ルミナスは、涙を流す
グラッ、と身体が傾くような思いがしたけれど、両膝を地面に付けて、今は自分の成すべきことに意識を集中させる。眩しさに目を開けていられなかった私は、固く目を瞑って魔法が途切れてしまわないようにイメージを強くもった。周りの音は一切耳に入らない。
薄っすらと瞼を開けると徐々に光が収まっていることに気づいて、しっかりと目を開けて瞬きを繰り返す。
まるで草木に養分を与えるかのように砂がなくなって、辺りに緑が溢れていく。盛り上がっていた砂も平らにならされて、グングン草木が伸びていた。手の平に当たっていた砂のざらついた感触がなくなり、伸びてきた草を押しつぶすような感触が伝わってくる。
………うっ…!?
目には見えないけれど…自分のなかにあるものが吸い取られていくような感覚がした。
『 減る感覚を感じるようになったのは、魔力の量が限界になってからじゃ…』
フラム様が以前教えてくれたけど、これが魔力の減る感覚なんだろう。違和感を覚えるけれど、私は決して地面から手を離しはしない。
………もうそろそろ……いいかな……。
目の前に広がる、草木が生い茂った光景に目を向けている私は手を地面から離して、はぁ〜…と深く息を吐く。
「ルミナス……」
頑張ったな。と後ろから優しく声をかけてくれたイアンが、手を差し出してくれる。私はその手を取って立ち上がると、辺りを見回した。私たちがいる周りには木が生えていなく草地が広がり、アルは馬を落ち着かせていて、マナはポカンと口を開けてキョロキョロと周りを見ている。馬も突然の光と草木が生えていったことに、人間と同じように驚くのは当然だろう。
「僕の魔力も…結構使ったね。」
そう言ったアクア様に、私は視線を向けて目を凝らす。アクア様の纏っている魔力が、かなり小さくなっていた。自分自身の魔力以外に、どうやらアクア様の魔力も私は使っていたようだ。これだけ草木が生い茂ったのは、そのお陰かもしれない。
風で葉が擦れる音がして、森の香りを私は深呼吸して自分のなかに取り込む。どこか懐かしくもホッとするような匂いに、私はなびいた髪を耳にかけて薄く笑みを浮かべた。
………また、上空から見てみないと……
目に見える場所は大丈夫だけれど、国全体が同じように変わった確証はない。
「アクア様、さっきは水場を考えていなかったので、きっと川がないと思うんです。減った魔力はどのくらいで回復しますか?」
「……1日休めば、ほぼ戻るけど…僕の魔力はまだあるから、魔法を使うのは問題ないよ。さっきまでと状況が変わったし、川くらい僕がやってあげる。」
それより、さ…と言葉を続けたアクア様は、気まずそうに私から目を逸らした。アクア様、リゼ様、フラム様…3人の表情は未だに晴れない。
「ルミナスちゃん、あなたは…っ…」
言葉を詰まらせたリゼ様は、くしゃりと顔を歪めて今にも泣きそうな顔をする。魔力の限界がきたことを、言わずとも察しがついているようだった。
「なぜ…ッ、何故じゃ…」
消え入りそうな声を漏らしたフラム様は、杖を固く握り締めていた。リヒト様が私を止めなかったことか…私が何の躊躇もなく魔法を使ったことか…あるいは、両方に疑問を抱いているようだ。
「アクア様、リゼ様、フラム様…私はファブール王国を再建して、女王として即位するつもりです。」
3人は目を見開いて、驚きを露わにする。
昨日……私は、馬車の中で思い悩んでいた。砂漠を村長達に見せる必要は無いとすぐに気づいたけれど、村長達が島から移るのに協力して、その後…私は何もせずにいて良いのか…少人数だとしても、村長達はファブール王国の民なのだ。私が生きているうちは大丈夫だとしても、ここが他国に侵されなかったのは砂漠だったからで、自然に溢れている土地だと分かれば将来的に…ここは他国に侵されてしまうに違いない。アクア様達に守ってほしいと、人任せにして良いのか…それとも…
そう悩み続けていた私に、馬車に入ってきたイアンが心配して声をかけてくれて、私は正直に悩みを打ち明けた。イアンの今後にも関係することだから……
そして、イアンから心強い言葉をもらったからこそ、私は……決意したのだ。
今アクア様達に向けて言った言葉を、昨夜リヒト様、アル、マナの3人にも馬車の中で伝えてある。私の決意が揺るぎないものと知って、賛同してくれた。
私がアクア様達から目を離さずにいると、リゼ様は私とイアンを憂いを帯びた瞳で交互に見て、自分の感情を抑えるように軽く息を吐いた。
「アクア…私も一緒に行くわ。」
「え……わっ!?」
