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震える者

 

 ど、どうしよう…



 どうしよう。どうしよう。…どうしよう!



 僕の発言で…イアン王子を怒らせた……?


 絵を描くためとはいえ、やっぱりルミナス様と2人きりになるのは……


 で、でも、あまり人から見られてると…


 緊張して、僕は……描けなくなってしまう。



 そう思っているスティカは、イアンから発せられる無言の圧力に、足が震えて今すぐその場に(うずくま)りたい気持ちになる。それでも、胸の奥につけられた火が消えることのないスティカは、ぐっと足に力を入れた。


「……わたくしの肖像画を、今描いてくださるの? そうね。2人きりの方が描きやすいものね。」


 スティカの意図を察したルミナスが、柔らかい口調で話しかけ、スティカは口を噤んだまま、コクコクと何度も頷いて返す。「……なんだ…絵を描くためか…それなら、別に俺は構わない。」と言ったイアンは、スティカがルミナスに何かするのでは…と考えていた警戒心を緩めて、肩の力を抜いた。


 ………そうか。僕は肝心なことを言ってなかった。


 スティカは、自分の言葉が足りなかったことを反省する。ルミナスがイアンとマナに「先に戻って良いよ。」と声をかけて、3人の間で話が進んでいたため、スティカは謝るタイミングを見失った。




 …………………





 ……………






「る、ルミナス様…ほ、本当によろしいのですか?」


「ええ。この後は特に予定もなかったの。」


 マナとイアンが出て行き、部屋に2人きりの状況になると、スティカは予定の有無を確認していなかったことに気づいて、心配になっていた。


 ルミナスが明日城を発つことを告げて、スティカが驚いていると……



 コンコン



「ルミナス様、スティカ王子。食事をお持ち致しました。」


 廊下から騎士に声をかけられて、ルミナスが応じる。昼食をここで食べようと考えたルミナスは、イアンとマナにお使いを頼んでいた。ルミナスの護衛として残る騎士達の分もイアンが走って買いに行き、恐縮しながら受け取った騎士達は、この後店の外で簡単に食事を済ませることになる。


「スティカ王子、食事にしましょう。」


 にっこりとルミナスが微笑みかけて、スティカは自分の分があることに驚きながら、何度も頭を下げてお礼を述べた。


 ………もう昼だったんだ。ああ……僕はルミナス様の都合も考えずに、描くことばかり……


 スティカが申し訳ない気持ちになって項垂れている間に、ルミナスは魔法でテーブルや食器類を作り出して、手際よく食事の支度を整える。パンが皿に載せられ、取っ手付きのコップには、ワインが注がれた。


「〜〜〜っ!? も、申し訳、ございません! る、ルミナス様に、用意さ…させて、しまい……っ…!」


 顔を上げて、ルミナスが用意してることに気づいたスティカは、何をしてるんだ、僕は! と心の中で自分自身を叱咤した。ルミナスは何度も謝るスティカを見ながら、くすくすと笑う。


「そんなに謝る必要ないわ。楽にしてちょうだい。」


 食べましょう。と言って優しく微笑むルミナスの姿に、スティカは顔を赤くした。


 ………なんで笑ったんだろう? でも……なんだか、嬉しいな。


 ルミナスの前だけでなく、スティカは誰に対しても上手く自分の思ってることを言葉にできなくて、人と話すのが苦手だった。社交の場でも同年代と意思疎通が出来ずに、気の利いた言葉も言えない。一緒にいて嫌な顔一つせずに、笑顔を見せるルミナスの姿に、スティカは胸がじんわりと温かくなる。ルミナスとしては、俯いているスティカが前世の自分と被って見えて、放っておけない気持ちがあった。


 2人は「いただきます。」と挨拶をしてからパンを手に取り、食べ進める。ルミナス達が城に来た初日に挨拶をしてから、王族も真似するようになり、徐々に食前と食後の挨拶が城内で広まりつつあった。


 食事を終えて、魔法で作り出したものを自分が座る椅子以外、全てなくしたルミナスは「わたくしは座っていれば良いかしら?」とスティカに尋ねる。


「そ、そうですね…えっと…じ、実は…あの…」


 モジモジしているスティカは、意を決したように立ち上がって、布に手を伸ばした。


 ゆっくりと布を外し……


 隠していたものが露わになる。そこには木製の置き台に、未完成の絵が立てかけられていた。


「まぁ…イアンに渡した絵を見て思いましたけど…スティカ王子は、記憶力が良いのね。」


 未完成の絵を眺めながらルミナスは、スティカが既に自分の肖像画を描き進めていたことに内心驚きながらも、イアンに渡したものは練習として描いたもので、色付けが途中までされてる、この絵が本番なのだろうと思い至った。


