も気づいたんですけど、光が収まった後にルミナスさんの髪色が変わっていたんですよ!」
「…!そういえば、私としたことが…ラナが助かった事と光の事ばかりに気を取られて、ルミナスの髪色の変化に気づかぬとは…!」
レオドル王がルミナスの髪色の変化に気づき、イアンもそれに同意を示す。サリシアは気づかなかった事にショックを受けているようだった。
……そういえば初めて会った時も、髪色の事聞かれていたような…何か知っているのかな?
ルミナスはレオドル王に何か知っているのか聞こうとした、その時
【…光の者】
突然部屋内に他の者の声が聞こえてきた。
「何者だ…!」とサリシアは即座に剣を抜き、イアンはルミナスの側に寄り、辺りを警戒している。聞き覚えのない声と気配を全く感じない故の二人の行動であった。
「――ッサリシア!すぐに剣を納めろ!」
「しかし父…」
「早くしろっ!!」
「…わかりました…。」
レオドル王がサリシアの言葉を遮り声を張り上げ、サリシアは剣を鞘に収める。父親の狼狽えている姿に、この声の正体を知っているのかと思ったためだ。
「今この場には私と二人の子供達もいます。如何致しますか?」
レオドル王は手を口元にもっていき、突然一人で話し始める。その手の指には水色の宝石が付いた指輪がつけられていた。
……さっきの声……子供?
先ほどの声が男か女かの判別はできないが、高い声をしていた為ルミナスは子供の声だと推測する。
レオドル王の自分よりも上位に対する話し方や様子に怪訝な顔を見せるサリシアとイアンだったが、再び声が聞こえてくる。
【んー…王の子なら別にいいか。僕はここから出て光の者の姿を見たいから。】
「承知致しました。」
レオドル王は椅子から立ち上がると壁に向かって手をかざす。
すると壁が淡く光、扉の大きさほどの光の入り口ができた。
――――何あれ!?
ルミナス達はその光景に呆然とし、ただ見つめることしかできなかった。
「久々に外に出るな〜。」
入り口から先ほどの声がして、中から少年が出てくる。すると光の入り口は消えて元の壁に戻っていた。
「お久しぶりでございます、魔人アクア様。私が国王として即位して以来になります。」
「そっか…もうそんなに経ったんだ。君も歳をとったんだね。」
レオドル王はアクアの側に跪き頭を垂れる。アクアはその姿を見て、記憶を探るように顎に手を当てて話していた。
サリシアはレオドル王の様子を見て、王に代々伝わる力に関係があるのか、と察しその場に跪きイアンやルミナスも慌てて跪き頭を垂れる。
ルミナスは混乱していた。
―――今『魔人アクア』て呼んだよね?ゲームは学園の話がメインだったから、そんな存在いたの知らないし!てかエンディング後だからゲームの知識あっても全っ然役に立たないんだけど!
するとアクアがこちらに歩んできてルミナスの前で止まる。
「君の名前は?」
「はい。わたくしはルミナスと申します。」
アクアは狐の獣人で年は十歳位だろう。水色の瞳はパッチリとして大きく、水色の髪は後ろで三つ編みに結んでいて腰まである。頭の耳と尻尾は茶色で、白色のローブを着ている。
前世の記憶があるルミナスは神父のようだと思ったが、教会は国々には無く、神を信仰する者もいない。
国民にとっては王が神のような存在であるからだ。
レギオン王が敬う存在に対し非礼をしてはいけないと、上位の者に相対している心構えで接するルミナスであった。
「顔をあげて見せてよ。」
「はい。」
垂れていた頭を上げるとアクアの顔がすぐ側にあった。驚いたルミナスは近い!と思わず叫びそうになるのをグッと堪える。アクアはこちらを観察するような視線を向けていた。
……自分を『僕』って呼ぶから男の子だよね。可愛い顔してるなー。尻尾もフワフワしてて触り心地良さそう…。
ルミナスもアクアの姿が近くに来た事で見ていると、アクアは嬉しそうに顔をほころばせながら話す。
「やっぱり間違いない。魔力は少ないけど…ルミナスは光の者だね。」
アクアが何者なのか、何故自分を『光の者』と呼ぶか疑問に思うルミナスだったが…
「僕はアクア。よろしくルミナス。」
…そう言ってルミナスの頰に口づけをし、突然の事にルミナスは頭の中が真っ白になった。




