ルミナスは、呼吸を繰り返す
村長と私が涙を流している間に男達は落ち着きを取り戻し、私とイアンに槍を向けたことに対して謝罪を述べてきた。村長も男達と一緒に頭を下げ、大丈夫ですよ。と笑顔で私が返し、村長の家に私とイアンは招かれることになった。
………アルとマナには、もう少しだけ待っていてもらおう。
男達が先導して私は村長と並んで歩き、木々の間を通っていく。道があるわけではないから、草が伸び放題でチクチクと足に当たり、くすぐったい。歩きながら村長に、どのくらいの人がこの島で暮らしているか質問をすると、大人と子ども合わせて20人いるそうだ。幼い子どもは浜辺で遊んでいた、3人だけだと教えてもらった。子供たちを宝物のように大切に想うからこそ、余所者の私とイアンが子供たちに危害を加えないか心配で、男達は必死だったんだろう。後ろを付いてくる子供たちは、私とイアンが一緒に来れるようになって、笑顔を見せていた。
少し開けた場所に出ると、家が何軒か建っていた。こちらです。と村長に案内されて、私とイアンは家の中に入る。木造の平屋は自然と一体になったような造りで、大樹が壁の一部となっていた。家の中はそれほど広くはなく、床には毛皮が敷いてある。島には、きっと様々な動物がいるのだろう。島での生活がどんなものか興味が湧いていると、幼い子たちが一緒に中へ入れなくて外で騒いでる声と、それを宥める少年の声が耳に入ってきた。
床に正座した村長は軽く肩を上下させて、並んで座った私とイアンを見ると口を開く。
「古くからの言い伝えで、王族のみが白を纏っていると耳にしていました。…その髪を見て、つい…先ほどは取り乱してしまいました。すみません……」
気恥ずかしそうに俯いて謝罪してきた村長は、どうやら私が王族の血を引く者だと、確信をもっているわけではないようだ。この島にいる経緯を私が尋ねると、村長は沈痛な面持ちで自分達のことを話し始めた。
30年前……沖合いで舟に乗って漁をしていた村人達は男衆が魚を取り、女衆は海に潜り貝類を取っていた。海女さんのようなものだろう。当時、村長を務めていたのも女性で、女王制のファブール王国では男と同じように女も働いていたようだった。
「その時私は12歳でした…。母と海に潜っていたんですけど…」
そう言葉を紡いだ村長は、重たい口を開いて続きを話す。男衆が騒ぎ出し、すぐに海から上がるように言われて舟に乗ると、浜辺には馬に乗った人の姿があった。きっと敵襲を知らせに来た兵士だろう。その直後、突然の光と突風により舟が流され、この島に辿り着いた。泳ぎが得意だった村人達でも殆どが亡くなり、生き残っていたのは僅かだけ。舟は破損して国に帰りたくても方角が分からず、ここで暮らしていく決心をしたそうだ。
「……外で聞き耳を立てている男達も、中に入ったらどうだ?」
村長の話がひと段落すると、不意にイアンが顔を振りかせて扉の方に向かって話しかけた。
すると…扉が開いて、気まずそうにしながら男達が入ってくる。先ほど槍を持っていた男達だ。もう手には何も持っていない。村長が仕方なそうに溜息をついて、男達は村長の後ろに並んで正座した。
「なんで、分かったんだ…?」
ぽつりと男の1人が零した言葉に、他の男達はチラチラとこちらに視線を向けて何も言わないけれど、同じことを考えているようだった。
「微かに聞こえる息遣いと…足音で分かる。俺は耳が良いんだ。それに俺たちが家に入る時、視線を感じたしな。」
腕を前で組み、胸を張るイアンは得意げに猫耳をピクピクと動かせる。私は全然気がつかなかった。
「この島を見つけられたのは、イアンのお陰よ。獣人は人間よりも身体能力が高いの。」
そう言って猫耳を優しく触ると、私の手を払いのけずに嫌がる素ぶりを見せないイアンは、人前で触られて恥ずかしかったのか、僅かに頰を赤らめていた。
「獣人…? 私達がいた頃とは…随分、変わったんですね…」
はぁ、と村長の口から吐息が零れる。30年という長い月日を、重く受け止めているように思えた。以前はどうか知らないけど、この場にいる村長達はどうやら獣人について全く知らないみたいだ。男達が互いに顔を合わせて「凄いなぁ…」とイアンに対して、感心するような声を漏らした。隣を見ると、イアンは誇らしげな表情をしている。『 凄い 』と聞いて素直に嬉しかったんだろう。
「あなた達は、ファブール王国から来たんですよね…?」
胸に手を当てながら期待に満ちたような顔で私とイアンを交互に見る村長は、どうやら国の現状を知らないようだ。いや…この島にいたら知る術などないだろう。
「村長だった母も…当時生き残った大人達は、何年も前に…亡くなりました。〜〜〜〜っ…ああ…! やっと…っ…やっと……!!」
私が返す間も無く言葉を紡いだ村長は拳を固く握り締め、耐えきれなくなったように顔をくしゃりと歪める。当時のことを思い返して、胸を痛めているようだった。村長と同じく、後ろの男達も目に力を入れている。
「国に帰りたい……それが、母達の悲願でした。死の間際まで、母国を想っていました! どうか、どうか…! 私達を国に……っ……」
お願いします! と村長が声を張り上げ、男達も後に続くように土下座する勢いで頭を深々と下げてきた。私とイアンが現れたことは、村長達にとって希望の光となったようで『 国に帰りたい 』という強い想いが、ひしひしと伝わってくる。
………国に、帰る……?
20人と言っていたから、砂の絨毯を大きくして乗せれば海を越えるのは可能だろう。けれどファブール王国は……もう、ないんだ。砂漠が広がる光景を目の当たりにした村長達が、泣き崩れる姿を目に浮かべた。
ファブール王国は滅びました。
もう貴方達の帰る国はありません。
この島で、生きて下さい。
そう、言うべきなんだ。早く、教えてあげた方がいい。けれど……頭を下げ続けている村長達を見つめて私は口を開いたまま、言葉が出なかった。喉の奥に何かが詰まったような、そんな息苦しさを感じて、私は浅い呼吸を繰り返す。
「ルミナス?」
ハッとした私は両手で顔を覆い隠して項垂れ、はー……と深く息を吐いた。イアンの声が私を心配しているように思えたから、きっと私は酷い顔をしていたんだろう。
「仲間を待たせているので、私達は戻ります。必ず、また来ますから……」
それだけ告げると、私は立ち上がって家の外に出る。村長達の顔を見れなかった。外に出ると他の家の扉が僅かに開かれていて、いくつもの視線を感じたけれど、私はそれらを振り払うように浜辺に向かって歩き続ける。子供たちは家の中で大人しくしているように言われているのか、姿が見えず、声も聞こえなかった。後ろから私とイアンの後を追ってくる村長達の声がするけど、考え事をしている私の耳に入ってこない。
私は浜辺まで来ると砂の絨毯を作って乗り込み、イアンが乗ったのを確認して、すぐに上昇させた。
「――――は……――――――!!」
村長と男達が何か叫んでいるようだけど、絨毯は空高く上がり、殆ど聞こえなかった。名乗らなかったけれど、魔法を使った私を目にして、王族の血を引いていると感づいただろうか。
「村長達…『 待ってる 』って、言ってたぞ。」
私は前を向いたまま「そう…」とイアンに素っ気なく返してしまう。それ以降私たちは黙ったまま、マナとアルの元に向かって飛び続け、風を切る音だけが耳に入った。
次話 別視点になります。




