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ルミナスは、頰が引きつる

 

 町を出てから馬車は、道なき道を進み続けた。


 イアンが手綱を操って森に入ると木にぶつからないように進み、森を抜けた先は崖だった。吊り橋が架かっていたけど幅が狭く、かなり古い。馬車が通れなくて困った私は、シルベリア領で見た橋をイメージしながら新たな橋を魔法で作り、私たちは橋の向こう側に渡り、国境を越えた。


 日が暮れ始めていたから馬車を停めて、橋の近くでいつも通りに小屋や、テーブルと椅子を魔法で作り出して休んでいると……



「……(あるじ)と、2人きりで話がしたい。」



 唐突にアルから投げかけられた言葉に、大きな岩の上で胡座をかいて座っていたイアンがずり落ちて、スタッと綺麗に着地する。マナは手に持っていた食べかけのパンをポロリと地面に落として「あっ…勿体ない!」と言いながら拾って口に入れようとしたから、私は肩を掴んで慌てて止めた。リヒト様はじゃがバターを気に入ったようで、黙々と食べている。町を出てすぐに村人に呼び止められ、沢山の芋や野菜をもらったのだ。


「みんながいる前では…話せないこと?」


 アルが静かに頷いて返すのを見た私は視線を移し、食べ終わっていたリヒト様と目が合う。


「……離れている。済んだら声をかけてくれれば良い。」


「ダメだ…!」

「だめですっ!」


 イアンとマナが同時に声を上げたけど、あっという間に影の中へ引きずり込まれて、リヒト様自身も影の中に姿を消した。ごめんね、と2人に向かって心の中で謝り、何の話か気になった私はソワソワしながらアルに視線を向ける。


 すっかり日は落ち、辺りは虫の鳴き声が僅かに聞こえるだけで、とても静かだ。小さな火の玉を明かり代わりに宙にいくつも浮かせてあるから、私とアルの周りは明るい。橋の向こう側は木々が生い茂って暗闇に包まれているけど、こちら側は木々が少なく、見える範囲では草も疎らにしか生えていない。


 ………悩み相談……とか?


 旅の間、イアンとも仲良くやってるようだけど、何か心配事とかあるのかなぁ…と考えながら、アルが口を開くのを待っていると……


(あるじ)と初めて会った時、オレの名前を知っていたことが疑問に残っていた。前世で、オレと出会っていたのか?」


 銀色の瞳が真っ直ぐ私を見つめ返し、どきりと胸を刺されたような思いがした。


「会ってない、よ。アルの名前を知っていたのは…その……偶然、耳にして……」


「そんな筈ないんだ。オレは暗殺者になってから、ルミナスに出会うまで…誰にも名を教えず、誰にも名を呼ばれることはなかった。」


「えっ! そ…そうだったんだ。あ、ああ〜…じゃあ、たまたま口にした名前が合ってたのかな? すごい偶然だねっ!」


 頰を指でかきながら、アハハと無理やり笑っていると、アルは再び口を開く。


「話したくないなら、別に構わない。地下室でクレアと話していた内容から推測したが……前世の記憶をもつことに関して、否定はしないんだな。」


 まるで尋問するような口調で話すアルに戸惑いを感じて、私は頰が引きつる。予想外の事態に、頭が追いつかない。


 ………うわぁ〜〜〜っ! あの時クレアと、どんな話してたっけ!?


 地下室に閉じ込められて、アルの前で普通に話していた気がするけど…分かっていなかったみたいだったし、色々あったからアルも忘れてくれてると思っていた。公爵がクレアを攫った目的は前世の記憶にある知識を欲したからだし、アルもクレアが前世の記憶をもつと信じたんだろう。確か、あの時…私とクレアは互いに、前世の名前で呼び合っていた。


 伏し目がちに考えを巡らせていると、視界が真っ暗になる。私の意識が火の玉に向いてなかったから、全部消えてしまったようだ。半袖のままでいたから、寒く感じて、ぶるりと身震いする。再び火の玉を宙に浮かせると、正面に座っていたアルがいなくなっていた。


 ………あれ? どこに……


 名前を呼ぼうと口を開きかけた矢先に、背後から温かいものに体を包まれる。


(かおる)のことを、教えてくれ。オレは…ルミナスの全てを受け入れる。」


 耳元で甘く囁かれ、私はビクッと肩を震わせる。

 マントを羽織っているアルが、私を包むように後ろから抱きしめていた。誘惑するような色気のある声を聞いて、心臓が落ち着かない。


 ………か、薫って……! その声で、前世の名前を呼ぶのは反則だよ……!!


