ルミナスは、過ごす
( 魔法をもっともっと使いなよ )
………誰の、声……?
( 楽しみだなぁ。もっと……)
………なに? なんなの?
………
「る、ルミナス様…ルミナス様…」
突然身体が落下するような感覚を覚えて、体がビクッと跳ねる。重たい瞼を開けて頭を上げると、スティカ王子の澄んだ瞳が、心配そうに私を見つめていた。
「も、申し訳ございません……っ……退屈でした、よね…。僕の配慮が、た、足りませんでした……。」
オロオロして、ちょんまげが揺れている。その姿がなんだか可愛く見えて、思わず笑ってしまいそうになった私は、口を手で覆って堪えた。
「〜〜〜っ!? ご、ご気分が、優れませんか…? どっ……す、す、すぐに…医師を……」
スティカ王子が青ざめて、ガタッ! と椅子から立ち上がる。「…大丈夫よ。」と私が何事もなかったように笑って返すと、ほっと息を吐いて安堵の笑みを浮かべたスティカ王子が、ストンと椅子に腰を下ろした。どうやら私は、座ったまま寝てしまったみたい。
ボーっとしながらスティカ王子を見ていたけど、次第に眠くなってきて、ウトウトしていたことは覚えている。さほど寝た感じはしないけど……
………あれ? 誰かに話しかけられたような……
スティカ王子の声とは違ったような…でも、よく覚えてない。………夢…かな?
そう思った私は、特に気にしないことにした。
絵はまだ完成してないようで「も、もう少しで…」と申し訳なさそうにしながらも、前髪を上げているスティカ王子は、私と目を合わせてくれる。
「あ、あの…ルミナス様…。明日は、早くに発たれるのでしょうか?」
「いいえ。荷物の積み込みもあるし、お世話になった方々にご挨拶してから発つつもりよ。」
「そ、それでしたら…明日までに、か、必ず完成させて、お渡し致しますので…。」
視線を彷徨わせて、まだ私の前で緊張している様子のスティカ王子は、目をすっぽり覆っていた前髪がないから、顔がよく見えた。
楽しみしてるわ。と言葉を掛けてニッコリ微笑むと、スティカ王子の顔が赤らんで、何度も頷いて返す。パーティーの時に、絵画が飾られている部屋が城内にあると言っていたことを話せば、スティカ王子は、自分から声をかける勇気がなかったと、しょんぼりしながら打ち明けてくれた。
「……城へ戻りましょう。」
まだ残って絵を描くつもりのスティカ王子に、根を詰めるのは良くない。間に合わなければ明日でなくても大丈夫。そう私が言って聞かせると、スティカ王子は素直に筆を置いてくれた。
…………………
……………
城に戻り、スティカ王子に案内された場所で絵画や彫刻品などを眺める。歴代の国王や王族の肖像画も飾られていて、リゼ様そっくりの肖像画を見て驚き、スティカ王子に誰を描いたものか説明を受けていると、私が戻ってきたことを聞きつけたマナが、リリアンヌ王女、メイシャ王女と一緒に来た。スティカ王子の髪型に王女達が驚いていたけれど、私がやったことを話すと、真似しようとしていたから止めておいた。
………可愛いけどね。王族全員がちょんまげスタイルにしたら、ちょっとなぁ……。
クレアが知ったら、腹を抱えて笑いそうだ。
スティカ王子は、店を出てからも頑なに外そうとしなかった。見えやすくなって気に入ったのだろうと私は思ったけど、いっそのこと前髪を短く切ってしまえば良いのに。ずっとこのままでいたい、って言ってたけど………う〜ん…。
まぁ、いっか。
和気あいあいとした雰囲気のなか、ディナーの前に皆でお風呂に入ることにして、女性陣でお風呂の話題を始めると、「し、失礼致します!」と焦ったような声を上げたスティカ王子が、顔を真っ赤にさせて逃げるようにその場からいなくなる。「スティカは、ウブ過ぎるわ。」「兄様ってば、リンゴみたいな顔してましたぁ〜。」と2人の王女が走り去るスティカ王子の後ろ姿を見つめながら、くすくすと可笑しそうに笑っていた。
ずっと影の中にいたリヒト様が出てきて、リリアンヌ王女達と皆で風呂場に向かうために、並んで回廊を歩いていると………
「ルミナス。」
聞き慣れた声に呼びかけられて、私は前方に視線を向ける。
「イア……っえ!? ど、どうしたの!?」
こちらに向かってくるイアンの姿にギョッとした私は、慌てて駆け寄る。左腕に包帯が巻かれているのが見えたからだ。近くでみると添え木のようなもので固定されて、私は医療に詳しくないけど、腕の骨にヒビが入っているか、骨折をした時の処置だと思った。
