ルミナスは、視線が釘付けになる
「旅人なんて何年ぶりだろうねぇ。あたしが子供の頃以来だよ。」
アルが私たちの所に来たすぐ後に、40代くらいの、ふくよかな体型の女性が外に出てきた。腰にエプロンを付けて、にこやかな笑顔を絶やさない姿を見た私は、人の良さそうな印象を受ける。
「あたしの名前はカリアだよ。よろしくねぇ…あっ、そうそう、馬車は裏手に停めておいで。お腹は空いてるかい? チーズやバターをふんだんに使ったウチの料理は絶品だよ。」
それを聞いて、思わず私はゴクリと小さく喉を鳴らす。昼を過ぎた頃で、ちょうどお腹も空いていた。チーズやバター作りが盛んなのだろうか。牛を放牧してたし、ここでは新鮮な物が手に入るのだろう。
「……みんな、食事にしよう。」
期待に胸を膨らませている私が笑顔で声をかけると、マナとイアンはすぐに「はいっ!」「そうだな。」と返事してくれて、「…分かった。」と間を空けて返したアルは、御者台に乗ると馬車を停めにいった。
………? さっきから、どうしたんだろう?
気になりつつも「さぁ、中にお入り。」と促されて、私たちはカリアさんの後に続いて歩き出す。中に入る前に足下の影に視線を向けて「外に出ますか?」と小声で話しかけたら、影が左右に首を振るように動いた。リヒト様は外に出てこないみたいだ。
ギイ、と軋んだ音を立てて開かれた扉をくぐると、左側に二階へ上がる階段やカウンター席があって、あとは木製の円卓と椅子がいくつも置かれている。ガラン…として客が誰もいないから広く感じた。飴色の床を歩き、適当な席に私たちが腰を下ろすと、カリアさんが飲み物を取りにカウンターの方に向かった。
馬車を停めたアルが入ってきて椅子に座り、カリアさんが人数分のジョッキを運んでくる。中身はエールだ。王都の酒場で飲んだ時のことを思い出しながら、私はチビチビとエールを飲み、料理がくるのを暫く待っていると…
………ん? あれって……
カリアさんが運んでくる料理に、視線が釘付けになる。香ばしい匂いが漂い、テーブルの中央に料理が置かれると「わぁ! 美味しそう!」マナの弾んだ声が耳に入る。マナに視線を向けると、腰を浮かせて前のめり気味に料理を見て、今にも料理に飛びつきそうだった。
………これって……ピザ?
丸く平らにした生地にチーズをたっぷりとかけられ、赤い具材はきっとトマトだろう。前世の記憶にあるピザと形は似てるけど、生地は厚いし具材もシンプルなものだ。食べ応えがありそう…と思っていると、カリアさんがナイフで切り分けて、一人分ずつ小皿に載せていく。そして目の前に置いてくれたのを見ると、カットされた形はピザと全く同じだった。
「〜〜〜っん〜〜! 美味っしぃ〜!」
早速マナがかぶりつき、ぎゅっと目を閉じ、ほっぺに手を当てて溢れんばかりの笑顔を見せる。すごく美味しそうに食べる姿を見て、私は自然と笑みが零れた。私も食べようと思って手を伸ばす。手に持つと先の方からチーズがトロリと垂れて、慌てて口に運んだ。
………アッ……つ! んんんぅ〜〜!
熱々で、咄嗟に口を手で抑える。チーズが濃厚でトマトの酸味と香辛料がきいてて、とっても美味しい。生地が少し固いけど、よく噛めば大丈夫だ。
「これだけチーズを使った料理は贅沢だな。」
「うん、美味しいな。ほら、ルミナス……あちっ!」
アルとイアンも満足そうに食べている。まだ食べてる途中なのに、イアンは私の皿にお代わりをおいてくれたけど、垂れて熱かったようで、ペロリと手に付いたチーズを舐めとっていた。
美味しい、美味しい。とマナが大喜びで食べてるから、スープを運んできたカリアさんは、嬉しそうに顔を綻ばせた。温かいスープを飲み、お腹いっぱいになった私たちはエールのお代わりを頼んで飲むと、一息つく。すると……カウンターの方から、カリアさんと一緒に店主であろう男性が私たちの方に来た。
「ヤンといいます。一泊したいと聞きましたが…荷物運びを手伝いましょうか?」
ヤンさんも腰からエプロンを付けている。日焼けした肌にガッシリとした体格で、ニカッと笑うと頰の皺が深まり、優しそうな人だと思った。
「いえ、自分達でやりますから大丈夫です。」
私が応じると、アルがこちらに視線を向けて僅かに口を開き、何か言いたそうにしてたけど、躊躇してるのか口を閉じた。イアンもアルの様子に気づいたようで「なんだ? 泊まらない方が良いのか?」と声を落としてアルに話かけた。
「………一部屋しか、ないと言ってたんだ。」
気まずそうに話したアルに、そうなんだ〜…と思っていると、イアンとマナがほぼ同時に「「え!?」」と声をあげた。突然の声にビク!と私が肩を震わせ、皿を下げていたカリアさんも驚いて目を丸くしている。
「その…宿泊するお客さんは滅多にいなくて…二階は家族で普段使ってますので、整えてある部屋は一部屋しかないんです。」
すみませんねぇ…とヤンさんが眉尻を下げて、申し訳なさそうに軽く頭を下げる。旅人が来るのは子供の頃以来と言っていたし、この町を越えて先に行こうとする人が今までいなかったのなら、利用客は本当に久しぶりなのだろう。
………う〜ん。領主を訪ねたら、城に泊まることはできるだろうけど……
そう考えが過ぎるけど、かしこまった挨拶や接待を受けるより、美味しい食事に親しみやすい対応の方が良いと思った私は「大丈夫です。今晩と明日の朝も食事をお願いします。」と頼む。するとヤンさんは、満面の笑顔で頷いてくれた。
「さっ、馬車から荷物を運んでこよう。」
よいしょ、と立ち上がったけど、3人は椅子に座ったままポカンとした顔で私を見つめていた。その反応に疑問に思いながらも、私はついでとばかりにヤンさんにパンとお酒はどこで手に入るか尋ねる。パン屋は広場に面してるそうで、お酒は必要な分を教えて下さいとヤンさんに言われて、明日発つ時にエールとワインを両方買いたいと伝えておいた。
「る、ルミナス…皆で、同じ部屋に泊まっていいのか? 」
荷物を運んでパン屋に行こうと考えていた時に、イアンが話しかけてきた。本当にいいのか? と念を押すように聞いてきたイアンに、私はキョトンとする。
「うん。町の中で小屋を作るわけにいかないから、仕方ないよ。」
荷物を取りに行くために、扉を開け、並んで歩きながら話すと、う〜ん…とイアンは声を漏らして複雑そうな顔をしてる。馬車まで来て、静かなことに気づいた私が後ろを見ると、マナは顔が赤らんでチラチラと落ち着きなくアルに視線を向けていて、私とバッチリ目が合ったアルは、何故か目を逸らした。
…………???
ぎこちない雰囲気を感じつつも、私たちは手分けして必要な分の荷物を運んでいく。