 体が強張って動けないでいると、火の玉が心の動揺を表すようにユラユラ動き、それを見て少し落ち着きを取り戻した私は、火の玉を固定させる。


「……手を離して。」


 姿勢を正して拒絶するように言うと、静かに離れたアルは、私の正面に座り直した。


「アルの気持ちは嬉しい。けど、前世に関しては…イアンに打ち明けてからアルにも話すから……もう少し、待って。」


 テーブルの上にあるカップを取って喉を潤す。

 緊張で変な汗を掻いた。


「分かった。」


 寂しさを漂わせた瞳を見て、チクリと心が痛む。

 アルが私を想ってくれるのは素直に嬉しい。でも、私は同じ想いを返すことはできない。


「なんで急に…私の前世を知りたくなったの?」


 アルは他言しないと、確信めいたものがあった。

 クレアとの会話を聞かれて前世の名前も知られているし、私は前世の記憶をもつことについて否定はせず、疑問に思ったことを質問する。


「オレは一時期クレアの行動を観察して学園に忍び込んだこともあるが…平民と同じ目線に立とうとするルミナスは、学園にいた頃とは別人だ。旅の間や町民達と接するルミナスの姿を目にして、前世の記憶が関係してるのかと思った。」


 自分の推測を語るアルの鋭い観察眼に、私は目を剥く。イアン達は知る術がないけど、学園生活をしていた時の私は傲慢な貴族そのものだった。


「……ルミナスと2人きりになれる機会は、なかなか無い。グラウス王国に行けば尚更だ。まだ、イアン王子に打ち明けていないようだから、その前に…と…」


 言葉が途切れ、アルは自身の胸に手を当てる。


「ただ(そば)にいれれば…そう思っていた筈だった。自分が、こんなに欲のある人間だとは……」


 火に照らされたアルの顔は、自らを(あざけ)るような笑みを口の端に浮かべていた。私が拒絶したことに対しての、寂しさや悲しみの感情が胸に湧いてるように見える。私が口を閉ざしたままでいると、目を瞑り、軽く息を吐いたアルは、胸から手を離す。


「……すまない。無様なところを見せた。」


 少し気まずそうに私から目を逸らしているアルを見て、私は口角を上げる。


「みっともなくて、別にいいと思う。私も…人は誰だって完璧じゃないから。」


 ふふっと私が軽く笑うと、アルは目元を綻ばせる。

 どこか安心したような表情を見せるアルは、私がどう思ったか不安になっていたんだろう。他に話があるか聞いてみると、人払いをしたのは前世の記憶について私から聞くためだったそうだ。リヒト様に声をかけるね。と言ってから、私は指輪を口元に近づけて呼びかける。すると3人は、すぐに影の中から姿を現した。


「アルっ! ルミナスに何もしてないだろうな!」


「ルミナスさん! アルさん! 2人で何の話をしてたんですか!?」


 2人が勢いよく迫ってきて、私はギョッとする。


「あ、あのね…アルが、グラウス王国で自分を受け入れてもらえるか、ふ、不安に思っていたみたいで…相談を受けたの。」


 咄嗟に嘘を吐いてしまった私に「 そうだ。」とアルが、話を合わせるように相槌を打ってくれた。


「……不安? そんなこと思っていたのか。強い奴は多分、歓迎されるが…」


 隊長からのキツイ洗礼が待ってるぞ。と言ったイアンが、意地悪そうな笑みを浮かべる。サリシア隊長がアルを負かすところを想像しているようだ。


「怪我をしたらマナが介抱しますから、大丈夫ですよ! 安心して下さい! 」


 胸を張ったマナが、へらりと頬を緩ませた。一体どんな想像を膨らませてるんだろうか。


「ルミナス。じゃがバターを食べたい。」


 いつのまにか椅子に座ったリヒト様が、皿を掲げてお代わりを要求してきた。無表情のリヒト様の口から『 じゃがバター 』と出てきたことに、思わず私はクスっと笑みを漏らす。



「みんなで、また食べよっか。」



 そう声をかけてマナと私で準備に取り掛かり、イアンは椅子に座ってアルにグラウス王国のことを話し始めた。自分の国について語る時のイアンは、生き生きとしている。


 ………嘘、ついちゃったなぁ……


 アルに待っててと言ったけど、イアンに打ち明ける勇気が未だにない。イアンは私の話を信じてくれるだろうけど……





 





 胸の奥に湧いてきた不安な心に、そっと私は蓋をした。




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