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空を仰ぐ者

 

「も〜〜〜っ! そんなに空ばっかり見なくても、日が暮れる前には帰ってきますよ!」


 ぷくっ、と頬を膨らませたマナは、アルをジト目で見る。ルミナスとイアンが絨毯に乗って空を飛んでいくのを見送り、馬の世話をした後、それからずっと馬車の後ろ側で2人は並んで座っていた。マナは2人きりになったチャンスに喜び、アルと距離を縮めようと話を振っていたが、アルは気のない返事ばかりを返して空を仰いでいる。


 はぁ、とマナが軽く溜息を吐き、暑さで額に汗をかいていると、アルは立ち上がって手ぬぐいを氷が溶けてきた方の桶に浸す。足をブラブラと馬車の外に出して揺らしているマナが、ここだと花も咲かないのかなぁ…と思いながら、ぼんやりと砂漠を見つめていると……


「〜〜〜っひゃ!?」


 ヒンヤリと頰に冷たい感触がして、不意を突かれたマナはビクッと肩を震わせた。


「もぉ――――っ!! なんですか!? ビックリするじゃないですか!」


「そろそろ水を飲んだ方がいい。コレを首に巻け。」


 そう言ってアルは、冷たくなった手ぬぐいと、水を入れたコップをマナに差し出した。普段素っ気なく接するアルが自分を気遣ってくれたことに、マナは嬉しくなって口元が自然と綻ぶ。お礼を言って受け取り、水をごくごくと飲んで喉を潤すと、手ぬぐいを首に巻いたマナは生きた心地がして、はぁ〜…と思わず吐息を漏らした。


「お前は喋りすぎだ。」

「そんなこと、ないですよ。」


 隣に腰を下ろしたアルをチラ見したマナは、プイッと顔を逸らしてツインテールの髪が揺れる。


「……お前、じゃなくて…ちゃんと名前を言って下さい。」


 顔を逸らしたままマナが不満そうに言うと、アルは目線を落とす。


「そうだな……すまない、マナ。」


 再び不意を突かれたマナは、ドキッと心臓が跳ねる。まさか、本当に名前を呼んでくれるとは思っていなかった。アルが口にしただけで、マナにとってそれが特別なもののように感じる。マナは暑さからではなく、心臓が早まり顔が一気に熱くなった。


「……? まだ暑いのか? 」


 顔が赤いのを暑さのせいと勘違いしているアルが、手ぬぐいをもう一度濡らそうと考えて首に手を伸ばす。


 アルの指先が首に僅かに触れた瞬間……


 マナは馬車から飛び降り、その俊敏な動きにアルは目を丸くした。


「だ、だだ、だ、大丈夫ですっ!」


 真っ赤になって動揺しまくりのマナは、(ども)りながら返して、肩で息をした。



 ふっ



 とても小さな音を拾ったマナは勢いよく振り返る。振り返って目にしたアルの表情は既に戻っていたが、確かに…笑みを零していた。


 ………笑った、よね?


 旅の間ルミナスの前でしか笑みを見せなかったアルが笑ってくれたことに、じわじわと胸の内に収まりきらないほどの嬉しさが込み上げてくる。


 ………ばかばかばかっ! なんで降りちゃったの〜!


 マナはアルが笑った瞬間を目にできなかったことに、自分自身の行動を激しく後悔した。


 トボトボと歩いて戻り、隣に座ったマナをアルは目だけで追うと、再び空を仰ぐ。マナは全く打ち解けてないと思っているが、以前のアルなら他者を気遣うことも、こうして隣に座らせることも有り得なかったことだ。ルミナスへの想い以外にも旅を通して、マナが口にした『 仲間 』という言葉を意識して、アルの心に変化を与えていた。


 それきりマナは口数が少なくなり、暫くの間2人はこまめに水分補給をしながらルミナスとイアンの帰りを待ち続ける。



「……あっ! 帰ってきましたよ!」


 馬車から降りたマナが声を上げ、空を指差す。

 馬に水を与えていたアルも、こちらに近づいてくる物体を捉えた。飛び立った時よりも速いスピードで砂の絨毯が高度を下げ、出迎えるアルとマナの前まで降りてきたが………


 ………? ルミナスさん……?


