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侯爵は、娘を想う

 シルベリア侯爵領


 オスクリタ王国との国境近くにあるため都市の規模は大きく、兵士の数が他の領地に比べると多い。

 都市内には兵士とその家族や、オスクリタ王国から来る商人が行き来することでお店や宿も建ち並んでいる。


 領内の領主が住まう城内の執務室でシルベリア侯爵は椅子に座り、仕事が手につかないのか机の横には書類の山ができていた。



 ダリウス・シルベリア

 ルミナスの父親であり、癖っ毛の紫の髪は短く、つり目な銀の瞳に眉間に皺を寄せ、何か考えを巡らせているのか腕を組みながら難しい顔をしている。



「父上…ルミナスが気になるのですか?ここは私に任せてパーティーに出席されたら良かったのに…。」


「ならん。今ここを私が離れるわけにはいかない。」


「…そうですか。」


 ダリウスの机の横にはもう一つ机が並んであり、椅子に座っている青年はダリウスの息子である。父親の言葉に頑固め…と悪態をつきそうになるのを堪えながら、椅子から立ち上がり書類の山から束を手に取り自分の机へと持ってくる。



 ブライト・シルベリア

 ルミナスの兄であり、父親似の癖っ毛の紫の髪はショートにし、紫の瞳。ダリウスがここ数日ずっと難しい顔をして過ごしている為声をかけたが、ダリウスの意見は変わらないようだ。学園を卒業後は領地でダリウスから色々と領地の事を学び、こうして執務室では机を並べて仕事をしている。



「オスクリタ王国が戦を起こすなど…やはり商人のガセ情報だったのでは?三十年前の争い以来ずっとお互いに友好関係を築いていたのに…。」


「どんな情報であろうと虚にはできん。三十年前も突然向こうが攻めてきたのだ。その時は突破されなかったから良かったが、いつ戦が起こっても良い心構えはしておけ。」


「はい、父上。」




 三十年前オスクリタ王国の国王は、自分の野心のために争いを仕掛けてきた。

 サンカレアス王国とオスクリタ王国の国境には大きな川が流れていて、絶壁のために崖から降りて国境を越えるのは不可能であり、道は侯爵領と繋ぐ橋が一つあるだけだ。石造りの重量感ある円形アーチの橋の幅は馬車二台が通れるようになっている。

 国王が亡くなった事で争いは収まり、多額の賠償金と王と繋がりのもつ者は全て処刑された。

 当時十歳だった王の息子、ただ一人を残して。





「しかしルミナスは卒業したとはいえ、マーカス王子の側にいたいと思いますから、領地には帰ってこないと思いますよ?結婚すれば中々顔を見れなくなるのですから…」


 本当は会いたくて仕方がないくせに、と続けて言おうとした言葉をブライトは飲み込む。それを言ったらダリウスから反論されるのが分かっていたためだ。



「結婚……マーカス王子、か…。」


 ハァ…とダリウスはため息を吐く。

 ルミナスが幼少の頃、同い年のマーカスと顔を合わせてから想いを寄せ続け、将来はマーカスと結婚するのだ、とばかり言っていた。


 ダリウスは王都にいる娘を想う。


 ダリウスは厳つい顔のせいで若い頃は女性や子供から好かれなかった苦い思い出がある。

 そしてルミナスも幼少の頃は、自分の顔を見ると泣いてしまい、可愛がろうとしても兄の方ばかりに懐いてしまっていた。



 ダリウスはこよなく娘を愛している。


 ルミナスはそんな父親の想いなど知らないのだが。





 まだ卒業パーティーでの件は伝わっていない。この場所が王都と離れているため情報が遅いからであった。



 そして、その日にやっとダリウスの元に早馬がやってくる。

 


「――ッ何をやっているのだ王は!ふざけるなッ!!」


 報せを寄越した者から話を聞いたダリウスは、怒りに震えて怒鳴り声をあげた。その表情は鬼気迫るものがある。



「…とりあえず君は休んで。ご苦労様。」


「――ハッ!失礼いたします!」


 報せを寄越した者はダリウスの様子に肩をビクリと震わせ縮こまっていたが、ブライトが労いの言葉をかけて部屋を退室させる。



「婚約破棄に行方不明だと…!――ッルミナス…。」


 ダリウスは椅子に座ったまま両手を机に置き、拳をきつく握りしめる。



「父上…。」


「………ブライト、ここはお前に任せることにする。私はオスクリタ王国へと向かう。」


「兵の準備をしているのなら、それは危険ではありませんか!父上は王都に行くべきでは…」


「今から王都に行った所で仕方がない。王都内のルミナスの捜索なら王が騎士団に命じているはずだ。私がすべきことは、オスクリタ王国へと向かいルミナスの捜索を依頼することだ。」


「しかし…」


「オスクリタ王国には何度も私は外交に赴いた事がある。四年前にオルウェン王子が即位してからは交易が盛んになり、私も領主としての仕事で忙しく国から出なかったが…。」


 …オルウェン王子は活発で好奇心旺盛なお方だった。私に懐いてくれて一緒に稽古もしていたな…。

 逆にナハト王子は私に怖がり兄の後ろにばかりいた記憶がある。

 …王都で何者かが暗躍しているのか?…最悪の事態も想定しなければな…。



 ダリウスは考えを巡らせていたが、ある決心をする。



「お前にこれを託す。」



「…これは?」


 ダリウスは机の引き出しを開け、机の上に鍵がついた小さな宝石箱を置く。そして自分の首にかけていた紐付きの鍵をその横に置いた。



「私がいない間これを守れ。何があっても必ずだ。そして…ルミナスに会うことがあれば渡してほしい。」


 ダリウスはそう言うと、よほど思い出深い物なのか複雑そうな表情をして宝石箱をそっと撫でた。



「わかりました。」


 ブライトはダリウスの言葉に驚きに目を見張ったが、父親から託され妹へと渡す物を、どんな事があっても必ず守ると決意し、鍵を自分の首にかけて宝石箱を受け取る。



「私はすぐに支度を整えて出立する。お前は門の出入りを通る者や馬車内を厳しく取り締まるようにと、領内の警備の強化ならびに周辺にある村にも兵を巡回させ、何か不審な点があればすぐに報告を上げさせるように通達をしろ。」


「はい、父上。…オスクリタ王国は国土が広い分、盗賊も出没するのでしょう?オルウェン王は兵を巡回させて討伐したと聞き及んでおりますが…どうか道中お気をつけて。」


「ああ。」




 そしてダリウスはオルウェン王の元を訪ねる為、馬車に乗り護衛の者を連れて国を出立した。



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