「……手合わせした時に、左腕で受けてしまったんだ。医師が大げさなだけで、すぐに治る。」
大したことなさそうに言ったイアンは、怪我をして落ち込んでる様子は一切ない。大丈夫かな…と不安げにしている私に、イアンの手が伸びて頰にそっと触れてきた。「大丈夫だ。」と優しく言葉をかけてくれて、穏やかな笑みを浮かべた。髪がしっとりと湿っていることに気づいた私は、お風呂に入ってきた様子のイアンに、魔法を行使して乾かしてあげる。イアンのことだから、使用人の手伝いを拒否して自分でなんでもやったのだろう。治癒魔法を断ったイアンは「部屋に戻ってる。」と言って歩き出す。リヒト様が何か言いたげな眼差しでイアンを見つめていたけど、2人は言葉を交わすことなく、私たちは風呂場に向かった。
「イアンに怪我を負わせたのって、誰ですかね〜?」
マナと王女達は、イアンが手合わせしていたことも、怪我を負ったことも知らなかったようだ。マナは戦った相手に興味津々だったけど、見当はついてる。
………昨日も手合わせしてたし、きっとアルだ。どっちが勝ったんだろう。
お風呂に入り、侍女達に身体をほぐされながら私は予想してみるけど、イアンが勝っていたら本人はもっと喜んでいる筈だ。先ほど会った時にイアンはスッキリとした顔をしていたけど、勝ったか負けたか判断がつかなかった。気になりつつも、お風呂から上がり着替えを済ませ、マナと王女達と一緒に過ごす。
「ご準備が整いました。」
使用人に声をかけられて移動すると、陛下と王妃様、コルテーゼ王子とスティカ王子、リヒト様とイアンが揃って席に座っていた。変わらず前髪をちょんまげにしているスティカ王子は、私にしてもらったと皆に話していたようで陛下に恐縮そうにお礼を述べられたけど、本当に、大したことはしていない。豪華な料理の数々と美味しいワインが振舞われて、ローストビーフが出てくるとイアンとマナが喜び、給仕の人が手際よく何度もお代わりを皿に盛っていた。パーティーの時に、2人が気に入っていたのを覚えていたようだ。
「ルミナス様は、どの菓子がお気に召しましたか?」
コルテーゼ王子が、にこやかな笑みを浮かべる。
メインの料理を食べて一息ついていると、デザートが運ばれてきた。料理人達は相当大変だったんじゃないだろうか。果物をカットしたもの以外に様々な菓子がカートに並べられて、まるでバイキングみたいになってる。種類が多くて、思わず二度見してしまった。もしかしたら店から注文もしたのかもしれない。ローストビーフを食べてお腹いっぱいになってるマナが、珍しく菓子から目を逸らしていた。
「どれも美味しかったわ。そうね…しいて言うなら、マカロンかしら。」
私の言葉を皮切りに、給仕の人がマカロンをテーブルの上に静かに置いた。コルテーゼ王子はチェリーパイを美味しそうに食べて、勧められて私も一切れ頂く。コルテーゼ王子は本当にお菓子が大好きのようで、次々と菓子を食べ進める姿にイアンが目を丸くしていた。側妃様が途中で赤ちゃんを連れて来てくれて、私達に挨拶をして戻っていった。明日城を発つことを耳にして、わざわざ顔を出してくれたようで、側妃様と赤ちゃんの元気な姿を見れて良かったと思いながら、穏やかな気持ちでディナーを終えると、廊下を歩き、それぞれの部屋に別れた。
私は部屋で1人、服を脱いでソレに着替える。
蝋燭の明かりが灯された室内には、壁際に全身鏡があり、私は自分の姿を鏡に映しておもむろにポーズを取った。
………胸の谷間が……おお。なんだか色っぽい。
丈の短いセクシーな肌着は、勝負時に着用するものだ。ドレスを買わないなら下着は…とアジールさんに勧められて、つい、手を伸ばしてしまった。イアンには席を外してもらっていたから見られていないけど、支払いの時に金額が高くて驚いていた。
金貨はもう殆ど残っていない筈だ。
………フリルも付いてて、可愛いけど……
見せたいような、見せたくないような…複雑な気持ちになる。発情期の時にイアンの上半身裸のセクシーな姿を目にしてから、私の脳内は妄想が爆発していた。迫って良いよ、なんてイアンを前にして言えないけど…………だめだ。私ってば変態すぎる。
もしイアンに引かれたら、生きていけない。
城で過ごすのは今夜が最後だから、勇気を振り絞って買ったけど、イアンの怪我を見て考えを改めた。
はぁ、と深い溜息が口から漏れる。
肌着姿の自分がしょうもないと思って、鏡の側から離れると……
コンコン
寝室の方から聞こえた音に、私はビクッと体が震えた。




