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ルミナスは、抗う

 

「………はっ…………あ………」


 息を吐き、乾いた声が口から漏れる。

 胸に手を当てて早まる鼓動を落ち着かせようとするけど、集中を持続することができなくて、アルとマナを覆っていたバリアーが消えていた。


 魔力感知をしてみると、やはりアクア様達からは魔力の反応がなくなっている。次は私の番だと思って身構えて神様に視線を向けると、球体状の物体に魔力が吸収されたかのように、水色、緑、赤、黒の四色の色合いに変わっていた。


「……アクア様達も、眠らされたのか……?」


 なぜ…と声を漏らしたイアンは、横たわる4人から離れて、私と神様を交互に見る。突然の事態に戸惑いを感じているのは、私だけじゃなくイアンもだ。


( ううん。彼らはまだ生きているけど…それは魔力の残滓(ざんしょう)によるものだから、二度と目覚めることはないよ )


 笑顔がそのままの神様を見つめながら、私は血の気が引く。頭に杭を打ち付けられたような気分になりながら、かろうじて私は口を開く。


「そんな……でも、みんな…不老不死で…」


 二度と目覚めないなんて信じられない私は、声が震えながら言葉を紡いだ。


( そうだね。魔力を限界まで高めた特典として不老不死にしたんだけどさぁ…)


 呆れたような表情を作る神様を見て、私は言葉を失う。


( アクア、リゼ、フラム、リヒト、ルミナス )


 球体が消えて、アルとマナが倒れた時にもあった、半透明の液晶画面のようなものが五つ現れる。球体と画面は、神様の意思で出たり消えたりするようだ。


「ルミナスにも何かするつもりかッ!? 」

「イアン!」


 剣を鞘から抜いたイアンが、地を蹴る。イアンの動きが早くて良く見えなかったけれど、剣を振るったことだけは分かった。


「な……ッ…!?」


 驚愕したようなイアンの声が耳に入る。


 神様に視線を向けると、イアンは画面もろとも神様を斬ったようだ。神様の体に斬られたような跡があって、血は出ていない。そして斬られた箇所は徐々に元に戻り、画面は特に変わった様子はなかった。神様の体は命のない人形のようなもので、きっと剣は画面をすり抜けたのだろう。


( 何してるの?…ああ、人は無駄なことをする生き物だもんね )


 アクア様達が魔法を放った時もだけど、神様は剣を振るったイアンに対して、特に怒っている様子はない。


( ルミナスは僕と話がしたいようだし、話せなくするつもりはないから安心していいよ )


 手を軽く振り、下がれと言わんばかりの仕草をする神様を見て、イアンがジリジリと後退して私を守るように剣を前に構え直す。私とイアンが神様の動きに目を向けていると、神様は単純作業を繰り返すように五つの画面に指先を当てた。


( 永遠の命と若さ…人が最も望むものを与えたのに、彼らは不満だったようだね )


 神様は四つの画面に順番に目を向けて、スライドするような指の動きをしている。まるで何かを閲覧しているような動きだ。名を告げ、表示された人物の状態を指先一つで自在に操ることができるのでは……と私は思った。


( んん―…自死しようとした回数はアクアが1番だね。ハハ、愚かだなぁ…)


 興味が失せたように、神様は四つの画面を消す。


 ………笑った……?


 こちらの意思に関係なく与えて……壊す。

 私はギリッと歯を食いしばり、拳を固く握り締め、目の前にいる神に対して激しい憤りを感じた。


「なぜ、私とは対話する気になったんですか?」


( ルミナスは別空間に移動される心配がないからね。待ちきれなくて君に話しかけたことがあったけど…魔力を限界まで高めてくれて、本当にありがとう )


「私…が……」


 神は残っている一つの画面を指先でスライドさせ、ニコニコと機嫌良さそうにしている。神の言う通り、私はアクア様達から別空間に移動するやり方を教わってはいない。


 ………私が昨日、魔法を使ったから……?


 神が突然現れたのは、魔力を私が限界まで高めたからだと分かって、思わず口を手で覆って目を伏せた。


『 君に話しかけたことが…』


 心当たりがない私は、必死に記憶を辿る。


 ……そういえば……


 スティカ王子に絵画を描いてもらった時に、誰か知らない声がした。何を言われたか覚えていない。夢だと思って気にしていなかったけど、きっとその時だ。


( 別の世界から流れてくる魂は、僕らにとっては娯楽のようなものだ。二つも流れてきたから、記憶を見るのは楽しかったよ )


 声の調子は変わらず無機質なままで、機械めいた声が私の頭の中で響く。


( 僕は五つの世界を管理してるけど、この世界は失敗だ。魔力を扱える素質ある人が、全然生まれない。でも君という存在のお陰で予想してたより遥かに多くの魔力を回収できるから、それだけは良かったな )


