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ルミナスは、聞き耳を立てる

 

「……この先にある町を越えたら、国境までは村や町は無いそうだ。」


 道の端に馬車を止めて、すれ違った行商人から話を聞いてきたアルが私たちに説明してくれる。なかなか馬車が行き交うことがなかったから、行商人と出会えたのは偶然だろう。「町に寄って一泊してから国境を越えよう。」と提案した私に、皆は同意してくれた。


 王都を出立してから数週間経ち、季節は夏から秋に変わろうとしている。ついこの間まで暑い暑いと感じていたのに、曇り空の日は涼しく感じるようになった。


「そうだ。町に入る時、必要になるかもしれないから……アルに渡しておくね。」


 腰に下げていた袋を手渡すと、中身を見て僅かに目を見開いたアルは「こんな大事な物を…オレに持たせていいのか?」と確認するように尋ねてきた。


「うん。よろしくね。」


 そう言葉を掛けて微笑めば、アルは任されたことが嬉しかったのか僅かに口角を上げて、頷いて返す。ここまでの道のりで町や村は素通りしてたけど、最後に町に寄って食料の調達をしたいと思った。


「塗り薬は足りてる?」


 隣に視線を向けると「まだあるから大丈夫だ。」とイアンが返してくれて、薄く笑みを浮かべる。添え木のようなものを外した今は、塗り薬の上に包帯を左腕に巻いていた。王都で医者から、道中使うようにと言われて持たされた薬だ。この数週間の間、イアンは左腕を普通に使っていたけど、流石に手合わせはやめてもらった。これから沢山できるでしょ!とアルとイアンの間に私が入ると、イアンは渋々やめてくれて、走り回ったり、片腕で素振りしたり、体を動かすだけにしてくれてる。


 ………町で買うのはパンと、お酒も買おうかな…


 馬車の振動で体が小刻みに揺れながら、町で買う物について私は考えを巡らせた。

 町に着くまでは馬車内は窓がないため、御者台の背もたれに掴まりながらマナとお喋りしたり、景色を眺める。アルの隣に座るのはイアンが嫌がるし、それなら…と思ってマナの隣に座った後、馬車を停めて一休みしている時に、アルさんとの距離が近すぎて緊張しますっ! とマナが真っ赤になりながら言ってきたことがあったから、私は御者台に座れない。


 なだらかな道の先には丘陵地帯(きゅうりょうちたい)が広がり、どこまでも続く大草原を眺めるだけで心が安らぐ。この辺りは家畜が盛んな土地のようで、のんびりと草を食す牛たちがいた。木の柵で道には出ないようにされてるみたいで、人の姿が見当たらないけど、どこかにいるだろう。

 これから向かう町は規模が大きくないと耳にしてるから、グラウス王国の町と同等かそれよりも……と考えていると「見えてきましたよっ!」とマナが道の先を指差しながら、弾んだ声を上げた。マナが御者台に座っているから、遠くを見渡せて発見が早い。そのまま道なりに進んでいくと、密集した集落を通り過ぎ、石造りの城壁が私の視界に入ってきた。王都に比べると壁の高さは低く、古そうに見える。もし大砲が飛んできたら一発で崩れ落ちそうだ。


 マナが車内に移動してカーテンを閉めると、外が全く見えなくなった。一泊するだけだから騒ぎにならないように、身分は隠して門兵と話をするのはアルに任せた私は、カーテンの近くに座って聞き耳を立てる。


 城門の前に着いたようで、馬車が止まると……


「……んん〜〜…? 見かけない顔だな。いつも来る商人は来たばかりだし…この町には何の用があって来たんだぁ〜?」


 門兵らしき人が、アルに問いかけている。

 その商人は途中で出会った行商人のことだろう。普段は顔なじみしか町に来ないのか、門兵は怪訝に思っているようだ。


「旅をしてるんだ。この町で一泊したいから…中に入れてくれ。」


「ほぉ〜〜! 旅をっ! こんな辺境まで足を運ぶとは珍しなぁ〜。 そういやぁ…時鳥亭(ほととぎすてい)は宿泊もできたような……よしっ! そこまで案内してやろうっ!」


 親切な人だなぁ…と思いながら、私はアルと門兵の会話に耳を傾け続ける。アルに許可証の入った袋を渡していたけど出番はなさそうで、通行料をアルは払っていた。「旅の方を案内してくるぞぉ〜!」と門兵が誰かに声をかけている。カーテンで外が見えないから分からないけど、他の門兵か見張りをしてる人がいるようで、おーっ! と門兵に返事を返す人の声が聞こえた。


 ………あれ? 車内は見ないのかな?


