表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
244/265

仕える者

 

 王都を出立した日の夜。

 ルミナス達は日が暮れる前に川辺で馬車を停めた。王都付近の村から遠く離れているため、周りには建物や人気(ひとけ)は一切なく、日が落ちると暗がりのなか、魔法の火の玉を宙に浮かせて明かりにする。


「へ〜。アルさんって25歳なんですか。」


 大人っぽいですもんね〜。と和やかな口調で言って、マナが正面の椅子に座るアルを見つめていた。今は食事を済ませてワインを飲んで一息つき、マナがアルに質問をしていたところだ。馬車で移動中は、無口で素っ気ないアルに、なんとなくマナは質問を控えていたため、皆でいる今がチャンスとばかりに話しかけていた。


「……そんなに年上だったのか。」


 アルの隣に座るイアンが、意外そうにジロジロと隣に視線を向ける。リヒトは興味なさそうにワインを口にして、ルミナスは笑みを作りつつ、知ってる〜と内心思っていた。


「そういえば…イアンの左腕ってアルさんと手合わせした時に? どっちが勝ったの?」


 マナは興味津々な顔で、イアンとアルを交互に見る。


「引き分けだ。コイツとは、怪我が治ったら決着をつける。」


 アルが口を開く前に、イアンが即座に返答した。


「怪我をしたんだから負けじゃ…」


 イアンが不機嫌そうな顔でジロリと睨み、マナは慌てて口を閉じて苦笑いを浮かべる。2人の会話を聞いていたルミナスはコップを傾けてワインを飲みながら、だからイアンは反対しなかったのかな…と思っていた。アルの同行を素直に受け入れたイアンに、ルミナスは王都を出てからも疑問に思っていたのだ。マナは話題を変えて、再びアルに質問をする。その内容は好きな食べ物や、飲み物、出身国などで、アルは全て正直に答えていたが……


「オレの事を…なぜ知りたがる?」


 自分に関心を向ける理由が分からなかったアルは、マナにそう尋ねた。


「アルさんはルミナスさんに仕えるんだから…マナ達とは仲間じゃないですか。」


 仲間のことは知りたいんです。と笑顔でマナは答えた。自分にも関心をもってほしい…と思っているマナは、アルが気になって仕方がなかった。容姿も良く、腕も立つ。なにより今まで会った人達は獣人に対して興味を抱いていたが、アルには全くその素ぶりが感じられないことに、マナは好感を持てた。


「さっき、オスクリタ王国出身て言ってましたよね。どんな生活をしてたんですか?」


 さらに質問を重ねるマナに、アルは軽く溜息をつく。ルミナスは内心ハラハラしながら、成り行きを見守っていた。アルがどんな生活を送っていたか、大体の想像ができたからだ。話そうとしないんじゃないかな…とルミナスが思っていると「オレの話など、聞いてもつまらないと思うが…」アルは顎に手を当て、マナからルミナスに視線を移す。「そんなことないですよー!」と明るい口調で言うマナに、ルミナスも同意するように相槌をうつ。それを見てアルは目を(つぶ)り、自分の過去を思い返しながら、ゆっくりと語り始めた。



 ――――――――



 貧しい村だった。いつ崩れてもおかしくないような木造の古い家屋(かおく)。汚れた衣服に身を包み、痩せ細った土地と村人。作物が取れない年は、村から子どもを奴隷商人に売って暮らしていた。

 末っ子だったオレは家族のなかでお荷物でしかなく、売られる時に金を受け取り笑顔を見せる家族の姿を見て、なんてことないようにオレも笑顔で村を後にした。


 重たい枷をつけられて街で品定めをされるなか、質素な服を着ていた男がオレを買い、その男に従うまま後をついて歩いた。


「殺してみろ。」


 淡々とナイフを手渡され、貧困街の一角で今にも事切れそうな横たわる子どもを男は指差した。自分とそう年も変わらなく見える子どもを前にして、訳がわからないままにナイフを持つ手は小刻みに震え、口の中が乾いて息が荒くなる。飯をやる。と男に言われて、空腹に負けたオレはナイフを振り下ろした。枯れた声で痛みに泣き叫び、必死に抵抗する子どもを……

