ルミナスは、国境を越える
「おはようございます! 朝ですよ〜〜っ!」
「……ん。おはよ…」
明るい声を聞いて目が覚めた私が天井から視線を移すと、ニコニコと笑顔のマナが視界に入る。
………昨日はアルと寝れなくて残念がってたけど、機嫌良さそう……
上半身をゆっくり起こすと、マナはベッドから降りて、ん〜〜っ。と大きく伸びをしていた。
………イアンとアルも起きてるかな?
ドキドキしながら魔法で昨夜作った衝立をなくすと、窓から差し込む陽の光が当たっているベッドには………誰もいなかった。
ふぅ。と軽く息を吐き、軋んだ音を立ててベッドから降りた私は窓まで移動する。窓を開けると、涼しげな風が頰を撫でた。案の定、広場にはイアンとアルの姿があって、2人で朝の鍛錬に励んでいるようだ。
「ちゃんと寝たのかな―…」
窓枠に手をつきながら独り言を呟くと「2人で仲良く寝てましたよ〜。」後ろからマナの声がして、私は振り返り、え…? と思わず声を漏らした。
………もしかして、早起きして……見たの?
う、羨ましい。2人がベッドで一緒に寝るレアなシーンを是非、拝見したかった。マナから詳しく聞こうと思ったけど、私が窓を開けた音を拾ったのだろう。すぐにイアンとアルが部屋に戻ってきて、聞くことができなかった。
「朝食の準備が出来たら、呼びに来ると言っていた。」
アルの言葉通り、帽子を被り身支度を整えている間にカリアさんが部屋に訪れ、私たちは一階に降りて朝食を頂く。昨日手伝いをして疲れたようで、目をこすりながら降りてきたハル君も、一緒に食べよう。と私が誘い、カリアさんとヤンさんも朝食がまだだったようで、2人も誘って皆で和やかに会話しながら食事を楽しんだ。
「いつもの持ってきたよ。」
「はいはい、ご苦労さん。」
アルとマナの2人が馬車に荷物の積み込みをして、イアンがカリアさんに宿泊代金や購入した酒代を払っていると…扉から青年が入ってきた。席についたまま私とジャンケンをして遊んでいたハル君が椅子から降りて、タタッと走り、青年の腰にしがみつく。
「ねぇねぇ! 今日こそ一緒に連れてって! 俺もやりたいっ!」
ハル君の勢いに青年は困り顔をしていたけど、カリアさんに一喝されてハル君は渋々引き下がり、青年はハル君の頭を優しく撫でて外に出ていった。けれどハル君は席にトボトボ戻ってきて、ふくれっ面のまま面白くなさそうな顔をしている。さっきの人は…? と私がカリアさんに尋ねると、ハル君のお兄さんは酪農をしていて、チーズやバターを持ってきてくれるそうだ。ハル君はお兄さんが来る度に同じようなやりとりをしているのだろう。
時鳥亭の外に出ると、広場にはぞろぞろと人が集まっていた。昨日いた奥さん達や子供達が、私たちの見送りに来てくれたようだ。パン屋の方から、パンが入っているであろう袋を肩にかけて走ってきたアルが、奥さん達に見つからないように車内に体を滑らせ、身を隠していた。
「良かったら持っていっておくれ。日持ちしないから早めに食べるんだよ。」
カリアさんが先ほど青年から受け取ったチーズとバターを分けてくれて、わあっ…! とマナが嬉しそうに声を上げた。
「お世話になりました。昨日食べたピザが凄く美味しかったから、また食べに来たいです。」
ニコッと私が微笑むと、カリアさんとヤンさんは、キョトンとした顔をしている。
………あっ! つい…『 ピザ 』って言っちゃった。
私の脳内ではピザだったけど、料理名は付いていなかったようで、カリアさんがピザ…? と私の言葉を反復して首をかしげる。「え、えっと…適当に料理に名前を付けちゃいましたぁ〜」と私は誤魔化して苦笑いを浮かべた。「そうかい、そうかい。今度からウチで、ピザって呼ぶことにするよ。」と言って、腰に手を当てながらアハハッとカリアさんが軽快に笑う。