 てっきり人数確認とかもされると身構えていたけど、馬車が進み出したから、門が開かれて町の中に入れたようだ。「どっから来たんだぁ〜?」と再び質問している門兵の声色は若干高く、旅をしてきたアルに興味津々のように思えた。「…王都だ。」淡々とアルが返すと、門兵は「王都っ!?」驚いた声を上げて、王都がどんな所か質問し始める。


 ………私たちが悪い奴だったら、危ないよ〜。


 別に町の中で悪さをするつもりなんて皆無だけど。門兵は警戒心よりも、好奇心が優っているように思えた。門兵は自分のことをリエットと名乗り、アルも自分の名を教えてる。門兵は特に驚いたりしてないようだから、アルの名前はここまで知られていないのかもしれない。


「宿に着いたら外に出るし…」


 そう言いながらチラリと視線を隣に向けると、察してくれたマナが、木箱の中から探して用意してくれた。


 暫く門兵が喋り続ける陽気な声がしていたけど、馬車が止まり、アルがカーテンをそっと開けて、着いたことを教えてくれる。門兵は車内にいる私たちに全然気づいていなかったようで「おっ、お前さん、一人旅じゃなかったのかぁ〜!」と驚いた声を上げた。


「……こんにちわ。リエットさん。」


 馬車の後ろ側から降りて、固い土の地面に足をつけた私は門兵に挨拶した。40代くらいの門兵は胸当てと腰に剣を下げた軽装で「こ、こんにちわぁ…」と挨拶を返してくれたけど、声が裏返っていた。


 ………ぞろぞろと出てきたから、ビックリさせちゃったかな?


 リヒト様は影の中に入っているから、私の後ろにはマナとイアンの2人がいる。マナとイアンはマントを羽織って尻尾を隠し、頭には3人でお揃いの探偵のようなハンチング帽を被っていた。グレイス商会で買っていて、さっきマナに用意してもらった物だ。フードを被っていたら怪しげだけど、帽子なら問題ないだろう。私は薄い紺色のワンピースに髪はポニーテールに縛って帽子の中に入れてるし、前髪も帽子のつばがあるから髪色が見えづらい筈だ。


「え〜っと…夫婦で旅を? はぁー…羨ましいねぇ〜…」


 門兵が顎をさすりながらアルと私を交互に見て、イアンが突然 グイッ! と私の肩を掴んで自分の方に引き寄せる。


「あ、ああ―…そっちかぁ〜…すまん、すまん。」


 引きつった笑みを浮かべて後ずさりした門兵を見て、イアンが不機嫌な顔をして睨んでると、顔を見なくても察しがついた。


「困った事があれば、いつでも言ってくれ〜。」


 最後まで親切な門兵は、持ち場に戻るために立ち去ろうとする。私がお礼を言って手を振ると、振り返った門兵はニッコリと笑顔で手を振り返してくれた。


「オレが話をしてくる。」


 御者台から降りたアルが、建物の中に入っていく。ここがリエットさんの言ってた『 時鳥亭(ほととぎすてい) 』みたいだ。樽の絵看板が吊り下げられ、外観は王都にあった木兎亭(みみずくてい)に似ている。


 馬の(そば)にイアンが立ち、私は辺りを軽く見回した。ここは町民が憩いの場として利用する広場のようで、中央付近に井戸があり、母親達と一緒に子供たちの姿もある。建物は木造二階建てのものが多く、グラウス王国の街並みに似ていた。近くには領主の住まう城があって、ここから歩いて行ける距離だ。


 ………領主に挨拶は……別に必要ないよね。


 明日の朝にはここを発つし、身分がバレなければ大丈夫だろう。陛下が許可証を手渡してくれた時、町に寄った時は領主に許可証を見せれば寝床も食事も買い物も全てタダで、費用はこちらでもつと言ってくれたけど…流石に申し訳ない。手厚い歓迎も何もいらないし、穏やかに暮らしている人達に余計な気を使わせたくなかった。


 ぼんやりしながら待っていると、アルが外に出てくる。




「……宿泊はできる、みたいだが……」




 困ったような顔をしてるアルを見て、私は疑問に思って小さく首をかしげた。



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