ルミナスは、賛辞を贈る
「……おはよう、ルミナス。」
「お、おはよう。」
カーテンの隙間から朝日が差し込み、先に起きた私はイアンが目を覚ますまで耳と尻尾をモフモフしてようと思ったけど、腕まくら効果なのか、身じろぎしただけでイアンがパチっと目を開けた。上半身を起こしたイアンが、ふあぁ〜と口に当てながら欠伸を漏らす。髪が一部ぴょんと跳ねて寝癖がついてることに気づいた私は、可愛いと思ってクスっと笑んだ。
「寝癖ついてるよ。」
私も起き上がり、手ぐしで整えてあげると、ベッドの上で胡座をかいたイアンの猫耳がピクピクと動き、柔らかく目を細める。お返しと言わんばかりに、イアンの大きな手が私の髪を手でとかして、その手つきがやけにゆっくりで、私から離れ難いと思っているように感じた。
「出立は急がなくても…いいか?」
「うん。大丈夫…」
もう少し2人きりでいたい。
そう思っているのは私だけじゃなく、イアンも同じ気持ちだと言葉にしなくても分かった。
昨夜のように、優しく頰と唇にキスをされる。
マナが来るまでのほんの僅かな間だったけど、私とイアンは甘いひとときを過ごした。
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………………
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身支度を整えて朝食を済ませると、城内でお世話になった侍女達や料理人達に挨拶をして回った。美味しい料理とお菓子をありがとう。と料理長に直接感謝の気持ちを伝えると、料理長だけじゃなく厨房内にいた料理人達が私たちが来たことに驚いた後に、皆が嬉々とした表情で何度も頭を下げていた。
広々としたエントランスホールで私たちの見送りに陛下ならびに王妃様、コルテーゼ王子、リリアンヌ王女とメイシャ王女、騎士団長と宰相、使用人達が勢ぞろいするなか、スティカ王子の姿だけが見えない。
リヒト様は「先に行ってる。」と言って挨拶も早々に、幌馬車で先に乗って私たちが来るのを待っている。陛下にお世話になった挨拶を私とイアンがそれぞれ述べてスティカ王子のことを尋ねると、昨夜ディナーの後から商会に急ぎの用があると言って出て行き、まだ戻ってきていない為、呼びに行かせてると申し訳なさそうにしながら教えてくれた。
………もしかして、肖像画を描きに……?
陛下はスティカ王子が何をしに行ったかまでは、知らないようだった。どこにいるか知った私は後で店に寄ってみようと思う。陛下にサイン入りの許可証をもらった後、王妃様達と1人ずつ順に挨拶を交わしていく。リリアンヌ王女とメイシャ王女はマナに猫耳を触らせてもらって別れを惜しみ、手紙を送るとリリアンヌ王女が言ってたけど、マナは文字の読み書きが出来ないから勉強すると張り切っていた。
「スティカ王子が参られました。」
城の出入り口から声がして後ろを振り向くと、衛兵が扉をゆっくりと開けていた。スティカ王子が前髪のちょんまげを揺らしながら、急ぎ足でこちらに向かってくる。
「スティカッ! ルミナス様方の見送りに遅れるなど、失礼にも程があるッ!!」
陛下の怒声が響き、スティカ王子がビクッと肩を揺らす。その手には厚みの薄い木箱を抱えていて、落とさないように木箱に目線を向けていた。
「お、遅くなりまして…誠に申し訳ございません。」
私たちを前にして、深々と頭を下げてくる。
大丈夫よ。と言って微笑んだ私に、スティカ王子は緊張した面持ちで木箱を私に手渡してくれた。中身の検討がついてるイアンとマナが興味津々な様子で私の側に近寄る。
「わぁ…! とっても綺麗っ!」
「色がつくと一段と良いな。」
蓋を開けて、木箱から取り出した肖像画を目にしたマナとイアンが、笑顔で絶賛する。スティカ王子が口を結び、マナとイアンに軽く頭を下げて返すと私の反応が気になるのか、チラチラと視線を向けていた。
「こんなに素敵に描いてもらえて嬉しいわ。素晴らしい肖像画をありがとう…スティカ王子。」
私が賛辞を贈ると、スティカ王子の顔がカァ、と赤くなり、目を伏せて泣きそうな顔をする。
「……る、ルミナス様に…っ…そのように、言って頂けて……誠に、光栄に存じます…。」
少し震えた声で途切れ途切れに言葉を紡いだスティカ王子は、私を見つめながら嬉しそうな笑みを浮かべた。その表情は、どこかやり切ったようにも見える。白い肌をしてるから、目元にできた隈がハッキリと分かり、もしかしたら昨夜から寝ずに描いていたのかな…と私は思った。
金のアンティーク調の額縁に入れられた写真のような出来栄えの肖像画は、パーティーの時に着ていたドレス姿で装飾品も細かく描かれている。上半身が描かれていて、やや斜めを向いて愛おしげに誰かに手を差し伸べている私の表情は、とても幸せそうだ。指輪の色も淡く光輝いているようで、背景には赤、緑、黒、白、水色の五色を使った花々が咲き乱れていた。
「スティカ王子に今度、イアンの肖像画も頼みたいわ。」
隣から「え?」とイアンの驚く声がしたけど、気にせず私はニッコリと微笑みかける。今回は私の絵を描いてもらったけど、イアンの絵が是非欲しい。出来れば色んなポーズを描いてもらって、部屋に飾りたい。将来的には家族全員を描いてほしいと期待に胸を膨らませていると、スティカ王子はキョトンとして、固まっていた。
「……? これからも絵を描き続けるのでしょう? 」
返答のないことに不思議に思って質問したけど、スティカ王子は目を見開き、唇をわなわなと震わせた。
俯いてしまったスティカ王子の姿を見て、私は首をかしげる。そうしている間に肖像画を両手で持つイアンが、近づいてきた陛下達に見せていた。陛下達が感嘆の息を漏らし、口々に絵を評価する声を上げていると、私があげた髪留めに手を伸ばして、ゆっくりと指先でなぞるように触れたスティカ王子は、覚悟を決めたような眼差しを私だけじゃなく、陛下達にも向けているようだった。
「ルミナス様がお喜び頂けるように、もっと知識と技術を身につけて、僕は生涯…絵を描き続けます。」
ハッキリとした口調で自分の気持ちを言葉にしたスティカ王子は、いつものオドオドしていた様子はなく、背筋を伸ばし、胸を張っている姿は堂々としている。
「これをお前が…」
「スティカ…貴方は…」
陛下達の反応を知りたくて様子を伺うと、陛下と王妃様の2人は、スティカ王子の言葉に目を丸くしている。「スティカは相変わらず絵が上手いな。」とコルテーぜ王子は感心するような声を上げて、「もうコソコソするのは、やめたのね。」「兄様が部屋で描いてたの知ってますぅ〜。」とリリアンヌ王女とメイシャ王女はスティカ王子が隠れることをやめて、嬉しそうにしていた。一部ではスティカ王子が部屋や店で絵を描いていたことは、知られていたのかもしれない。
「また会える日を、楽しみにしてるわ。」
心からそう思いながら笑みを浮かべると、スティカ王子は満面の笑顔で「はいっ!」と力強く返してくれた。イアンの肖像画は、私たちがまたこの国に来た時に描いてもらう約束をした。マナ、イアンと挨拶を交わしたスティカ王子の表情は晴れ晴れとして、やる気に満ち溢れているようだ。
衛兵が扉を開け、私たちは横付けされた馬車に乗るために外へ出る。
すると……
私たちを待ち構えるようにして立つ、アルの姿が視界に入った。




