ルミナスは、視線を浴びる
夜になると時鳥亭は、昼間の静けさが嘘のように喧騒と熱気に包まれて、満席となっている。天井から吊り下げられられてる鉄製のシャンデリアには蝋燭の灯りが揺らめいていた。
「おーい! 飲んどるかぁ!?」
「アンタ、本当にイイ男だなぁ!」
「なぁなぁ、旅の話を聞かせてくれよっ!」
「王都から来たって? まさか貴族様…」
「まっさかぁ〜それは、ちげぇよ! リエットが夫婦って言ってたろ! それに貴族様が田舎町にわざわざ来るかって〜」
「そりゃあ、そうだなあ!」
こんがりと日焼けした肌に逞しい体つきの男達が、ジョッキを片手に口々に喋り、ガハハハハハハ!と豪快な笑い声が響く。アルは喋りかけられても何の反応も返さずに、黙々と食事の手を進めていた。男達はアルから質問した答えが返ってこなくても特に気にした様子はなく、自分達で結論を出している。私たちは2組の夫婦で、旅をしてると思われてるようだ。
カウンター席の端には門兵のリエットの姿があり、私たちの席以外は男達で席が全部埋まっている。誰も鎧も付けず剣も腰に下げていないけど、きっとこの人達は兵士なんだろう。リエットから話を聞いた人や、昼間の奥さん達から話を聞いて来たのかもしれない。またしてもアルが標的となって、肩を遠慮なく叩かれたりしてるから、少し可哀想になってきた。
「旅人さん達を困らせるんじゃあ、ないよ!」
カリアさんが両手に大皿を持ち、男達のテーブルに置いて声を張り上げた。「おぉッ!」「分かってるって!」と男達は口々に返事を返し、ジョッキを掲げる。やれやれ…と溜息混じりに零しながら、カリアさんはカウンターに戻ると、今度は私たちの席に来た。
「うるさくって、すまないねぇ。」
リンゴは好きかい? と聞かれて私が応じると、カリアさんは柔らかく目元を綻ばせて、テーブルの上に皿を置いた。皿には食べやすいようにカットされた、リンゴが載ってる。
「こんなに賑やかなのは久しぶりだよ。みんな旅人さん達に興味津々だけど、無理して話に付き合わなくて良いからね。」
そう言ってカリアさんは、イアンとアルから空いたジョッキを受け取り、再びカウンターに戻る。
男達が来たのは、日が暮れた後。
私たちが食事をするために、席についてからだった。客が押し寄せてヤンさんとカリアさんは忙しく、私たちも食事中だった為に席を立てず、ジロジロと物珍しそうな視線を浴びている。
………これ食べて、エール飲んだら部屋に戻ろう。
食事は美味しく頂き、シャクシャクと私はリンゴを食べる。はい、とマナにお皿を手渡していると、テーブルの間を通り、ハル君がジョッキを手に持って私たちのテーブルまで来た。客が多いからハル君は、文句を吐きながらも手伝っているのだ。
「……ドーゾ。」
ハル君はムスッとした顔をしているけど、落とさないように気をつけて、イアンとアルにジョッキを渡した。
「お手伝い偉いね。頑張って。」
そう言葉を掛けて頭を撫でてあげると、頭にタンコブができていた。カリアさんか、ヤンさんに叱られたのかな…と思っていると、ハル君は顔を真っ赤にさせ、ゆっくりと口を開く。
「……………なさい。」
その声は小さくて、周りの喧騒に掻き消される。
殆ど聞こえなかったけど、昼間のことを謝ろうとしてくれたんだと察しがついた。
「怒ってないから大丈夫だよ! もうしないでね! 」
ハル君に聞こえるように声を大きくしてニッコリ微笑むと、私の声が届いたようで、ハル君はホッと息を吐き、安心したような笑みを浮かべた。
「綺麗な声してんな!」
「帽子取って顔を良く見せてくれねェかな〜。」
「なんで3人とも帽子被ってんだ?」
近くの席にいる人達の声が、耳に入ってくる。
外に出てる時は良かったけど、室内でずっと帽子を被ってることに違和感を感じているようだ。
「……あれ!? オイッ! 若様がいらしたぞ!」
出入り口の扉近く、席に座っていた人が立ち上がって声を上げると、喧騒が増した。扉が開いて誰か入ってきたようだけど、男達が一斉にガタガタと椅子から立ち上がり、視界が塞がれて見えなくなる。カウンターの方からカリアさん、ヤンさんが慌てた様子で扉の方に向かい、ハル君は私の側にいるままだ。
「楽しんでる所を邪魔して悪いね。みんな座っていいよ。」
先ほどまでの喧騒は急に鳴りを潜め、足音と金属音が段々とこちらに近づいてくる。『 若様 』と聞いて、どんな立場の人が来たか大体の予想はできた。男達が次々と椅子に座ると、紺色のマントを羽織ってる少年の姿が視界に入る。声変わりしてるから14歳くらいかな……と少年をジッと見ながら考えている間に、後ろに鎧をつけて腰に剣を下げている兵士を引き連れ、少年は私たちの席まで歩いてきた。
私……ではなく、少年と兵士は視線を他に向けている。視線の先を辿ろうとしたけど……
「僕はライオネス・リフリート。みんなには若様って呼ばれてる。……同席させて。」
少年から私は、視線を外せなかった。
褐色の肌に銀髪碧眼のライオネスは、つり目な目を細めて口角を上げているけど、私には無理して作り笑いを浮かべているように見える。私たちに対して警戒心むき出しのように感じた。カリアさんが椅子を持ってきて私の隣に置くと、その場にいたハル君の手を引き、ライオネスに頭を下げて2人はカウンタ―に向かって歩く。
「……少し、旅の話を聞きたかったんだ。」
お前たちは下がって。と言って、護衛であろう兵士達を側から離れさせる。兵士はカウンター席まで下がり、リエットさんと何やら話をしていた。
周りを軽く見回したライオネスが椅子に腰を下ろすと、後ろで一つに結ってる髪が僅かに揺れる。ライオネスの言葉で男達はテーブルに置いたジョッキを手に取り談笑し始めたけど、それでも…こちらに気を使っているのか、その声はライオネスが来る前よりも声量を控えているようだった。
「旅人が来るなんて、本当に珍しい。父上が治めるこのリフリート領は広大で、一番近くの町まで何日もかかる。…さぞ、旅は大変だったんじゃない?」
両隣に座る私とマナには一切目を向けず、ライオネスはアルに視線を固定してる。「そうでもない。」淡々と返したアルに、笑みを作ったまま表情をピクリとも変えないライオネスは「……そう。ところで王都から来たんだって?僕の父上も王都に行ってるんだけど、まだ帰ってないんだ…」と話題を変え、話しながらも自身の腰にそっと手を伸ばしていた。その動きはやけに慎重で、すぐ隣に座る私だからこそ気づけたのだろう。マントで隠れて見えなかったけど、腰には短剣とナイフを下げていた。
………うえっ!?
テーブルがあるからイアン達の視界には入ってないだろうけど、ライオネスが……
ナイフを抜こうとしていた。