「ぼ、僕は…一度目にしたら、絶対に…忘れませんので……。」


 布を畳んで避けたスティカが、絵の具の用意をして椅子に腰を下ろす。周りにあまり知られていないが、スティカは記憶力が抜群に良い。見聞きしたことは忘れることなく、鮮明に思い出すことができた。


「その…ルミナス様。指輪を…見せていただいても、よ…よろしいでしょうか?」


 不安そうにしてるスティカに対して、向かい合うルミナスは「いいわよ。複雑な色をしてるものね。」と言って、ゆったりとした動きで指輪が見えやすいように手を前に伸ばす。近くで見るその輝きに、スティカは緊張から思わずゴクリと小さく喉を鳴らした。


 ………すごく、綺麗だ……。


 魔力の込められた指輪は、どんな価値のある宝石よりも、魅力溢れている。スティカは筆を取り、指輪と手元を交互に見ながら色をつけた。


 ………でも、指輪より…もっと……


 謁見の間でルミナスを初めて目にした時のことを、スティカは思い出す。白く美しい髪を後ろに流し、凛とした佇まいを目にした瞬間から、無性に描きたい衝動に駆られた。その日から、ルミナスばかりを描いている。描きたい理由は自分自身分かっていないスティカは、ルミナスが肖像画を依頼したいと言って、この絵を完成させたいと思った。


「……スティカ王子。見えづらくありませんか?」


 前髪の長さが気になるルミナスに、スティカはピタリと手を止めて、小さく首をかしげる。


 ………見え……づらい…??


 慣れてるスティカには、特に気にならないことだった。動きを止めているスティカを見て、ルミナスは伸ばしていた手を引くと、椅子に手を付けて魔法を行使する。頭に疑問符を浮かべて固まったままのスティカに、ルミナスは立ち上がって二歩足を前に運ばせると、スティカの、すぐ目の前に立った。


 ――――ち、近っ…! え? な、なんで……っ!?


 スティカは、頭の中が混乱する。

 頭に手を伸ばされ、前髪をあげられ、ルミナスの指が微かにおデコに触れたのを感じたスティカは、ぶわっと全身が熱くなり、心臓が大きく音を立てた。


「………スティカ王子の瞳は、珍しい色合いをしてますね。」


 金と緑が合わさったような色合いをしてる瞳は、色で例えるならハシバミ色に似ている。前髪で隠れているのがもったいないと思いながら、ルミナスは見れたことに満足そうに微笑んで、スティカから離れると、椅子に腰を下ろした。


 ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ


 誰かに叩かれているかのように心臓が鳴り続けるスティカは、はーーっと深く息を吐く。近距離でルミナスと目が合い、呼吸をするのも忘れていた。

 俯いて、顔の熱が冷めないままでいると……

 視界がいつもと違うことに気づき、自分の頭に手を伸ばして、慎重な手つきで前髪をまとめている、ソレに触れる。


「こ…これは……?」


「髪留めですわ。それは差し上げますので、良かったら使って下さい。」


 ルミナスが魔法で作り出したクリップの髪留めは、前世でよく使っていた物だった。イケメンはどんな髪型も似合うなぁ…とルミナスは思いながら、穏やかな表情でスティカを見つめる。



 この世界には馴染みのない、前髪をちょんまげにされたスティカは、感動に打ち震えていた。


 ………僕の、ために……。


 魔法で何か小さな物を作り、ルミナスが手のひらにのせていた姿を目にしていたスティカは、まさかソレが自分の為に作られた物とは、考えもしていなかった。


 ………一生の、宝物にしよう。


 感謝の念を抱き、スティカは何度もルミナスにお礼を述べて頭を下げると、筆を持つ手に力を入れて、真っ直ぐにルミナスを見つめる。





 完成に向けてスティカは、黙々と手を進めた。




 キリッと顔つきが変わったように、真剣な表情のスティカを見たルミナスは薄く笑みを浮かべ、邪魔しないように喋りかけることはしなかった。





 2人の間で、静かに時間が流れていく。



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