御者台にイアンと私が乗り、マナが車内の方に乗り込むと、後ろのカーテンはしっかりと閉められていた。奥さん達が、アルの行方を探してソワソワしてるけど、アルは顔を出す気はなさそうだ。ハル君や広場に集まった町民達に手を振って別れた私たちは、城門に向かって馬車を進ませる。この町には門は入って来た時に通った一箇所だけだと、朝食の時にヤンさんが教えてくれた。
暫く街中を進むと、城門の前に人が集まっているのが視界に入る。装いから兵士達だろうと思っていると、人垣を分けて前に出てきたライオネスの姿を見つけた私は、馬車が止まると御者台から降りた。
「若様ぁ…なんで、めかし込んでるんだ? 」
「いつもの作業着が見慣れてるから、なんか変な感じするなぁ…」
「あの服だと牛の世話できないな。」
兵士達が自分達の前に立つライオネスを、ジロジロと遠慮なく見ている。礼服に身を包んでいるライオネスはビシッと決まってカッコ良く登場したけど、男達の話声を耳にして拳をつくり、プルプルと肩を震わせていた。
「お前達、うるさいぞ! 僕は当主代理として…旅の方々を見送るために来たんだッ! こ、この服装は……間違っていない!」
振り向いて声を上げたライオネスが姿勢を正し、正面に立つ私と目が合うと、真っ赤になって俯いてしまった。
………あっ、ごめんね。
ライオネスと兵達のやりとりを見て微笑ましい気持ちになった私は、口元を手で隠しながらクスクスと笑っていたけど、どうやら私が笑ったことに気づいたみたいで、ライオネスは恥ずかしそうに顔を歪めている。
………ライオネスが、作業着で牛の世話を……
つなぎ姿で牛を追いかけ回してる、ライオネスを想像した。町民との距離感が近く感じたのは、そうやって牛の世話を日頃しているからだろう。
「……あの……国に、帰られるのですか?」
私との距離を詰めたライオネスが声を落として尋ねてきた。兵士達に聞こえないように、配慮してくれてるみたいだ。
「国境を越えて、ファブール王国のあった場所に向かうの。それから国に帰るわ。」
私も声を潜めて返すと、ライオネスはギョッと目を見開く。
「あ、あの地には…決して踏み込んではならないと、父上から聞いてます。僕は行ったことがありませんけど……道も無いと思いますよ。」
真剣な眼差しで私を見つめるライオネスは、私たちのことを心配して言ってくれたのだろう。どうやらファブール王国の名を知っていたみたいだ。30年前…ライオネスは産まれてないけど、領主なら当時のことを知っていたかもしれない。
「そう…教えてくれてありがとう。でも平気よ。」
「なぜ…何のために…っ…危険でございます。」
「どうしても、行きたいの。」
キッパリと私が言うと、ライオネスは眉尻を下げて不安そうな顔をする。
「道中…どうか…お気をつけて下さいませ。」
「今度この町に来る時は、もう少し長く滞在して牛の世話をしてみたいわ。」
ライオネスは碧い瞳を輝かせて、今までで一番イイ笑顔を見せてくれた。
「若様ぁ! 俺たちにも話をさせて下さいよ!」
「旦那さんが待ちくたびれてますぜっ!」
「く〜〜! オレも嫁さんがほしいッ!」
兵士達が口々に声を上げた。
ライオネスが御者台に座るイアンに視線を向けて、申し訳なさそうな顔をして頭を軽く下げる。
「みなさん、お元気でっ!」
イアンの手を借りて御者台に乗り、馬車に揺られながら声を張り上げた私は、満面の笑顔で手を振る。門兵のリエットさんと兵士達は大きく手を振り返し、みんなから温かい笑顔で見送られた。
その日の夕方……
私たちは、ついに国境を越える。




