ルミナスは、手を借りる
荷物を部屋に運び終わって外に出ると、一応変装? しているにも関わらず、私たちは注目の的になった。よそ者が町に来るのは町民にとって本当に珍しいのだろう。門兵のリエットから話が広まったのか、先ほどよりも人が集まってる。
………すっごく、視線を感じる。
話しかけたいオーラ全開の町民が少し気になるけど、麦の絵看板が吊り下げられた店まで歩いた私たちは、明日町を出るからパンを沢山焼いて欲しいとお願いした。パン屋の店主は突然のお願いに困り顔をしていたけど、近くに住む人たちが広場に出てきて会話を聞いていたようで、人手が必要なら手伝うよ〜と言ってくれたお陰で、明日出立する前にパンを受け取れることになった。
「お兄さん男前だねぇ。」
「うちの娘を、嫁にどう?」
「あら〜でもお兄さん、ほら、ねぇ…奥さんいるみたいじゃない。どっちの女の子がそうなの?」
「それなら、アタシを二人目の妻にどうだ〜い?」
「オバさんに興味ないでしょ。そもそもアンタ旦那がいるじゃない。」
「あんな甲斐性なしとは、別れたらいいのさっ。」
女性達が口々に喋り、アハハと軽快な笑い声が広場に響く。話の内容がコロコロ変わり、誰が何を喋っているか、よく分からない。アルはマントを羽織ってるけど頭には何も被っていないから、見目の良い顔立ちがハッキリ見えて、女性達の標的になっていた。20〜40代の奥さん達だ。パン屋で立ち止まったのをキッカケに、アルが一気に包囲されて、奥さん達の勢いに俊敏なアルがたじろいでいた。そして10代の少女達も噂を聞きつけたようで、奥さん達の更に周りを囲み、ぽ〜っとしながらアルに熱い眼差しを向けている。口を固く結んで一言も発さないアルは、喋り続けている奥さん達の勢いに少し押されているようだ。
「お姉ちゃーんっ! こっち、こっちーー!」
「はやく、はやく〜!」
「ふふっ。ほらほら〜捕まえちゃうぞ〜〜!」
明るい声で呼びかけられた私は、子供達に向かって両手を広げて追いかける。井戸の周りをぐるぐる走り回り、きゃーきゃーとはしゃぎながら走る子供達は、私の鈍足から軽く逃げていた。奥さん達がアルに集中したため、私は広場にいた子供達の遊び相手になってる。特にこの後することもなかったから、遊ぼーと子供達からの誘いに快くのった。
イアンは広場の一角で木の枝を使って、数人の少年たちと素振りをしながら剣の指導をしてる。少年たちが尊敬の眼差しを向けていて、イアンもなんだか楽しそうだ。マナは大人しめな女の子2人と、枝で地面に絵を描いたり、近くに咲いていた花で小さな花の冠を作って遊んでいる。チラチラとアルに視線を向け、気にしている様子のマナが可愛らしくて、微笑ましい気持ちになる。
「え――いっ!」
「うひゃあっ!?」
足を止めてマナを見ていた私は、背後から容赦ない子供の攻撃を受けてしまい、変な声が出てしまった。顔が一気に熱くなる。
まさか…この歳になって、人生初のスカートめくりを体験するとは思ってなかった。
じわじわと恥ずかしさが込み上げてくる……!! キャッキャと無邪気に笑う子供達の姿は、天使のようだけど……
「もうっ! だめだよ、こんなことしちゃ……」
注意しようと手で裾を押さえながら振り返ると、そこには腕をアルとイアンにそれぞれ掴まれて宙ぶらりんにされた男の子がいた。年は5、6歳くらいだろう。いつの間に……と思いながら、先ほどまで2人がいた場所に視線を向けると、奥さん達や少年たち……皆、ポカンとした顔で固まっている。
「オイ。ルミナスに、なんてことするんだ。」
「子供といえど…容赦しない。」
イアンとアルが冷たい目で男の子を見下ろしてる。男の子は「え? ……え??」と浮いてる自分の足元を見たり、キョロキョロと視線を彷徨わせて、今の状況に混乱していた。男の子は、ほんのイタズラ心でやったのだろうけど、2人の顔は怖くて黒いオーラを背負ってるように見えた。
「ふ、2人とも…下ろしてあげて。」
ビックリしたけど別にそこまで怒ってなかった私は、イアンとアルを交互に見て、目で訴えかける。
「………。」
「………。」
無言のまま視線を一瞬交わした2人は、パッ、と手を離した。男の子は「イテッ!」と声を上げて尻餅をつき、私はしゃがんで男の子の両肩にそっと手をのせる。
「スカートをめくったら、ダメだよ。」
ねっ! と念を押すように強めに言うと、男の子は茶色の目を溢れんばかりに見開かせて、じーっと私を見つめていた。
「……姉ちゃん、すっげぇ…かわいい…。」
思わず私は肩から手を離す。帽子を被ってるけど、目線を同じ高さにしたから私の顔がよく見えたのだろう。
「ハルッ! 掃除を放ってアンタ何やってんだい!」
「〜〜〜げっ! 母ちゃん!」
カリアさんが外に出てきて、その手には雑巾らしき物と箒を持ってる。男の子…ハル君は、どうやらカリアさんとヤンさんの子供のようだ。一目散に走り出して、「あっ!ハル君待ってよー!」と数人の子供達が後を追いかけて走り、小さな背中が遠ざかっていく。
「まったく、あの子ったら……ハルが何か悪さをしたのかい? 」
私の近くに来たカリアさんが、キョロキョロと辺りを見回す。スカートめくりをした一部始終を見てないのか、周りを見て自分の息子が何かしたと思ったようだ。普段からイタズラをしてるのかもしれない。
「え〜っと…大丈夫ですよ。」
しゃがんだまま、そう言葉を掛けてニッコリ微笑んだ私に「ありがとうねぇ…」とカリアさんは眉尻を下げながら、小さく微笑んだ。
「ルミナス、手を…」
「主、手を…」
ほぼ同時に声をかけられ、見れば、2人とも私に手を差し出している。息ぴったりだなぁ…と思った私は笑みが深まり、イアンとアルは互いに顔を見合わせ、ばつの悪そうな顔をした。
「あははっ! ありがとう!」
笑いながら両方の手を取れば、つられるようにイアンとアルも笑みを漏らし、2人の手を借りて私は立ち上がる。
「そろそろ戻ろう。」と声をかけて、私たちは夕食の時間まで部屋にいることにした。奥さん達が帰り際、口々にアルの名を何度も呼んでいる。肩を軽く上下させたアルは、仕方なさそうに軽く頭を下げて返すと、奥さん達と少女達にはそれで十分だったようで、喜びの悲鳴が上がっていた。さながらアイドルのようだ。イアンは「鍛錬を怠るなよ。」と言葉を掛けて、少年達は元気に「「 はいっ! 」」と返事をしてる。
私とマナが笑顔で軽く手を振ると、子供たちは大きく左右に手を振って、満面の笑顔で返してくれた。
広場に段々と人がいなくなり、それを見ながら私は時鳥亭に入ると、軋んだ音を立てながら二階へ上がる。町民は突然訪れた私たちに好意的に接してくれるし、ハル君の行動には驚いたけど子供達と遊べて良かった…そう私は機嫌よく思っていたけど…………
大変なのは、これからだった。