 私に聞かせるためか、それとも自分が語りたいだけなのか……


「……っ……魔力を増やすために魔力を与えたの……? 自分で増やせばいいじゃないッ! なんて身勝手で、残酷なことを……!!」


 声を絞り出し、次第に強い口調になる。

 横たわる4人を見つめて視界が歪む。


( 神が慈悲深い存在だとでも思っていたの? ハハハハハハ、少なくとも僕は違うよ。 魔力は世界を生み出す力となる。僕らには心がないから、増やすことは無理なんだ )


 トントンと神は、自分自身の胸を軽く叩いて見せた。神の事情なんて、どうでもいい。


( さて、お喋りは終わりだ。僕に魔力を…)


「〜〜〜〜っや…! ま、待ってッ! みんなに私は…癒しを…っ!」


 はぁ、はぁ…と呼吸が荒くなる。震える拳をイアンの手が優しく包み込んでくれた。


( ん―…魔法を失うのが怖い? 君が好かれているのは魔法のお陰だもんね。…ああ、幸せが離れていくのが怖いんだ? )


 ドロリと神の全身が溶けるように崩れて、形が変わっていく。全身を作り変えているような不気味な光景に、私は息を呑む。



「………………………あ」



 そこには、前世の私がいた。


 何年も美容室に行かず、ボサボサで傷んだ黒い髪。

 ファンデーションの乗りが悪い、くすんだ肌。

 虚ろな目の下には大きな隈があって、いつも猫背。羽織っている黒色のカーデガンはよれよれで、ズボンも楽だからと、同じものばかり履いていた。


( 顔色が悪いね。前世の自分を見たくなかった? 君から魔法を回収して、その容姿を前世の姿に変えてあげようか? )


 足がガクガクと震えだす。イアンが心配げに私の手を強く握って呼びかける声がするけど、目の前にいる神から目を反らせない。



( 1人でいるのは慣れてるでしょ? )



 胸の奥底にある不安が、蓋をこじ開けて溢れ出す。



 私は怖かった。


 幸せ過ぎて不安だった。


 イアンに前世の記憶があることを打ち明けられなかったのは、イアンに嫌われるのを恐れたからだ。


 前世の自分を、私自身が嫌いだったから。


「前世……。もしかして、ルミナスの隠していたことって……クレアと同じように、ルミナスには別の人物として生きた……前世の記憶があったのか。」


 誰に向けたわけでもなく、自分の考えをまとめるようなイアンの言葉が耳につく。神は口角を釣り上げて、私たちの反応を見て楽しんでいるようだった。


( そうそう。この姿を見て幻滅した? ウジウジウジウジ暗いことばかり考えている女だ。記憶を見た時はあまりにも退屈な人生だったから、殆ど飛ばして見たよ )


 私の前世をつまらなさそうに語る神に、私は反論する言葉が思いつかない。ただ、繋いだ手を離さないでいてくれるイアンが救いだった。


「……………薫………。」


 ぽつりとイアンが零した言葉に、私は目を見開く。

 イアンに、前世の名前を言った覚えはない。どうして知っているのか疑問に思っていると……



 イアンが、手を離した。



 心が黒く染まるような不安が押し寄せ、息がつまる。その手が行く先を目だけで追うと、イアンは片手で握っていた剣の柄を、両手で力強く握り締めた。



「 お前が、ルミナスのことを語るなッ!!」



 鋭い声を上げたイアンの剣が、光を纏う。



「俺の心は何があろうと揺らがない。だからルミナス、俺を信じてくれ。」



 私に視線を向けたイアンは、金色の目を柔らかく細めて、薄く笑みを浮かべる。



『 ルミナスが何者になろうと、どんなことがあろうと、俺は生涯ルミナスと一緒にいる 』


 一昨日、馬車の中でイアンが言った言葉が頭を過る。自分が将来グラウス王国の国王になること、家族や友人、グラウス王国の民達と共に過ごす道よりも、女王になる私の(そば)で寄り添うことを選んでくれた。


『 ………愛してる 』


 耳まで真っ赤になりながら、イアンの瞳は真剣みを帯びていた。


『 信じてくれ 』


 確かに、今そう言った。



 イアンの光る剣と私を守ろうとする後ろ姿が、眩く私の目に映る。その光が心の闇を払い、ぐちゃぐちゃに乱されていた私の思考を定めてくれたように感じた。


( 魔法で僕を攻撃したって無駄だよ )


 画面が消えて、球体が神の手元に現れる。

 神は自分の体をジロジロと見下ろして、不機嫌そうな顔をする。薫の容姿でいるのが嫌だったのか、全身を再び作り変えて最高司祭とリヒト様が言っていた子どもの姿になると、満足げな顔をして見せた。


「 たとえ無駄だとしても…私は神に抗う。」


 神に対して私は強い眼差しを向けて、その瞳に明確な敵意を込める。それでも神は、顔色ひとつ変えずに笑みを作ったままだった。私に抵抗する術などないと思っているのだろう。


「イアン…」


 隣に歩み寄りながら呼びかけると、イアンが剣を前に構えたまま視線を流す。






「魔石に込めている魔力を戻すね。」






 そう言葉を掛けると、すぐにイアンは頷いて返してくれた。イアンのブレスレットに付いた魔石に触れて、私は魔力を自身に戻す。



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