心を和ませる者達
グラウス王国
鳥のさえずりや風で揺れる葉擦れの音を聞きながら、アクアは一人、ログハウスの裏手で畑に水やりをする。ルミナスに任された朝の日課となっている畑仕事も慣れてきたものだ。朝日を浴び、水に濡れてツヤツヤに光るトマトを1つもぎ取ると、味見とばかりにかぶりつく。美味しそうにモグモグ食べながら、収穫できる野菜を次々に籠に入れると、自分の手ではなく魔法で盛り上げた土の上に乗せて、歩きながら並行して土も動かせて運ぶ。
「……それくらい自分の手で運ばんかい。」
テラスの開いている窓から呆れるような目で見ていたフラムが溜息混じりに言うと、手に持っていたトマトの残りを口に放り込んだアクアは、魔法を解き、渋々といった様子で籠をひょいと手で持ち上げて、テラスに置いた。
「あら。美味しそうなトマト。」
リゼが籠の中を上から覗き、トマトを1つ手に取って一口かじる。緑色の長い髪を耳にかけ、ふっくらとした赤い唇が潤んでペロリと上唇を舌で舐める仕草は、とても艶やかであった。もっともフラムやアクアは、それを目にしてもなんとも思わないのだが。
「天気がいいし、外で食べましょう。」
そう言って籠をその場に残したまま、リゼはパンを取りに行く。杖をついてるフラムはテラスに腰掛けて、空を仰ぎ、陽を浴びて気持ち良さそうに目を細めた。
リゼが持ってきたパンと、とれたて野菜で軽く朝食を済ませた3人は、ワインを飲んで息をつく。
「ルミナスちゃんの帰ってくる日が…待ち遠しいわね。」
遠くを見つめるリゼは、ルミナスの姿を思い浮かべて穏やかな気持ちになる。そしてフラムとアクアも同様であった。
1週間前。
ルミナスからフラムに連絡があり、話の内容を要約すると…昨日王都を出立して、同行者が一名増えた。みんな元気で、何も心配しなくて大丈夫。お土産を楽しみに。…とのことだった。
「お土産、僕には何を買ってくれたんだろう〜。」
フラムの隣に座るアクアは、足をブラブラと揺らしながら待ちきれないといった様子で、ニコニコと笑む。連絡がきた時にアクアとリゼも近くにいて、『アクア様が初めて目にする物ですよ。』とルミナスに言われたアクアは、楽しみで仕方がなかった。王やサリシア王女、隊員達や町に住む子供達……アクアはリバーシを広場に持ち込み、連戦連勝していた。流石に毎日してたら、アクアはリバーシに飽き始めている。
「ふむ…儂は物よりも、土産話を聞く方が楽しみじゃのう…。」
顎髭を撫でるフラムは、指輪を通しての会話だと要件のみ話すだけで、あまり長くルミナスが喋ろうとしないことを残念に思っていた。
イアンとルミナスの間に子どもが産まれたら、その子に自分のことを、おじいちゃん と呼んでほしい…と密かな願望がある。
サンカレアス王国で、かつて豪傑と呼ばれたフラムは、敵の屍を踏み越えて戦場を駆け回り、一人でも敵陣に突っ込むような男であった。初めて魔法を使ったのは窮地に追い込まれ、死の間際、生きたいという強い想いとともに、敵を焼き尽くしたフラムの力に、当時存在していた教会の最高司祭が、神の力だとしてフラムを崇めるようになった。
ニルジール王国で王族に生まれたリゼは、庶子であった。母親を毒殺され、王宮で暮らしながらも虐げられた日々を送っていたリゼは、復讐したいという強い想いで、10代の時に初めて魔法を使った。各国に教会が存在し、フラムのことはニルジール王国にも伝わっていたため、リゼの取り巻く環境は魔法を機に一変した。
自分は特別な人間だ。
フラムとリゼは国王と最高司祭、あらゆる人々から崇められて優越感に浸り、繰り返し行う魔法で魔力を増やし、魔法の威力を上げて戦場に立った。
リヒトとアクアも魔法を扱えるようになって戦争は激化したが、およそ普通の人間が介入できるような戦いではなかった。
守ろうとした家族、国民…人々から畏怖の存在として向けられる眼差し。取り繕った言葉で国に利用され、老いもせず、愛した者は時の流れに消えていく。生きながらも、心は枯れて死んだような虚しい日々を過ごしていた。
「時が経つことに喜びを感じるなんて…こんな気持ち、随分と久しぶりだわ。」
リゼは頰に手を当てながら、小さく微笑む。
「そうじゃのう…。」
「そうだね…。」
フラムとアクアは相槌を打ち、3人は生い茂る木々を見つめながら、平和な日常に心を和ませていた。
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次話 ルミナス視点になります。