 返り血に染まり、いつしか叫び声は自分の口から漏れていた。


 腹が膨れても、喉の渇きが癒えても、喜びは湧いてこなく、罪悪感が胸の内に押し寄せた。


「次はアイツだ。」


 オレよりも一回り大きな奴を指差し、オレはナイフを固く握り締めて背後から襲った。

 次は…次は…

 幾度も男に指示をされ、終わると、男は満足そうに笑顔を見せる。街を出て森の中にある男の住処へ移ると、様々なことを学ばされた。体術や剣術……どれもが人を殺す術だった。


「お前は見目の良い顔をしている。貴族の屋敷にも入れそうだな。」


 男に買われてから数年経った、ある日。オレは15才になっていて屋敷の下働きとして表向きは働いた。貴族がオレに目をつけるのは、さほど時間はかからなく、男が屋敷に侵入できるように手引きし、暗殺の手伝いをした。その頃に男の仕事についても知った。


「感情を殺せ。」


「生きたければ殺せ。」


「殺せ。」


「殺せ。」


「殺せ。」


 男から幾度となく浴びせられる言葉にどっぷりと浸かり、人を殺すことに何の感情も、躊躇いもなくなった頃には、単独で依頼をこなすことが多くなった。王族から報酬をたんまり受け取って喜んでいた男は、用済みだと言われてオルウェンに、オレの目の前で串刺しにされたが、男の死よりも、魔法という驚異の力にオレは目を見張った。


 オレは、依頼を断ったことがない。


 愛国心も忠誠心もないオレは、他国へと渡っても淡々と依頼をこなすだけだった。



 ―――――――――



 アルの話が一段落すると、その場がシン…と静まり返る。リヒトはルミナスが魔法で作った小屋で先に休んでいるため、マナ、イアン、ルミナスの3人は誰も口を挟むことなくアルの話に耳を傾けていた。


 目線を落としたまま、アルの瞳が不安げに揺れる。


 テーブルの上に置いた両手は力なく手のひらを広げて、自分自身の手を見つめれば、今まで善悪関係なく殺してきた、血の記憶が思い起こされた。


 ルミナスやマナが話しかける前にアルは立ち上がると「そろそろ休んだ方がいい。オレは周辺の見回りに行ってくる。」と言い放ち、颯爽と闇の中に消えていく。見回りの必要はない。イアンとマナの目と耳で周辺に人気(ひとけ)がないことは確認済みだ。しかし、アルはルミナスの顔をまともに見ることが出来なかった。羽織っているマントをなびかせながら草の上を走り、道に出たアルは足を止めてドクドクと早まっている自分の胸に手を当て、呼吸を整える。


 暫く周辺を歩き回っていたアルは、ルミナス達が休んだ頃を見計らって小屋まで戻ってくると、暗闇に包まれたなかで月明かりを頼りに、足音を殺して屋根に上がる。


「……まだ、寝てなかったのか。」


 屋根の上で胡座をかいていたイアンは「ああ」と短く返すと、ゆっくりと立ち上がる。


「ルミナスが心配していた。さっさと寝るぞ。」


 そう言ってイアンは屋根の上から飛び降り、早く降りてこいと言いたげにアルを見上げた。アルは屋根の上で夜を明かそうと考えていたため、降りるのを躊躇する。()かすようにイアンが手招きしたため、アルは仕方なく屋根から降りて小屋の中に入った。



 翌日。日が昇る前にいち早く目を覚ましたアルは、静かに小屋の外へ出る。辺りはまだ薄暗いなか、周囲への警戒を怠らないまま、アルは川で軽く顔を洗っていると……足音が聞こえて振り返る。


「おはよう。起きるのが早いね。」


 火の玉を浮かせながら近づいてきたルミナスに、アルは肩の力を抜いた……が、ルミナスが急にムッとした表情をして、それを見たアルは動揺する。


「朝の挨拶は大事だよ。ちゃんと返して。」


「……お、おはよう……。」


 ぎこちなく挨拶を返したアルに、ルミナスは満足そうに笑みを浮かべた。寝食を共にするのも、挨拶を交わすのも、幼い頃に家族と暮らしていた時以来だったアルは、戸惑いを感じていた。


(あるじ)の魔法は……とても万能だな。」


 火の玉から小屋に視線を移したアルは、ルミナスの扱う様々な魔法に、驚きの連続であった。


「うん。この力には随分助けてもらってるんだ。」


 人差し指を立てて、火の玉をくるくると回して操るルミナスは得意げにニッと笑う。王都を出てからはアルに対して()の口調でルミナスは話している。その方がルミナスとしては楽なのだ。


