ルミナスは、考えに耽る
………ここが…ファブール王国……
見渡す限り砂の広がる光景を眺めて、まるで砂の海のようだと思った。前世でテレビ越しに砂漠を見たことはあるけど、実際目にするのは初めてだ。マナが砂を手ですくい上げようとしたけど、慌てて手を引っ込める。う〜〜っ。と声を漏らしながら手を軽く振っているから、きっと熱かったんだろう。ただ立っているだけでジワジワと汗をかき、喉が渇いてくる。
昨夜は小屋の中で休み、今朝出発した私たちは枯れた大地の上を進み、途中で馬車を止めて昼食を済ませてから、ここまで来たけど……
「緑が、全くないな…」
静かな声が隣から聞こえて、私は顔を横に向ける。
憂いを帯びた瞳で足下を見つめるリヒト様の表情は、どことなく悲しそうだった。移動中に川や湖などの水場は一切なかったから、人が住める土地とは到底思えない。
「一体この砂は……どこまで続いているんだ?」
イアンの目でも、砂漠の終わりは見えないようだ。
遠くを見つめていたイアンが、私に視線を移して口を開く。
「ここに来た目的は、ルミナスの母上の生まれ故郷を見るため…それと花を咲かせたいんだよな? 」
「うん…荒れた大地を緑でいっぱいにしたいと思っていたんだけど……」
イアンに言葉を返した私は、考えに耽る。広範囲すぎて、イメージを上手くできる自信がない。ファブール王国の国土がどのくらいか分からないけど、砂漠の土地だけでも…と俯いて考えていた私は「そうだ… 上空から見ればいいんだ!」と閃いたことを口に出して、パッと顔を上げた。
「俺も一緒に…!」
「オレも主と…」
「はいはい! マナもっ!」
「わたしも見てみるか…」
「ちょ…ストップ! 馬車もあるから全員は無理だよ! すぐ戻ってくるから待ってて!」
いっぺんに話されてワタワタした私が早口で喋ると、念のため護衛は必要だ。とアルが真剣な顔で提案して、イアンとアルによってマナは問答無用で除外された。リヒト様は私の影の中へ入り、イアンとアルどちらかが一緒に付いてくることになったけど……
「「さいしょは、グーッ! じゃん、けん…」」
イアンとアルが向かい合って「「 ポンッ!! 」」と声を合わせて手を前に出す。その手には渾身の力を込め、2人の交わす視線は火花を散らしているように見えた。戦って決めようとした2人に、ジャンケンで決めたらどう? とマナが言って私も頷いたから、2人はジャンケンをすることになった。イケメン2人が真面目な顔でジャンケンをする姿は、意外とシュールだ。
「〜〜〜〜〜っ!!」
グーを出して勝ったイアンは、声を押し殺して拳を固く握り締めている。喜びを噛み締めているような姿を見て、私はくすっと小さく笑みを漏らした。肩を落として自分の手の平を見つめるアルは残念がっているけど………勝敗は決した。
「マナとアルは、ここで待ってて。……あっ、水分補給を忘れずにね。馬車の中にいた方が涼しいかも。そうだ、馬にも水を飲ませてあげて。」
両手で持てるサイズの桶を魔法で2つ作り、1つには水を張って、もう1つにはブロック型の氷を沢山入れる。私が離れている間に、2人の体調が悪くなったりしないか心配だった。アルとマナが「分かった。」「大丈夫ですよっ!」と言葉を返し、桶を馬車内に移動させる。
………さてと…試してみようかな。
私は皆から離れ、砂に向かって手をかざす。
ヒンヤリと冷たい風を吹かせて砂を巻き上げると、砂一粒一粒がしっかりと、くっつき合うようにイアンと私が乗れる大きさで砂の絨毯が出来上がる。風を下から当てて浮かせ、魔法の絨毯をイメージした。
………よし、これなら大丈夫かな?
空を移動するなら、少し怖いけど飛べた方が便利だ。旅に出る前にグラウス王国でリゼ様と空を飛ぶ練習をして、リゼ様は自分自身を風魔法で浮かせて飛んでいたけど、私は怖くなってやめてしまった。けれど、何かに乗ってなら大丈夫な気がする。
「こ、これに乗るのか…?」
正座して絨毯に乗り、砂が崩れないようにイメージを強くもっていると…後ろから不安そうな声がして私は顔を振り向かせる。オレが代わるか?とアルに話しかけられたイアンは首をブンブン振って、意を決したように絨毯を睨みながら、足を乗せた。
「イアン、怖かったら私の腰に掴まっていいよ。」
「だ、大丈夫だ!」
怖くなんかないっ! と頰を赤らめて声を上げたイアンに、座りながら掴めるように小さな手すりを作った。胡座をかいて手すりに掴まったイアンを確認すると、私も自分の前に手すりを作り、しっかりと掴まる。
「行ってくるねっ!」
アルとマナに声をかけ、風魔法を維持しながら徐々に上空へ上がっていく。ちらっと下を見ると、マナが大きく手を振っている姿が見えた。私は前を見据えて、ゆっくりと絨毯を進ませる。上から見ても、砂漠の光景がどこまでも広がっていた。ふぅ、と息を吐き、片手を離した私は額の汗を軽く拭う。
「ルミナス、フードを被っていた方がいい。」
後ろから声がしたのと同時に、頭にフードを被せてくれた。ありがとう。と私は前を見たまま返す。リヒト様以外は陽の光を肌に直接浴びないようにマントを羽織っていた。イアンもきっとフードを被ったのだろう。ジリジリと照りつける太陽に、夏が戻ってきたように感じる。暫く真っ直ぐと進み、終わりの見えない砂漠を私とイアンは絨毯の上から眺め続ける。集中を切らさないようにしているから、私の口数はどうしても少なくなっていた。
「……海が見えてきた……。」
ポツリと零したイアンの声を拾った私は、前方に目を凝らす。砂漠の終わりが見えてきた。
絨毯の高度を徐々に下げると、地に足を付けて砂の絨毯を元の砂に戻す。海から吹いてくる風で砂ぼこりが舞った。目を固く瞑り、開いた先には広大な海が広がっている。グラウス王国で見た景色と同じだ。
………国土の殆どが、砂漠化してしまったのかな。
海を見つめながら、私は土地全てを緑に変えるとなれば、魔力を相当消耗するんじゃ…アクア様に連絡を取ってからの方が良いかな…と考えに耽る。
「……ん? なんだアレ……」
怪訝そうに呟くイアンの声が耳に入って隣を見ると、イアンも私と同じように海を眺めていた。何か変わったものが見えるのか…金色の瞳は何かを捉えているようだった。
「見に行ってみる?」
イルカ か クジラ でも見たのかなぁ…と思いながら、軽い気持ちでそう言った私は魔法を行使して、再び砂の絨毯に乗った。「ん…アレが何か気になる。」と言って後ろに乗ったイアンは、海の先をジッと見つめたままだった。
空を飛ぶのに慣れてきた私は、ぐんぐんスピードを上げて海の上を飛んでいく。風でフードが落ちて「わっ!」と驚いた声が聞こえたから、慌てて急停止させた。私の長い髪がイアンの顔にかかってしまったようだ。………ごめん。調子に乗っちゃった。
フードを下ろし、ぶるぶると首を振ったイアンを見て、私は安全運転で絨毯を進ませる。
………え? アレって………
目に飛び込んできたものに、私とイアンは絨毯の上に乗ったまま、言葉が出なかった。




