立ち尽くす者
「あ、アルさんっ! マナと一緒に寝ましょう!」
「いや、オレは主と…」
「はあ!? だ、ダメに決まってるだろッ! 」
ライオネスが時鳥亭を出て、ルミナス達が二階に上がり、洗浄魔法で全身を綺麗にした後。シンプルな造りの室内はシングルベッドが2つ壁際に並んでる。そろそろ寝よっか。とルミナスが声をかけると同時に、3人は向かい合って誰がペアになって寝るか話し合いを始めていた。手の平サイズの小さな火の玉が宙に浮いて、室内を明るく照らしている。3人の話し合いを、ルミナスはベッドに座りながらぼんやりと眺めていた。ちなみにリヒトは、今夜は影の中で過ごすから大丈夫だと、夕食前ルミナスに伝えてある。
コンコン
扉を叩く音に反応して、すぐに火の玉を消したルミナスが「は〜い。」と応じる。薄暗いなか、壁を伝いながら慎重に歩いたルミナスが、ドアノブに手を伸ばしてゆっくりと開けた。窓のカーテンは開けたままで、室内は月明かりが差し込む。夜に行動することが多かったアルや、イアンとマナの眼なら特に問題ない暗さだ。
「あっ、カリアさん。……どうしました?」
蝋燭を立てた手燭を持ち、手提げ籠を肘にかけているカリアを見たルミナスは首をかしげる。
「あまりお酒を飲めなかったんじゃないかい? これはサービスするからね。」
籠の中には、ワインボトルとカップが入っていた。
籠を受け取って中を見たルミナスは「ありがとうございます。」とお礼を言って満面の笑みを浮かべ、その笑顔につられるようにカリアは口元を綻ばせる。酒を飲んでいた男達の喧騒は2階にも聞こえるほどで、ルミナス達が2階に上がった後に、カリアが一喝して男達を家に帰らせていた。店の売上より、旅人さん達が休めないんじゃ…と心配に思ったからだ。
「ゆっくり休んでおくれ。また明日ねぇ…」
温かい目で見つめるカリアに「おやすみなさい。」とルミナスが笑顔で返してそっと扉を閉めると、振り返って再び火の玉を浮かせて歩く。
「……はい。私はもう寝るから、飲んでいいよ。」
にこっと笑みを浮かべてイアンに籠を手渡すと、マナを手招きして2人はベッドに向かった。床に手をついたルミナスが魔法を行使すると、並んだベッドの間に背丈ほど高さのある衝立が出来上がる。
「アルさんの寝顔を見る、絶好の機会だったのになぁ〜。」
独り言を呟いたマナは、ぷくっと頰を膨らませた。
「そう? マナが眠れなくなっちゃうよ。」
ふふっ、と軽く笑ったルミナスは、マナの頰を人差し指で突いてしぼませる。御者台で肩が触れただけで真っ赤になっていたのを知ってるルミナスからしたら、マナがアルとベッドで寝るのは無理だろうと考えていた。
「リヒト様。イアンの影に移って下さいね。」
足下の影に視線を向けると、影は頷くように動いてすぐ元に戻る。リヒトが移動したと思ったルミナスは、籠を持ちながら呆然としてるイアンに向かってニッコリ微笑んだ。
「おやすみ。また明日ね。」
「おやすみなさい〜。」
「え? あ、ああ…おやすみ。」
「お、おやすみ…」
ルミナスとマナに、イアンとアルは、ぎこちなく返す。ベッドに背中合わせで横になって、布団を掛けた2人は「狭いね。」「大丈夫ですか?」と小声で話しながら、クスクスと笑い合っていた。イアンとアルは、ルミナスとマナの方をなるべく見ないようにして空いたベッドに視線を移し、その場から動けずに立ち尽くす。
俺が…
オレが…
コイツと、ベッドで……?