リゼ様が風魔法で自分自身を宙に浮かせ、アクア様も一緒に浮かせる。私が旅をしている間にリゼ様は、他者を浮かせることもマスターしていたようだ。僕は自分の魔法を使うよ! とアクア様が強く言ってるけど、リゼ様は無視して空高く上がっていく。強い風で目を細めながらその光景を見ていた私は、よろしくお願いします! と2人に向かって声を上げた。木々がざわめく音で、2人に声が届いたか分からないけれど、風が落ち着くと私はもう一度軽く辺りを見回す。
………そうだ。セラスチウムの、花を……
地面に手をつき、セラスチウムの花々が咲き乱れる様子をイメージしながら、魔法を行使した。
島に行く前にやるべきことは、まだまだある。
………………
…………
「どうどう? 気に入った??」
アクア様が両手を広げて、明るく話しかけてきた。返答しようにも、目の前に広がる光景に見入っている私は口を開いたまま言葉が出ない。
「立派だな。」
「うむ。なかなかじゃのぉ…」
リヒト様とフラム様の満足そうな声と、リゼ様が「ふふっ」と軽く笑う声が耳に入ってくる。後ろにいる筈のイアン達の声が聞こえないから、私と同じように呆然としているのだろう。
………なんて、………。
湖の奥に建つ白亜の宮殿は圧巻で、その美しい外観は神々しくさえある。アクア様とリゼ様がなかなか戻って来なくて、昼食にしましょう。と指輪に向かって声をかけても、僕達はいらない、そこから動いちゃダメだからね。とアクア様に念を押すように言われて暫く私たちは留まっていた。大分経ってからリゼ様だけ戻ってきて、案内された先に笑顔のアクア様と宮殿が目に入ってきたのだ。
………これを造っていたから時間が掛かったんだ。
アクア様が私の手を掴んで引っ張り、呆然としていた私はようやく口を動かしてお礼を言えた。イアン達は馬車に乗って後ろから付いてきて、湖に大きな橋を架けたアクア様と一緒に私は橋を越えると、宮殿の中に足を踏み入れる。
外観の雰囲気そのままに重厚感のあるエントランスホールを眺めていると、宮殿内には様々な用途に使える部屋を沢山作ったとアクア様が説明してくれた。
「内装は手を付けてないから、あとはルミナスの好みで作ったら良いよ。」
「あ、ありがとうございます。」
圧倒されながらお礼を言って返すと、アクア様が照れたような笑みを浮かべた。リゼ様もアクア様にアドバイスをして造ったそうだ。あまりにも綺麗な建物に、私はソワソワと落ち着かない気分になる。
「ルミナスさんっ! 広い庭園を作って、花を沢山咲かせましょう!」
遅れてやってきた、マナの声が響き渡る。興奮した様子で、すごーいっ! と宮殿を見回しながら瞳をキラキラと輝かせていた。その後、食事をする部屋とお風呂場に魔法で手を加えて、アクア様にそろそろ魔力が〜と言われたから、他は徐々にやることにする。
エントランスホールで待っていたイアン達の所に行くと、大きな窓から夕日が差し込む。軽く皆で食事を済ませてお風呂に入り、各自部屋で休むことになった。
「ルミナスちゃん、私達はずっと一緒よ。」
「うん。不安に思わなくて大丈夫だから。」
「そうじゃ、そうじゃ。」
「わたしも側にいる。」
リゼ様、アクア様、フラム様、リヒト様…
廊下で4人が部屋に入る前、それぞれが柔らかい口調で優しく言葉を掛けてくれた。慈愛のこもった眼差しで見つめられて、私の心を温かく包み込んでくれる。
「……っ……ありがとう…ございます……。」
感謝の気持ちで胸がいっぱいになった私は、嬉しさのあまり、涙を堪え切れなかった。リヒト様がそっと指先で涙を払い、アクア様とリゼ様はぎゅっと強く抱きしめてくれて、フラム様はポンポンと軽く頭を撫でてくれる。
昨日から私は、泣いてばかりだ。
昨夜もイアンの言葉が嬉しくて泣いてしまい、こんな泣き虫で女王なんて務まるのかな…。と不安を零すと……
『 初めて会った時も俺の背中で泣いてたじゃないか。俺だけじゃなく、ルミナスを想う皆…ありのままのルミナスが大好きなんだ。』
そう言葉を掛けてくれて、イアンの腕の中で強く抱きしめられながら、再び涙を流した。
アクア様達に優しく宥められて、落ち着いた頃にはイアン、マナ、アルの姿がなかった。私達だけにしようと気を使って先に部屋へ入ったようで、そのまま私はアクア様達と別れ、静かに部屋の中に入る。
室内にある家具はベッドだけで、マットレスも布団もない。馬車から運んできた大きめの布が綺麗に畳んで置いてあるだけ。私はベッドに横になって体に布をかけると、天井を見つめる。
………マナとアルにも…私のことを、ちゃんと話さないと……
数年経てば、私の成長が止まったことに気づくだろう。その前に正直に話す必要があるし、今後を考えれば不安が過ぎるけれど……
私を支えてくれる沢山の人達の顔を思い浮かべて、とても穏やかな気持ちで眠りについた。
ルミナスは、この日魔人となった。
そして次の日に起こる予期せぬ事態に、凍りつく思いをすることになる。