 マナはルミナスに抱きつくつもりだったが、ルミナスの思い詰めたような顔を見て、足を止める。アルも様子がおかしいことに気づいて声を掛けれなかった。


「お、おかえりなさいっ! 空から見てどうでした? 何かあったんですか?」


 マナは若干早口になりながら、ルミナスに話しかけた。力尽きたように砂の絨毯が崩れ落ち、ルミナスはマナとアルに視線を向け、すぐに目を伏せる。


「ちょっと……ごめんね。1人にさせて…」


 ルミナスの弱々しい声を聞いて、マナは目を瞬く。

 口角を上げて微笑んでいても、ルミナスが無理して作り笑いを浮かべているように見えた。暗い表情のルミナスが静かに馬車の中に入る姿を目で追い、姿が見えなくなるとイアンに視線が集中する。詳しく話せ、と言わんばかりの視線を2人から浴びているイアンは、馬車を見つめて2人には目を向けず、ただただルミナスを心配していた。イアンが何も言わないことに痺れを切らしたアルが、口を開こうとした矢先に……リヒトがイアンの影から出てきて姿を現わす。


「イアン、ルミナスの(そば)にいてやれ。」


 背後から話しかけられ、イアンは振り返る。


「ですが…」


 ルミナスが1人になりたがっていた為、イアンは躊躇するが「いいから、行け。」と低い声でリヒトに言われて、意を決したように馬車に駆け寄った。


「リヒト様…何があったんですか?」


 オロオロしながらマナがリヒトに歩み寄ると、リヒトは海を越えて島まで行き、ファブール王国の民に生き残りがいて、村長達から話を聞いてルミナスがまた来ると告げてから島を発ったことを説明した。


「……日が暮れる前に、移動した方が良い。」


 そう言った直後に強い風が吹いて砂が舞い、リヒトは鬱陶しそうに目を細めてマナの影に入る。マナとアルは御者台に乗り込むと、来た道を戻って砂漠から離れた場所で馬車を停め、ルミナスとイアンが出てくるのを少し距離を取って待ち続けた。


 日が暮れると気温が下がり、マントを羽織っていても体がブルリと身震いする。普段ルミナスの魔法に頼り切っていたため、火を起こそうにも周りに草木は生えていない。


 一向に出てこないルミナスとイアンのことが気掛かりだったマナは「そろそろ…食事にしませんか…?」と馬車の閉め切っているカーテン越しに、遠慮がちに声をかけた。



「あっ……そっか、もう日が暮れてたんだ。ごめんね、中に入ってきて大丈夫だよ。」



 帰ってきた時よりも元気なルミナスの声を聞いた2人は、そっとカーテンを開けて中に入る。リヒトが影の中から出てきて車内に5人揃うと窮屈だったが、木箱の上に座ってパンを食べ、簡単に食事を済ませた。




「イアンにも話したんだけど…聞いてもらいたいことが…あるんだ。」




 ルミナスは決意のこもった眼差しで、リヒト、マナ、アルの3人に目を向ける。その眼差しを受けた3人は、真剣な表情でルミナスの話に耳を傾けた。







 話が終わると、ルミナスは外の空気を吸おうと馬車から降りる。いつもなら明かりとして火の玉を浮かせるが、魔法を使わず馬車の(そば)に立つと、ルミナスに続いて降りてきたイアンも隣に並び立った。


 まるで示し合わせたかのように自然と2人は手を繋ぎ、夜空を仰ぐと無数の星の輝きが、とても綺麗に2人の目に映った。





お読みいただき、ありがとうございます。

次話 ルミナス視点になります。

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