2人の考えていることは、同じであった。
一瞬目が合った2人はすぐに目を逸らして、2人の間に気まずい空気が漂う。ルミナスは男同士で1つのベッドに寝るのはアリだと思っているが、2人には全くその気はない。マナはアルと一緒に寝れないのが残念で、イアンが羨ましいとさえ思っていた。
最初に動き出したのは……アルだ。
空いたベッドまで足音を立てずに歩くと、床に座り、片膝を立て、ベッドに背中を預けて軽く息を吐く。仕える身となってもルミナスに対する想いは消えることなく、共に旅をして、想いは募るばかりだ。
遅れて歩いてきたイアンは、どかっ、とアルの横に腰を下ろす。なぜ隣に…? と思いながら怪訝そうな顔をするアルに、イアンは籠からボトルを取り出してワインをカップに注ぐと、無言のままアルに差し出す。ルミナス達の寝る邪魔にならないよう、なるべく気配を消して静かにした方が良いと考えたアルは、無言でカップを受け取った。互いに言葉を交わすことなく、カップを傾け、見上げれば窓からは欠けた月が覗いてる。
………ファブール王国……
アルは窓越しに夜空を見ながら、次の目的地について聞いた話を思い返す。同行することになって、ルミナスは自分が王族の血を引いていることを打ち明けていた。滅びた経緯を話してはいないが、30年前に滅びたファブール国の名を、マナとアルはその時に初めて知った。
『 人が誰も住んでいなくても、荒れた土地でも…私はお母様の生まれ育った場所に行ってみたい。そして、その土地にセラスチウムの花を咲かせてみせる。』
地面に手をついて一輪の花を咲かせたルミナスは、初めて目にしたアルに手渡した。
白色の花びらに銀色の葉。
それはアルの目に、鮮明に焼き付いている。
まるで主のようだ……
そう思い、アルは愛おしげな目で花を見つめて、カップに水を張って刺すと、枯れてしまうまで大切に、大切に、扱っていた。図らずもそれは、マナにとってアルの好感度を上げる行為となった。
静寂に包まれた室内で、すーすー、と微かな寝息がイアンの耳に入る。
……ルミナスとマナは寝たみたいだな……
イアンは無意識にカップを持つ手に力が入り、顔を横に向けて口を開く。
「……昼間、お前は……その……見た、のか?」
声を潜めて質問したイアンに、アルは目を丸くした。突然話しかけてきたことも驚いたが、一体何を見たのか……質問の意図が分からなかった。真剣な顔をしてるイアンから目を逸らしたアルは、目線を落として昼間の出来事を思い返す。
「いや……見てない。」
「そうか。なら、別にいい。」
アルの返答を聞いてホッとしたイアンは、ぐいっとカップを傾ける。
アルは嘘をついた。
正直に言えばイアンが声を荒げ、ルミナス達の安眠を妨害してしまうと考えたからだ。ルミナスの背後に回り込んだハルの動きを目で追っていたから、バッチリ見ていた。それはイアンも同じである。
………あの時に着てたやつだよな。アルに見られてなくて良かった………いや、コイツ……本当は見てたんじゃ……
そう思いながら、イアンはジト目でアルを睨む。
アルは表情を変えないまま、平然として窓に視線を固定していた。アルの心の内を全く読めないイアンは、軽く肩を上下させる。スカートがめくられた時にイアンとアルが目にしたのは、ルミナスが王都で買ったセクシーな肌着。勝負時だけに着ようとしていた肌着を、ルミナスは着心地が良く、服の下だから誰にも見られないと思って頻繁に着ていた。スカートをめくられたことに驚いて、見られたことに関して未だに本人は気づいていない。
それ以降2人は言葉を交わすことなく
翌朝……
日が昇る前に早起きしてアルの寝顔を見ようとしたマナは衝立から顔を覗かせて、空のワインボトルと床に座ったまま眠ってる2人を見て……
見ないふりをして二度寝した。




