ルミナスは、男に選択を迫る
――城内の地下へと続く階段を駆け下りて行く。
階段の入り口には二人の兵がいて、ルミナスを抱えてくるイアンに驚き声をかけたが、イアンは構わず兵の横を通り過ぎ下りていった。
階段を降りると、人が一人通れる細い地下通路になっていた。階段を降りたところの壁には突き出し燭台に松明が挿したものが一つあり、そこから先は明かりがなく真っ暗で何も見えない。
イアンは抱き上げていたルミナスを降ろし、燭台から松明を取り手に持って、ルミナスを先導するように歩き始めた。
ルミナスも流石にこの暗い中を走って行くのは危ないと思い、イアンに黙ってついて歩く。
通路は何箇所か枝分かれしていたが、「拷問するとなると真っ直ぐ進んだ先に広い空間と牢屋があるから、そこにいるはず」とイアンが言って再び歩き出した時…
「――ぎああぁっあッ!」
…男の悲鳴が地下に響いた。
「ルミナスさん…ここまで来たけど…この先に本当に行くの?」
イアンが振り返りルミナスを心配そうに見つめる。
しかしルミナスの答えは決まっていた。
「行きます。」
ルミナスの決意のこもった瞳にイアンは「わかった…。」と言い、二人は歩み出した。
そして少ししてイアンが言っていた広い空間に出る。
「…姉上…そこに倒れてる男たちは…。」
「安心しろ、まだ生きている。……なぜルミナスをここに連れてきた?」
「ルミナスさんが…ここに来たいと。」
「そうか…。黙って私の邪魔をしないなら、別に構わない。」
イアンとサリシアの二人が言葉を交わす。
ルミナスは目の前の光景に言葉が出ないでいた。
…拷問と聞いて何をするか分かっていた…分かっていたつもりだった…。
血と肉が焦げたような匂いに吐き気がして、その場でうずくまりたくなるのを必死に堪える。
その広い空間は、奥にいくつもの牢屋が並んであり、中央にはサリシアが右手に剣を、左手には松明を持ち立っていた。
そしてサリシアの周りには捕らえた四人の男たちが、うつ伏せで倒れている。
男たちは両手を後ろ手で手首と足首を縄で縛られて、上半身を裸にされ、松明の火を当てたのか火傷のような跡が背中にある者、背中に切り傷があり血が流れている者もいた。
鋭い視線と無表情なサリシアは、昨日受けた印象とは全く違う人物のようだとルミナスは思えた。
「―――ッうぅ…。」
男の一人がうめき声をあげながら身をよじる。
サリシアがその男の顔に、剣の切っ先を向けた。
「さっさと吐け。他の仲間はどこだ?子供たちはどこにいる?」
「…けっ…!どうせ殺すなら、さっさと殺しやがれ!俺は何も言わねぇーからな!!」
男はサリシアを睨みながら吼えた。
「……貴様ッ…!」
サリシアはギリッ…と歯を食いしばり剣を振り上げる。
「姉上!?落ち着いてください!」
イアンがサリシアの行動を止めようと動こうとし…
「お待ちください!サリシア王女!」
…ルミナスの張り上げた声が地下に木霊する。
サリシアも剣を一度下ろし、ルミナスの方に体を向ける。「…なんだと…?邪魔をするな。」
低く重たい声と、鋭い視線をルミナスに浴びせ、ルミナスは後ろに後ずさりそうになるが、グッと足に力を入れてその場に踏みとどまる。
「わたくしに、その男と話をさせてください。」
「…話だと…?」
後ろでイアンがルミナスを呼ぶ声がするが、ルミナスはサリシアの視線から目を背けず一歩ずつ、サリシアと男の元へと歩む。
サリシアの足元で吼えていた男が、歩んでくるルミナスに気づき視線を向け驚いた表情をして「獣人じゃない…なんで人間の女がこんな所に…。」と呟いていた。
「何をするつもりだルミナス。不審な動きを見せるのなら剣で私に斬られても文句は言えんぞ。」
「ただ話をするだけです。サリシア王女がそう判断なさるのなら、その剣でわたくしを貫いていただいて構いません。しかし、まずは話だけでもさせてください。」
サリシアからの脅しにもルミナスは一歩も引かない。
本当は剣で貫かれるのは嫌だし、この場所も恐ろしくて早く出たくて仕方がないと思うが、ルミナスは一心に子供達を救いたいという気持ちだけでここにいた。
「――ッこの国の問題だ!余所者が…!大人しくしてれば良いものを!」
サリシアの怒声が響き渡る。ルミナスは思わずサリシアから視線を逸らしそうになったが、視界に見知った背中が入ってくる。
「ルミナスさんを傷つけたら姉上でも許さない…!」
イアンがルミナスとサリシアの間に入り、サリシアを睨みながら腰に下げている剣の柄を掴んで攻撃態勢でいる。尻尾は逆立ち、サリシアに対し威嚇しているのが分かる。
「――――ッイアン!お前……」
サリシアはイアンの様子に驚く、これほど自分へと、敵意をむき出しにする姿を初めて見た為だ。
「……いいだろう。しかし話が終わればすぐに出て行け。」
サリシアは持っていた剣を鞘に収めて数歩下がる。
「ありがとうございます。サリシア王女。」
ルミナスはサリシアにお礼を言い、男の方へと向き直る。
男は何が起こっているのか理解不能な様子でこちらを見ていた。周りの男達と比べると切り傷や火傷は無く、頰に殴られた跡があるだけだった。
周りの男達は気絶しているのか、この騒ぎの中ピクリとも反応せず、今話ができるのはこの男だけだ。
男は突然なにかに気づいた様子で「!なんでお前がそれを持ってるんだ!?それは俺のだ!」とルミナスに言ってきた。
……それ?
