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手合わせする者

 

 城に戻ってきたイアンとマナの2人は昼食を済ませて、ルミナスが戻ってくるまで別々に過ごすことにした。マナはリリアンヌ、メイシャと共に庭へ行き、イアンは部屋でスティカから貰った絵を再び眺めた後、手合わせの相手を探しに行こうと、護衛を連れて廊下を歩く。


「イアン王子。 」


 後方から呼びかけられ、足を止めたイアンは振り返る。歩幅の広いコルテーゼがイアンに追いつくと、「ルミナス様は、ご一緒ではないのですか?」と尋ねた。その手には手提げのバスケットを持っていて、甘い匂いがイアンの鼻につく。


 ………チェリーパイ?


 嗅ぎ慣れてきた菓子の匂いに、イアンは何のお菓子が入っているか予想した。


「ルミナスなら……広場にいます。後で戻ってきますが……」


 スティカに肖像画を描いてもらっていると、話してよいか迷ったイアンは、そこで言葉を途切らせる。


「そうですか。菓子を用意してきましたが…また出直します。」


 コルテーゼは眉尻を下げて、少し残念そうに返した。


「明日城を発つと耳にしました。買い物は出来ましたか?」


「はい。俺の国には無い物が沢山見れて、ルミナスもマナも満足そうにしてました。」


 薄く笑みを浮かべたイアンに、コルテーゼは嬉しそうに顔を綻ばせる。アンジェロが城を発つ前に騎士に指示を出して、ハウベルト王にルミナス達が明日発つことは知らされていた。ルミナス達が買い物を楽しめているか気になって仕方のない王は、ルミナス達が戻り次第話を聞いてくるようにコルテーゼに告げて、こうしてお菓子を用意して待っていたのだ。


「コルテーゼ王子。俺と手合わせをしませんか?」


 イアンからの誘いに「ええ。喜んでお受けいたします。」と、コルテーゼは笑顔で了承する。使用人に持っていたバスケットを預けて、2人は騎士の演習場に向かうことになった。演習場があると知らなかったイアンは庭で手合わせをするつもりでいたが、城の近くにあると聞き、コルテーゼの後をついて歩く。





 演習場に足を踏み入れたイアンは、目を見開いた。



 広々とした演習場は地面が剥き出しになって平らに()らしてあり、ぐるりと取り囲むように観客席が並んでいた。普段、訓練や模擬戦に利用している演習場の一角では、数人の騎士達が地面に膝をつき、息が上がっている。そして涼しげな顔で立つアルの姿をイアンは視界に捉えていた。


「コルテーゼ王子……すみません。俺には、戦わなければならない相手がいました。」


 イアンは、アルから視線を外さない。こちらに視線を向けたアルは、ゆっくりとした足取りで騎士達の横を通り過ぎ、こちらに向かってきていた。

 向こうもイアン王子との手合わせを望んでいるようだ…とコルテーゼは考えて、素直に身を引く。

 2人の手合わせを見守ることにしたコルテーゼは、演習場内にいた騎士達に声をかけ、観客席に上がった。2人が思う存分戦えるように、配慮したためだ。




「俺たちは明日ここを発つ。」


 これが最後だ。と言って、イアンは騎士から受け取った木剣を持つ手に、力を入れた。


「……その前に、一つ聞いておきたいことがある。『かおる』という名を知っているか?」


 木剣を手に持ち、だらりと腕を下げて力を抜いているアルは、イアンを試すような目で見ていた。


 ………? かおる??


 その名に聞き覚えのないイアンは、剣を構えたまま首をかしげる。返答がなくとも、その様子を見て察したアルは、小さく笑みを零した。


「知らないなら、別にいい。(あるじ)が自ら明かしてないことを、オレの口から話せないしな。」


 ドキッと心臓が跳ね「……は?」とイアンは声を漏らす。有耶無耶(うやむや)になったルミナスの隠し事の件を、イアンは内心気になったままでいる。楽しそうに買い物をしているルミナスの、水を差すような真似をしたくなかったイアンは黙っていたが、何か隠しているなら、ルミナスの口から話してくれるのを待とう…そう思うようにしていた。


 ………アルは何か知ってるのか? ルミナスといつ、話を………………まさか、あの時か?


 孤児院の地下室で、アルがルミナスに『好きだ』と告白した瞬間を、影の中からバッチリ見聞きしていたイアンは、その時のことを思い出す。


「〜〜〜〜る、ルミナスは、俺の婚約者だ。お前が何を知っていようと、どれだけ想いを寄せようと……ルミナスが、お前を好きになるわけない!」


 剣の切っ先を向けて、断言するように言い放ったイアンがアルを睨みつける。


「……それは、どうだろうな…。」


 目線を落として、ぽつりとアルが呟いた。


 その声が耳に入ったイアンは、カッと目を見開いて地を蹴り、背中から振りかぶった剣を力強く振り下ろす。


 後ろに飛んで避け、距離を取ろうとするアルに対して、イアンは射抜くような鋭い視線を走らせた。


「――――ッ本気で、かかってこい!!」


 イアンが挑発すると「そうか。」と淡々とした口調で返したアルは、軽く息を吐く。イアンが、ジリジリと距離を詰めていると………



「イアン王子。この手合わせでオレが勝ったら……聞いてほしいことがある。」



 いつになく真剣な表情のアルを見て、イアンは眉をひそめる。


 ………何を言うつもりだ? ルミナスに関係することか? 俺に、勝つ気でいる態度が気にくわない!


 ギリッと歯を噛み締めたイアンは「お前は俺に負けるんだ。話ぐらい聞いてやるから、さっさと話せ!」と強気な口調で言って、剣を構えていた腕を下ろした。



「……オレは………」



 アルは、自分の覚悟を話し始める。





 話を聞き終えたイアンは、前髪をかきあげ、は〜…と深く息を吐いた。



「……分かった。俺に負けたら、諦めろ。」



 イアンが剣を構え直すと同時に、2人の纏う空気が一変する。無言のまま視線を交わした2人は、互いに譲れない想いを抱えていた。



 真剣を手にしているかのような緊迫した空気に包まれるなか、激しく打ち合う音が演習場に響き渡り、観客席に座っているコルテーゼと騎士達は、固唾を飲んで2人の戦いに見入っていた。



次話 ルミナス視点になります。

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