「あっ、そういえば…アルはお風呂に入ってないもんね。魔法で綺麗にしてあげる。」


 手を前にかざしたルミナスは、洗浄魔法でアルの全身を綺麗にした。お礼を言ったアルに、ルミナスは「明日から見回りしなくて大丈夫だから、ちゃんと休んでね。」と優しく言葉を掛ける。このメンバーなら襲ってくる輩もいないだろうと、ルミナスは安心しきっていた。


「守ってくれようとする気持ちは嬉しいけど、私に仕えるなら、絶対に、死んじゃダメだから。」


 強調して言ったルミナスに、アルは目を丸くする。人を殺して生きながらえてきた過去を語ったにも関わらず、死ぬな、と自分を気遣うように言われたことに驚いた。と同時に、仕えることに対して拒まないでいてくれるルミナスに、内心ホッとする。



「オレは…………死なない。」



 そう伝えると、ルミナスは柔らかく微笑む。


「アルが自分の過去を話していた時、なんだか辛そうに見えたから心配だったんだ。もう感情を殺す必要はないからね。仕事として割り切っていたのかもしれないけど、後悔もあったんじゃ……っ……」


 ルミナスは言葉に詰まり、目を見開く。



 ………なんだ、これは………



 アルは、恐る恐る自分の頰を伝うものに触れた。



 ………涙?……オレの、目から……?



 自分の目から溢れてくるものと、胸を締め付けられる感情に訳がわからないまま……

 しかし、止める術が分からずに戸惑うばかりだった。


「えっと…涙は、無理に止めない方がいいよ。泣きたい時は思いっきり出した方がスッキリするから!」


 イアンに背負われながら涙腺が崩壊した経験のあるルミナスの言葉は、妙に説得力があった。アルの涙に動揺しながらもポケットに入っていたハンカチを、これ使って! と言ってルミナスは差し出す。受け取ったアルはハンカチで目元を拭い、心を落ち着かせようと深く息を吐いた。


 ………後悔は、一度だけ…………ある。


 貧困街に1人でいた子どもの痩せこけた顔も、汚物にまみれていた匂いも、刺した感触も………

 忘れたくても、忘れられない。

 アルが手にかけなくても、子どもは死んでいただろう。しかし、アルはその子どもを自分と重ねて、自分自身を殺した気になっていた。


「すまない。汚してしまった…。」


 日が昇り始め、辺りが明るくなってきた頃。

 アルは、ハンカチを持ちながら肩を落とす。涙を流すところを見続けていたルミナスは、ハッと我に返り「魔法で綺麗に出来るし、気にしないで。」と言って、ハンカチを返してもらった。


「ルミナスさ〜ん。アルさ〜ん。おはようございまーす!」


 小屋から出てきたマナの、明るい声が響き渡る。

 イアンとリヒトも小屋から出てきて、ルミナスがアルと2人でいる姿を見たイアンが、眉間にシワを寄せながら近づいてくる。



「みんなと朝食にしよう。」



 満面の笑顔で言ったルミナスは、白い髪をなびかせてイアンに向かって歩いていく。朝日を浴びるルミナスの笑顔や美しい髪が、とても眩しくアルの目に映っていた。何気ないルミナスの一言一言が、アルの心を穏やかな気持ちにさせる。


 ………そうだ。思い出した……


 売られる時、金を受け取った家族は誰一人笑ってなんかいない。母は泣きながらオレ強く抱きしめ、父は申し訳なさそうに歯を食いしばり、兄と姉も涙を流してオレとの別れを悲しんでいた。



 オレは……家族が笑っていたと思い込みたかった。


 愛されていなかったと自分に言い聞かせて、会いたいと想う寂しさや孤独感を(まぎ)らすために。


 だが……確かにオレは、愛されていた。



 数ヶ月前にルミナスに名を呼ばれた瞬間から、アルのぽっかりと空いていた心の穴に、なくしていた感情が少しずつ蘇って埋められていく。



 ………他に生きる理由、か……



 小屋の近くではルミナスとマナが食事の支度を始め、アルはイアンに呼びかけられて足を進めながら、ルミナスが言った言葉を思い返し、小さく笑みを零す。



 オレはこの命が尽きるまで、(あるじ)(そば)(つか)えたい。たとえ血にまみれた手だとしても、許されるなら…守るために生きていたい。




 それは……イアンと手合わせした時にも伝えていた、アルの確かな覚悟であった。



お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