ルミナスは男の言葉に疑問に思ったが、ルミナスが持っている物など一つしかない。ネックレスだ。
「あなた…あの時の男でしたか…。」
男はライラを助ける為に、ルミナスが体当たりした男のようだ。あの時はライラを助ける為に必死で男の顔を覚えていなかった。
「…?お前…あの時の女!?」
男はギョッとしたような表情でルミナスを見る。男は同一人物だと今認識したようだ。それほどまでに印象が違って見えたのだろう。
「そうですね。これはあなたに、あげると私は言っていましたものね…。」
ルミナスはネックレスを外し、男の前にしゃがんでネックレスを男の首につけてあげる。
ルミナスの後ろに立つイアンが「ルミナスさん!?」と驚いた声をあげているが、ルミナスは視線を男からは離さない。
「あなたの名前を教えていただけますか?」
ルミナスは穏やかな声で微笑みながら、男へと尋ねる。
「……は?え?カイルだが…。」
男はルミナスの行動にも質問にも意味が分からず、しかし咄嗟に自分の名前を告げる。
カイルと名乗った男は茶色の髪が肩まで伸びており、ボサボサに乱れ、茶色の瞳は暗く生気が感じられない。自分はここで死ぬと思っているようだった。
「カイルさんですか…あなたは周りで倒れている男の人たちと仲が良かったのですか?」
「…はっ!別に仲良くねーよ!たまたま分けられてコイツらと組むことになっただけだしな!」
「そうですか。あなたがリーダーで偉いんでしょう?人を指示する才能をお持ちなのですね。」
「俺はこいつらの中で一番年が上だっただけだ。まぁ、頭は俺より年下だがなぁ。」
「その人は凄い人なのですね。」
「あんな奴強いからって威張って、命令するだけで大したことねーよ!」
カイルが『頭』と呼ぶ人物。
日頃から不満があったのか、カイルは愚痴をこぼした。
「あなた達はお金の為に子供達を攫ったのですか?そのネックレスよりも価値があるのかしら?」
「いや、このネックレスは三人ぽっちじゃ足りねーよ。ネックレスの方が値があるなぁ…。」
男は首にかけられたネックレスに付いた宝石をまぢまぢと見ている。その表情は自分が高価な物を身につけているという、興奮めいたものがあった。
「せっかくネックレスをあげたのですが…あなたはこのままここで死ぬのでしょう?」
「はぁ?あ…。」
ルミナスと何気ない会話をして、気が緩んでいたカイルは『死ぬ』という言葉に自分の状況を思い出す。
先ほどサリシアと口論していた時は頭に血が上り死への恐怖など、まるでなかった。
しかしルミナスと会話して落ち着きを取り戻し、ネックレスを見ながら美味いものを食べたい、女を抱きたいと数々の生への欲求を膨らませていた。
そこからの自分が死ぬという言葉を突きつけられ、カイルは急にガタガタと体が震えだす。
死ぬ
死にたくない
死にたくない
死にたくない
いやだ
「わたくしに協力したら、生かしてあげますよ。」
カイルは震え下に俯いていた顔を勢いよくあげて、ルミナスを見る。
ルミナスが先程までカイルにしていたのは、誘導尋問だ。前世の記憶で確かな知識を持っているわけではないが、まず相手と話をする時は落ちついて話をすると聞いた気がしてカイルに対し行った。
ネックレスは偶然の産物だが、カイルは間違いなく他の子供達を攫ったやつらの仲間であり、頭と呼ばれるリーダーがいる。
そしてルミナスは頭というワードから、ゲームの中でヒロインがイアンルートに入る場面が頭に浮かんだ。
……盗賊……。
「あなた達盗賊の、頭のいる場所を教えなさい。子供達はそこにいるのでしょう?正直に話せば、あなたを生かしましょう。」
「―――何を勝手なことを……」
「今一番大事な事は子供達を救うことでしょう!わたくしは昨日陛下に望みを叶えると言われました!国に帰ることなど願わない!ここで療養も願わない!わたくしは子供達を助けに行きたい!それがわたくしの望みです!!」
ルミナスはサリシアの言葉を遮り一気にまくし立てる。
「……さぁ、選びなさい。生きるか、死ぬか。」
ルミナスはカイルに対し選択を迫る。
カイルはルミナスとの会話で、生きることへの執着心が芽生えていた。選択を迫られれば願わずにはいられない……
……生きたい、と。




